133 賢者の秘めたる力
我は予想しておった。
今回の湘南第4地区の襲撃は、魔王の息がかかったものでは無いと。
今、魔王軍と真王教は我ら動物軍を相手にしておる場合では無いはずだ。入念に準備を進めておった総選挙に大敗し、しかもその原因は、チカラを持つ魔王の個人的な感情と想いであることが明白だ。
つまり、組織の中はバラバラの状態に違いない。それなのに単なる神奈川の一地区である湘南第4地区を襲撃する理由がない。あまりにも場当たり的な行動すぎると思われる。
我、賢者ソースは留守番を任された湘南第4地区の家の中でそう考えておった。
ならば、何故? 導き出される結論は、一つしか考えられん。
魔王の四天王に復帰した、豆之助の暴走だ。
そもそも暴走するということが、魔王のチカラで操られている動物にあり得るのか? 答えは否であろう。必然、豆之助は正気を取り戻しているはずである。なぜ豆之助は正気でありながら、四天王に留まっているのだろうか。
考えられる理由は二つだ。元々奴は魔王軍の四天王だった。「命令されるのが嫌」という理由で我ら動物軍に加わったが、それはスパイとして潜入する為だったという理由だ。
もう一つは、何か理由があって我ら動物軍に留まりたくないという理由だ。
我はたぶん、こちらが本命だと思う。あやつ、豆之助は我と同じく、六本木のペットショップにおったのは我も覚えている。
尚、我があの場におった理由は「魔王の復活を予言」したためだ。あのペットショップにおったこの犬、つまりフレンチブルに転生するため、我は昭和時代の体から抜け出したのだ。
だが一つ誤算があった。まさかあの場におったミニチュアシュナウザーまでもが魔王の息がかかった動物、ましてや「魔王の使徒」だとは我も予想だにせんかったのだ。これは完全に我の油断が招いた失態だと今は反省しきりじゃ。
話が逸れたが、我がペットショップで柴犬を見た時、あやつは単なる普通の子犬じゃった。豆之助の話では、ペットショップから魔王とモフがいなくなった後、魔王の使徒によってチカラを分け与えられたそうじゃ。
たぶんじゃが、豆之助は子犬時代、よくいじめられておった。いじめておったのは、フィリピンの船員の生まれ変わりである我らの仲間、戦士くーちゃんじゃ。
きっと豆之助は、くーちゃんに復讐しようとしておるのじゃろう、と我は見越しておる。
子犬時代にいじめられたくーちゃんが動物軍にいるのを何らかの情報で知った豆之助が、くーちゃんに復讐を果たすべく、今回の襲撃事件を起こした。それが我の結論じゃ。
まあ今回はくーちゃんに加え、勇者モフにサバトラもおるため、豆之助1匹に遅れをとることはあるまい。無事ロイエン殿を救出してくれれば良いのじゃが……
「おっ? 残っているのはお前のみか。これは好都合」
不意に部屋の外から聞こえてきた声に我は驚く。続いてドアが独りでに開くと、さっきまで我が考えておった1匹の動物が室内にずけずけと入ってくる。
「まさか動物軍の頭脳たる賢者様がお一人でいらっしゃるとはなぁ。お前らもあまり余裕が無いようだな」
茶色と黒と白が混じった、まるで髭の生えた老人のような、それでありながら可愛らしい表情の小型犬、ミニチュアシュナウザー。そうじゃ、こやつは「魔王の使徒」カールじゃ。
カールは我の近くまで歩みより、そこでお座りをした。
「ということは、勇者たちはあのボス猫を助けに行ったということかな? まあ良い、言うことも碌に聞かぬ四天王の柴犬の命と、賢者たるお主の命を比べると、お主に消えてもらった方がずいぶん得だからな」
口角を釣り上げ、犬とは思えぬほどのアルカイックスマイルを浮かべる魔王の使徒カール。
「さて、言い残すことがあれば聞いておくぞ、賢者様よ」
完全に我を舐め切っておるカール。確かに我は、武力はほとんどゼロじゃ。その辺の子犬とどっこいどっこいといったところが関の山じゃろう。
「言いたいことを言っても良いのか、魔王の使徒よ」
