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転生最弱ポメラニアン、魔王を倒す  作者: キサラギトシ
第七章 ポメラニアンの苦悩
126/144

126 新宿東口の選挙演説

 1990年2月12日月曜日、午前11時55分。

 新宿東口にあるスタジオアルタ前は、平日にもかかわらず沢山の群衆で溢れていた。


 人々のお目当てはただ一つ。

 奇怪な音楽を流しながら踊る謎の宗教団体が作った政党「真王党(しんおうとう)の宗祖、夜麻騨昭賢(やまだしょうけん)の演説だった。


 世論は割れていた。多くの人々は、白い装束に身を包み「動物をだいじに」「宗祖と平和を祈る」「政権交代」をスローガンに掲げた真王党(しんおうとう)に眉を潜めつつ、その言動とパフォーマンスを冷笑して楽しんでいた。


 だが一部、熱狂的に真王党(しんおうとう)を応援する層も増えて行った。彼らは直接、宗祖の演説を聞き、その言葉に頷き、涙を流し、そののち周囲の人に眉を潜められるほどに

 真王党(しんおうとう)への投票を呼びかけた。


 選挙公示前のテレビには連日、宗祖の夜麻騨昭賢(やまだしょうけん)が出演し、なぜか茶色い犬を抱いていて、わけのわからない主張を繰り返した。

 テレビの前の人は大笑いして見ていたが、それとは対照的に、スタジオの大物お笑い芸人が彼の主張を「素晴らしい考えだ」などと言い、週刊誌に叩かれていた。


『日本を救う救世主か、それとも世紀のペテン師か? 真王党(しんおうとう)党首、夜麻騨昭賢(やまだしょうけん)の謎』


 真王(まおう)教を追いかける女性ジャーナリストによる本がベストセラーにもなり、世間は衆議院選挙に大量出馬した真王党(しんおうとう)に熱い注目を送っていたのは間違いない事実だった。


 12時ちょうど。

 スタジオアルタ前に軽快な音楽が流れると、カメラが群衆でごった返す新宿東口をモノクロ映像で映し出し、大きなテロップが飛び出した。フジテレビの「笑っていいとも!」が始まったのだ。


 説明しよう。

「森田一義アワー 笑っていいとも!」は1982年から2014年まで続いたお昼の帯バラエティ番組で、毎日新宿のスタジオアルタから生放送を行っていた人気番組である。司会のタモリは番組開始当初は30代で、開始当初は長寿番組になるとは誰もが思っていなかった番組だったのである。


