134 賢者ソースの最後
「魔法、だと? バカな。賢者が魔法を使えるなど、見たことも聞いたこともないぞ?」
そう言いながらも狼狽する魔王の使徒カールを前に、我は集中を高める。
「そうじゃろう。お主らに知られると、ちとマズイことになるからのう。じゃが、我が魔法を使えるのは真実じゃ。覚悟するが良い」
顔では平静を装いながらも、我は必死じゃった。この情報を。
『退魔の剣』の情報だけは、皆に伝えねばならぬ。たとえ今世の我の命が散ろうとも。
「くっ、その前にお前を、我らの陣営に取り込んでやろう」
なんじゃと? 魔法を放つための集中を続けながらも、我は驚きを禁じ得なかった。そうか、こやつの『絶叫砲』を食らったものは操られてしまうというのか。
誤算じゃった。その情報は、我のところまで届いておらぬ。
だが、もう遅い。
「魔王の使徒よ、賢者ソース最後のチカラを見るが良い!」
集中を終えた我の頭部から、緑色の光が放たれた。
その光に照らされ、目前のカールが驚愕の表情を浮かべる。
だが、その光はやがて一つの球のような形を取り、そのまま天井を突き抜けていった。
「……ふ、ふは、フハハハハ! 不発だ、どうやら不発だったみたいだなぁ、賢者よ」
我は、目を閉じた。今世における、我の役割は終わったようじゃ。
「ハハハ! さらばだ、賢者。『絶叫砲』!」
グワオォーーーーーーーーーン!!という声が目前で聞こえたと同時に、我は思いっきり、自らの舌を噛み切った。ガギリ、という音と同時に、全身の血が逆流するような感覚。その我を、魔王の使徒の絶叫砲が包み込んだようじゃ。
絶叫砲によって宙を舞いながらも、我の今世、最後の思考が脳裏に浮かぶ。
(あとは頼んだぞ、モフ……)
我の思考は、そこで暗転した。
◇◇◇
くるりと蜻蛉返りをして、俺とサバトラに挟まれない位置で牙を剥く豆之助。
ヤバいぞこいつ、強い。
俺とサバトラの2匹がかりでずっと猛攻を続けているのに、豆之助は俺が想像していた以上に素早く、俺たちの攻撃はかすり傷を負わせる程度しかダメージを与えられていない。
「……拍子抜けなのだよ。勇者って、進化してもそれほど強くないんだよ」
ハァハァと荒く息をしながらも、そんな憎まれ口を叩く豆之助。だが息を切らしているのは、俺もサバトラも一緒だ。
「ハァ、ハァ……モフ、僕が特攻するから、隙をみて押さえつけて欲しいニャ」
小さな声で素早く俺に作戦を伝えるサバトラ。だけど、不用意に奴に近づくのは危険だ。奴の大声を目前で食らってしまったら、こっちの有利さが一気に消し飛んでしまう。
「いや、このまま奴を攻撃し続けた方がいい。豆之助と俺たち、スタミナ勝負だ」
決定的な決め手が無い今は、まだ様子を見るべきというのが消極的な俺の意見だ。
そう言いつつも、俺たちの方がスタミナに分があるかというと、それも疑問なのだが。
「……あれ、何ニャ?」
「ん?」
サバトラが向いた方向を、豆之助に注意を残しつつ俺もチラリと見る。
空から、緑色の光の玉のようなものが庭に向かって落ちてくる。豆之助の新技か? と俺が警戒する間もなく、緑の光は信じられないようなスピードで俺に向かってくると、避ける間もなく俺に激突した。
激突、という表現が正しいかというと、そうではない。その光は俺の体の中にスッと入ってきた。
その直後、俺の脳裏に声が響き渡った。
(モフよ、ソースじゃ)
賢者様? なんだ、この声は?
(『破魔の剣』は魔王の近くに存在するとわかった。あとは、頼む)
それきり、頭の中の声は途切れた。
「どうしたニャ! 大丈夫かニャ?」
豆之助も、俺の体に突然入った緑の光を警戒しているのか、こちらを注視したまま動かない。
今の声は、いったい……?
賢者からの、何らかの方法での通信であろうことは想像できた。魔王のチカラかもしれないと一瞬思ったが、何よりあの光には、ソース様の気配が感じられた。
(あとは、頼む)
……賢者様の最後の一言は、なんだったのだろう。まるで、別れの言葉のような……
「モフっ!」
サバトラの鋭い呼びかけがなかったら、俺は顔を食いちぎられていたかもしれない。豆之助があの信じられない速度のステップで俺に飛びかかっていたのを、俺は既のところで回避する。
豆之助は俺たちの後ろに回り込むや否や、またこちらを見て牙をむき出しにした。
「ボーッとするニャ! 危なかったニャよ!」
サバトラが大声で注意する。確かに今のは危なかった。
さっきの声がなんであれ、今は豆之助に集中しなければ。
だがその時、空から大きな羽音がした。見ると、大きなカラスが3羽、豆之助のそばに降り立っている。
うち二羽のカラスは俺たちに向かって羽を広げ「ガー!」と威嚇してきた。
もう一羽のカラスは、豆之助に何かを話している。
「モフっ、また羽音がするニャ!」
今度の羽音は小さい。警戒しながら見上げると、一羽のスズメが俺の背中目掛けて降りてくる。見ると、仲間のチュン太だった。
なぜチュン太が? 今回は同行しなかったはずなのに……
「……大変なことになったチュン。ソース様が……」
チュン太がすべて言い終わる前に、俺にはその悲報が予想されていた。とっても嫌なことに。
「ソース様が、魔王の使徒に殺されたチュン」
それは、俺たち動物軍の実質的指導者である賢者ソース様の訃報だった。




