26 動物たちの大集会場
トラ柄の女帝チャトランが俺たちを連れて行ったのは、送電線の鉄塔の下。
多摩川の土手には川崎市と東京都を結ぶ送電塔が何本もあるが、そのうちのひとつだ。
猫の女帝チャトランは鉄塔の下の広場の中央に座ると、顎で俺と賢者ソースに近くに座るよう促した。
その周りに数十匹の猫たちが取り囲み、いつのまにか数匹の野良犬や小さいカエル、野ネズミなども混じっていた。暗いので正確にはわからないが、大小合わせて100匹以上の動物が俺たちを見つめている。
「さて、賢者ソースどの。今夜は周辺の動物たちでこの時間に来られる者たちが勢揃いしておるようだ。まずはお主がここにいる理由から説明してもらえぬか?」
チャトランの言葉に頷き、真っ白なフレンチブルは促された段ボール箱の上に駆け上がり、背筋をピンと伸ばした。
フレンチブルらしい愛嬌あるへちゃむくれ顔には似合わぬテノールボイスが、周囲を埋め尽くす動物たちの上に拡がっていく。
「集まってくれた諸君、我は賢者ソースである」
俺の隣にいた三毛猫と黒猫が、まるで雷に打たれたかのようにビクッと反応する。見ると周りのカエル、野良犬、他の猫たちも同様だ。「賢者ソース」っていう言葉は、かなり動物たちにとって重要な意味を持つようだ。
「今代の賢者ソースは、今の我の姿、すなわちフレンチブルに転生した。この旨、知り合いの動物たちにも伝えてもらいたい」
動物たちが一斉に首を垂れた。慌てて俺も真似をして頭を下げる。
「顔を上げよ、動物ども。我がこの地にやってきた理由はひとつだ」
動物たちが緊張した眼差しでフレンチブルを見つめると、たっぷりと時間を溜めて賢者ソースが語り出した。
「兼ねてからの我の予言通り、此度の魔王が復活する兆しが高まっておる。それに伴い、魔王の眷属たちの動きが活発になっておる」
魔王が、復活? 賢者ソースがそれを予言していた? 正直、わからないことだらけだ。
「まもなく人間の世で、年号が変わる。それに伴い、今代の魔王が復活する。先代の魔王が倒されておよそ40年、今代の魔王はこの世にどんな混乱をもたらすのか、まだ我にもわからぬ」
賢者ソースの話によると、年号が変わるのと時を同じくして「魔王」が復活するらしい。確かに今は昭和63年の12月末。未来を知る俺としては、あと半月で年号が変わることを経験として覚えている。
つまりこの真っ白なフレンチブル、賢者ソースが言っていることは、少なくとも「年号が変わる」ことに関しては正しいのだ。
となると、魔王の復活もありえないことではない。
「そこで我は、魔王復活の地と我が予言した『六本木』の地にいた犬に転生し、魔王の痕跡を探っていたのだ。そこで出会ったのが、このポメラニアンだ」
たくさんの猫、カエル、野良犬、野ネズミたちの目が一斉に俺に向けられた。ちょっと緊張してモジモジしてしまう。
「お主のことはウシダから聞いておる、ポメラニアンのモフよ。ウシダは高い知能を持っている白い犬、と話しておったが、我は六本木のワンニャン王国に潜入したときから、お主のことを観察しておった」
なんと、俺は『魔王の使徒』ミニチュアシュナウザーだけでなく『賢者』の転生した犬であるフレンチブルにも観察されていたのか。
思うと「ワンニャン王国」って、普通のペットショップではなかったらしい。他にもいじめっ子犬とかアホ柴犬とかナルシスト犬とか、人間の転生者のトイプードルとか居たし……
「お主と茶色い巻き毛の犬が元人間で、転生して犬に生まれ変わったということは店の中で聞いておった。そこでお主を観察しておったのだが……ある晩、我が眠っている隙に3匹の犬が逃げ出した」
「はい、トイプードルと一緒に逃げ出しました」
「その後、お主とトイプードルは戻されてきたが、もう1匹の犬は戻ってこなかった。あの犬が『魔王の使徒』だったのか?」
「はい、魔王の使徒と戦って、俺は負けたんです」
周囲の動物がざわめいた。ざわざわ……とかではなく、ニャーニャンとかワンとかゲコゲコとかの音だったが。
「やはりそうか。魔王の痕跡が無くなったため、我は店でお主の飼い主の住所を調べ、翌晩ペットショップを抜け出し、この地にやってきたのだ」
なるほど、納得。というか凄いな賢者! 走ってここまで来たのかよ。六本木から20キロ近くあるぞ、ここ。
そこまで考えたところで、一つの疑問が浮かんだ。
「賢者ソース様、俺からも聞きたいことがあるのですが」
「なんじゃ。申してみよ」
「はい。この地に現れたという『魔王の眷属』って一体何なんですか?」
ふむ、という素振りで一瞬間を取ったのち、賢者ソースは語り出した。
「この地に現れた魔王の眷属とは、アライグマのことじゃ」
アライグマ? 予想外の答えに俺は驚いた。