 ちなみに、1990年当時のスタジオアルタのビジョンはまだモノクロだったというのも趣深い。


「国民のみなさん、お待たせしました! 真王党(しんおうとう)党首、夜麻騨昭賢(やまだしょうけん)党首の登場です!」


 女性のアナウンスと共に、夜麻騨昭賢(やまだしょうけん)が選挙カーの上に登った。その腕には、茶色いトイプードルが抱かれている。彼の姿を見て、群衆は湧いた。


「やまだー!」

「今日もワンちゃん連れかー!」

「引っ込めー!」

「紫が世界一似合ってるぞー!」


 観客は皆、見せ物を見るような眼差しで夜麻騨(やまだ)党首を見ていた。最近テレビでもよく見る男を一眼見ようという野次馬根性で集まった人々がほとんどらしい。


「だけど、魔王がチカラを使ったらこの一帯にいる全ての人が真王党(しんおうとう)の熱狂的なシンパになってしまうんだ。そろそろ行くぞ、モフ」


 トランシーバーから佐藤パパさんの声が聞こえる。


「パパさん、ラジャーです!」


 俺は公安警察の女性捜査官、相田さんに目で合図をした。相田さんは軽く頷き、トランシーバーのような大きさの携帯電話でどこかに電話する。


 一方、スタジオアルタ前では騒めく群衆に頷きながら、信者が用意したマイクに向かい、夜麻騨(やまだ)党首が第一声を放った。


「動物に愛を。世界に平和を。日本に真の王による政治を。|真王党の夜麻騨です」


 ウォー! という感情と拍手が広がる。興味本位とはいえ、夜麻騨(やまだ)は知名度があり、それなりに人気があるようだった。


「本日は政権交代を目指す我々真王党(しんおうとう)が、このマオちゃんと共に新宿の民たちに一言申し上げたく思います」


 トイプードルを掲げた夜麻騨(やまだ)の姿は、週刊誌やテレビですっかりお馴染みのポーズだ。


「ではまず、マオちゃんから一言、民にお声をいただきます」


 他の演説会場を監視していた公安警察によると、この「マオちゃんの一言」から会場の雰囲気がガラリと変化するという。

 監視していた公安警察の数人も、その後真王党(しんおうとう)に入ると言い出し、公安上層部によって休職を余儀なくされたそうだ。


 つまり「マオちゃんの一言」は、単なる犬の鳴き声ではない。人間や動物を操る能力、つまり魔王のチカラのきっかけなのだろう、と佐藤パパさんは結論づけていた。


 そこで、俺たちが用意したのは。


「ワン!(相田さん、お願いします!)」


 俺の鳴き声と共に、相田さんが機械のスイッチをオンにする。


 するとスタジオアルタのビジョンに、可愛らしいポメラニアンの姿が映った。それはもちろん、勇者である俺の姿だ。公安警察が手を回し、ビジョンで生放送の15秒コマーシャルを流すのだ。


 マイクを向けられ、今にも鳴き出そうとしていた茶色のトイプードルが、突然切り替わったビジョンの映像にチラリと目を向けたタイミング。

 その時、相田さんから俺に合図が出された。


 俺は息を大きく吸い、生放送コマーシャルのカメラに向かって話しはじめた。


「ワンワン、ワン! ワンワンワン、ウォーン!」


 動物語がわからない人間たちには、単なるポメラニアンの鳴き声にしか聞こえないだろう。だが、茶色のトイプードルにとっては、別の意味を持つ言葉として聞こえた。


 俺が話した言葉は。


「プー、俺だ、モフだ! 俺は今でも、君のことが好きだ!」


 何を話すのか、中身は俺に一任されていた。「演説をやめてくれ」とか「なぜそんなことをするのか」とか、そんな陳腐なお願いも考慮した。だけど、多分そんな言葉じゃ魔王の心は動かせない。


 だったら、俺の今の気持ちを伝えるしかない。

 最後に会った時のプーは、心の底まで「魔王」ではなかった。まるで俺に言い訳するように、どこか俺を責めるように、彼女は俺に話しかけていた。


 多分彼女は、まだ迷っている。心の底まで「魔王」に染まりきっていない気がする。だから、俺は俺の気持ちを率直に伝えた方が、彼女の心を動かせるに違いない。分の悪い、針の穴を通すような作戦だが、俺はそれに賭けた。


 広場全体を監視していた佐藤パパさんによると、俺の生コマーシャルを見た魔王は。


「……………………ポメ……………………」


 魔王は、いやプーはただ一言それだけつぶやくと、夜麻騨(やまだ)の手からすり抜け、車から降り立ってどこかに走り去っていったという。


「おーいどうした、夜麻騨(やまだ)ぁ?」

「ワンちゃん逃げちゃったぞ?」

「何か話せよ〜!」


 魔王が立ち去ってしまったあとの夜麻騨(やまだ)はオロオロし、真王党(しんおうとう)の新宿駅前演説会はグダグダなまま終わりを告げた。

 とりあえず、今回の選挙演説では魔王のチカラを一旦止めることができたのだ。


「モフっ、やったニャー! 魔王が逃げ出していったニャー!」


 サバトラが生放送スタジオに駆け込んできて、俺に飛びついて喜んだ。だけど、俺はひたすらプーのことで上の空のままだった。


 まだ、彼女を救えるかもしれない。

 でも、これからどうすればいいんだろう?



 その後の佐藤パパの報告によると、真王党(しんおうとう)の幹部が出馬した全選挙区で、魔王の姿は確認できなかったという。

 真王党(しんおうとう)による、いや魔王軍が目論んだ計画はこうして脆くも崩れ去ったのだ。


 しかし。

 その直後に魔王軍からあんな反撃があるなんて、もちろん俺たちは考えもしていなかったんだ。

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