108 ポメくん、助けてよ……
その日以来、ワンニャン王国八王子店でのヒエラルキーは激変した。
今まで散々私をいじめていたオス犬たちは、私のことを怖がって遠まきに私をチラチラと見つめるようになった。私が少しでも動くと、ビクッとなる。明らかに私のことを恐れていた。たぶん今までいじめていた私が報復すると思ってるみたい。バカみたい、そんなことしないのに。
そして今まで遠くでヒソヒソと意地悪な話をしていたメス犬たちは、明らかなおべっかを使って私に擦り寄ってきた。
「お嬢様、今朝も素敵なお髪ですわね!」
「まあ、朝日がお嬢様のキレイな毛並みをキラキラを輝かせて、美しいですわ!」
「お嬢様、よろしければ一番柔らかいドッグフードをお持ちしましたので、召し上がってくださいませ」
なんだろう、この変わりよう。
でも一番変わったのは、この店のボス犬の態度だった。
「お嬢様! けさもご機嫌うるわしゅうございますか?」
ヘコヘコ頭を下げながら、私の横に擦り寄ってくるボス犬、うざいったらこの上ない。
「ちょっと! アンタでしょ、私のことを『お嬢様』って呼ぶようにみんなに言ったのは? 気持ち悪いからやめてもらえない?」
「へっ? お気に召しませんでしたか。大変失礼いたしましたぁ!」
またもひれ伏すボス犬。床に頭がめり込みそうな勢いだ。
「それでは、今からは『お姫様』と呼ばせていただきます。よろしいでしょうか?」
「余計気持ち悪いわよっ!」
「申し訳ございません!」
話し合いの上、店の犬たちは私のことを「プー様」と呼ぶようになった。様はやめて! と言っても聞いてもらえないから、仕方なくプー様で我慢しよう。
それにしても。
なんであの時、ボス犬が動きを止めたのか、私なりに考えてみたけど、もちろん結論は出ていない。
考えられるのは、というか、自分でも信じられないけど思いつくのは、私が「魔王」だから……? いやいや、そんなはずないでしょ!
確かに、私がいま生きているこの世界(時代?)は、なんだか変だよ? だって私は人間の生まれ変わり(転生者っていうの?)だし。時代も遡っちゃって、今は平成元年だし。
でもさ。それとこれとは話が別だよね。
そもそも「魔王」ってなんなのよ、って話。私が魔王だから「噛まないで!!」って言ったら、ボス犬が噛むことができなくなったってこと? 命令したってこと? 魔王の命令で動けなくなったってこと?
どう考えてもガチで草生えるww
いやいや、草生やしてる場合じゃないよね。でも、結論なんて出るはずない。
とにかく、地獄だったイジメ生活がなくなっただけでも、今は良しとするしかないよね。
だけど、店中の犬たちに蝶よ花よとチヤホヤされた生活は唐突に終わりを迎えたんだ。
「おい、くるくる犬。お前は明日から別の店だからな」
店長の高橋が私にぶっきらぼうに言った。この店長、心底私のことがキライみたいだ。初日からずっと、私にはこんな話し方だった。
それにしても、また別の店かぁ……またイジメに会うかもね。そうしたら、また変なチカラを使うことになっちゃうのかなぁ。ちょっと憂鬱だな。
「プー様! 移動されるらしいと伺いましたが、本当でしょうか?」
その日の午後の運動場、いつものようにボス犬が擦り寄ってきた。
「うん、そうみたい。アンタたちにとってはホッとするよね。ありがとうね。今まで良くしてもらって」
「滅相もございません!」
そう言うなり、ボス犬の目に大粒の涙が浮かんだ。なんだコレ……
「私、今までケンカに負けたことが一度もなく、生意気にもプー様に楯突いてしまったこと、今でも後悔の念に駆られております。だがしかし!」
ボス犬は体をブルブルと震わせると、大声で吠えた。
「わたくし、プー様がどこに行かれようと、永遠にプー様の僕となることをお約束いたします! いつの日かきっと、あなた様にお仕えいたしますので、しばしのお別れ、ご容赦下さるようお願い申し上げます!」
なんだか、暑苦しい犬だなぁ……なんて思ってちゃ可哀想だよね。うん、基本コイツ、鬱陶しいけどイイやつなんだよね。
「わかったよ。じゃ、また会えるのを楽しみにしてるね!」
「……ははー! なんと勿体なきお言葉!」
そうしてまたしても床に頭をめり込ませる勢いで平伏した。
うん、確かに、また会えたら私も嬉しいよ。でも、でも。
新しい店で、また私、人気がない犬になっちゃったら、最終的にどうなっちゃうんだろう?