「ああ。何か勇敢な言葉でも言い残すか? もちろん命乞いでも構わんよ。聞くかどうかは別問題だけどな」
カールは立ち上がると、尻尾をピンと跳ね上げる。これまでの情報によると、こやつの必殺技は『絶叫砲』と『動物を操るチカラ』じゃ。どちらを食らっても、武力の無い我にとっては致命的であろう。
「では一つだけ良いかの、魔王の使徒カールよ」
「おお、何を言いたいのかな。ゆっくりで構わんぞ?」
「死ぬ前に知りたいのじゃ。お主、『退魔の剣』の行方を知らんかの?」
『退魔の剣』とは、魔王軍のチカラを削ぐことができる、太古から伝わる剣のことじゃ。我は以前、モフやサバトラ、チュン太と共にその行方を探すべく旅したのじゃが、途中から剣の気配が消えおったのじゃ。
「……ははぁ。冥土の土産に教えてやろうか、賢者どの」
「すまんが、このままじゃ死んでも死にきれん」
立ち上がったまま、さらに笑顔を浮かべるカール。
「賢者どの。お前『退魔の剣』を感じることができるらしいな。お前たちが旅しているとき、最初は高尾山方面を目指し、次に小田原方面を目指したと聞いた時には、流石に驚いたぞ」
こやつの言う通りじゃ。なぜか『退魔の剣』はどんどん移動しておった。だがある時から、完全にその気配が消えた。というより『退魔の剣』と『魔王』の気配はかなり似通っておって、もはや我には『魔王』の気配しか感じることができぬのじゃ。
「お主の言う通りじゃ。だが今は、どこにあるかさっぱりわからぬ」
「ハァーッハッハッハ! 賢者っていうのも意外にポンコツだなぁ、え? ソースさんよ。今代の魔王様は『退魔の剣』で封印されるわけにはいかねぇ。そう、まるで前代の魔王様のようにな」
カールの言葉に、我は久方ぶりに前世の記憶を思い出した。
前世の『魔王』は、人間じゃった。大正期の『魔王』が関東大震災を引き起こしたのち、当時の勇者に倒されたあと、昭和時代の魔王としてその権力と猛威を振るった、史上最強の魔王じゃった。
我も当時は人間の賢者として、奴と数多く会い見えた。じゃが当時の勇者と我は力及ばず、昭和時代の日本は魔王のチカラにより、あの戦争に巻き込まれて行ったのじゃ。
じゃが、昭和20年の夏。当時の勇者は、ついに『退魔の剣』を手に入れ、魔王を封印することに成功したのじゃ。それによって、戦争は終わりを告げたのじゃ。
「だから今回は、昭和の魔王様が封印された後にどこへともなく消え去った『退魔の剣』を、俺たち魔王軍の残党は30年かけてずっと探していたんだよ!」
「……なんと、それで、見つけたのか?」
「ああ、苦労したぜ本当に。それでだ、今回はお前らが簡単に手を出せないように、常に魔王様の近くに置いておくことにしたんだよ。お前らが『退魔の剣』を探そうとしても、魔王様がお前らを蹴散らせるようにな!」
なんと、そういうことじゃったのか。ということは、今回は魔王が移動する場所の近くに、常に『退魔の剣』があるということか……
「……なるほどな。通りで、我が感知できなかったはずじゃ」
「満足したか、賢者どの。良かったなぁ! ではそろそろ、消えてもらおうか。また、次の時代に会おうじゃないか、賢者ソース」
カールは再び、尻尾をピンと立ち上げる。こやつの言いぶりでは、我を操ろうとはしておらんな。きっと『絶叫砲』で一気に我を倒すつもりじゃろう。
じゃがな。我は、これしきで死ぬわけにはいかんのじゃ。
「ほんと、今世のお前は本当に愚かだったな」
「…………」
「なぁ、どこが賢者なんだぁ? 愚者とでも名前を変えた方が良いんじゃないか?」
「……舐め腐るのもいい加減にせんか、どチンピラが!」
我の予想外の大声に驚きの表情を浮かべるカール。
我は武力こそないが、賢者と呼ばれておるのにはもちろん訳がある。我ができることは『予言』だけではないのじゃ。
「お主らが知らぬ、賢者のチカラを今こそ見せてやろう」
これまでの生で、我のこのチカラを魔王軍に見せたことは一度もない。
じゃが、今はこやつを倒す絶好の機会じゃ。
「見せてやろう。賢者の魔法を!」