売れ残ったら……私は昔テレビで見た、売れ残った犬の末路を思い出し、思わず身震いを起こしてしまった。
◇◇◇
翌日、私は高橋店長に連れられ、新たなペットショップに運ばれた。
またイジメがあるかも……と連れられてきた店は、とても小さなお店だった。犬が1匹、猫が1匹。どちらも結構大きくなっている、売れ残りの犬猫っぽかった。
そんな店の奥、ちょっと不潔な感じのする暗いケージに私は入れられた。どうやらここが、私の新しい家になるみたい。
掃除は行き届いておらず、古い糞尿の臭いがケージ全体にこびりついている。日当たりは悪く、活気がない店だった。
この店で、私に対するイジメを心配する必要はなさそうだ。だけど、今度は話す相手もいない。お客さんも、1日に2〜3人来るのがせいぜい。
この店には運動場もなく、散歩も思い出したように数日に一度あるかないかの生活。
例えるなら「人気のない牢獄」。そんなお店だった。
◇◇◇
この店にやってきて、何日経ったんだろう? いや、もう1ヶ月以上は経ってるよね。あまりにも毎日の変化がなくて、時の過ぎ去るのが早いような、遅いような。とにかく常に、動かない店の景色をボーッと眺めるしかない毎日。
ある時、いるはずだった犬や猫に話しかけてみた。だけど、答えはなかった。心を読んでみようとしたけど、それも上手くいかなかった。なぜなんだろう……
餌は一日一回。量は十分だけど、変化はまったくない。シンプルなドッグフードのみ。それと、水。マジで飽きる。人間時代に大好きだった、オムライスが食べたい。
店長らしきおじいさんが早朝に餌と水を入れ、トイレの交換をすると、あとは1日まったくすることがない、変化のない生活。
窓も小さく、晴れているか曇っているかぐらいしか外の様子がわからない。まさに牢獄のような生活だった。
そんな生活を繰り返していると、徐々に心が病んでくるのが自分でもわかる。
私、いま生後何ヶ月なんだろう……? なんだか、体も少し大きくなっている気がする。鏡がないから、自分がどのくらいの大きさになったのか、ぜんぜんわかんない。
ただでさえトイプードルが人気ない時代なのに、成犬になっちゃったら、きっと可愛くないよね……
そもそも、お客さんが来ない。これじゃ、売れるはずもない。なんでこんな店に引き取られちゃったんだろう。
それに、ミニチュアシュナウザーのカールはどうなったのかな。「後ほど店で」って言ってたのに……。今はあの憎い犬ですら、懐かしかった。
前の店の、あのウザかったボス犬はどうしてるかな? 手のひら返しのメス犬たちも、今となっては懐かしい。
そして、ポメくん。もう、顔も忘れかけてきちゃったよ……ううん、覚えてるよ。でも、思い出すと辛いんだ。きっと2度と会えないから、思い出すのも辛いんだ。なのに……
ーーやあ!僕はポメラニアンのポメリン。わるい犬じゃないよーー
ーープー、さっきはありがとう。ペロペロ、気持ちよかったよーー
ーーさてプーさん。では、計画を実行しようかーー
ーーに、逃げろプーっ!ーー
どの言葉も、どの仕草も、はっきりと覚えている。だからこそ、辛い。
ポメくん、助けてよ……私、このままだとダメになっちゃうよ……




