予感的中
セルバスは油断していた。いや、正確に言うと忙殺されていた。ぬいぐるみの正式発売が迫るなか、タリア神殿や各地の神殿との調整に加え、新聞記者への取り締まり、さらにはターオの精霊の遺物の処理の進捗など、日々めまぐるしく報告が上がってくる。
加えて、意見や指示を求める者たちが、ひっきりなしに訪ねてくるのだ。自然と精霊の庇護者たちのことはウェイロンに任せきりとなっていた。
片耳程度でレヴィが熱を出して倒れたことや、デナーリスが何やら贈り物をしたこと、ロイが見舞いに行ったことを聞いていた。セルバスが部下に言ったことは「新聞記者に嗅ぎつけられないようにしろ。」くらいであった。
そんな超多忙なセルバスは今日も書類を捌きながら、精霊の庇護者に関する報告を聞きながそうとして、ペンを止めた。
「何だと?」
「デ、デナーリス様が2体目のダンゴムシに似せた霊力の塊をレヴィ様に送られ、それが再び沼地に飲み込まれたとのことです。その際に、レヴィ様は精霊に食べられたと叫ばれております。」
「精霊が出現したのか?」
「いえ、レヴィ様の発言のみです。感知した者はおりません。」
「怪我は?」
「ありません。前回は発熱したとのことですが、今回は体調も問題ないとのことです。」
はぁ、とセルバスはため息を付いた。
「少々放っておくとこれだ。ウェイロンはどこにいる?」
「カルハサ神殿にいらっしゃいます。」
「分かった。私が出向こう。」
こうして、エイダンの予感は的中することになった。
久しぶりに悪徳商人から神殿の事務官の装いに切り替えたセルバスは、カルハサ神殿に向かった。裏口から敷地内に入り、来賓棟まで向かうとエイダンが出迎えてくれる。
「お久しぶりです。」
「グッズの進捗は聞いているか?」
「はい。」
「尽力に感謝する。」
「いえ、取り立ててくださったおかげで、田舎の弟たちを進学させてやれます。」
「優秀で器用な兄を持つ弟たちは幸運だな。」
「ありがとうございます。」
エイダンの肩をポンッと叩くと、セルバスは先程からずっと視線を感じる方へ顔を向けた。
視線の主がサッと柱に隠れるが、目立つ金糸の髪が遅れてついていく。そもそも護衛が隠れていないので、誰がいるのかは丸わかりだ。
はぁ、とため息をつくと、エイダンに先導されるまま歩き出した。
隠れている柱まで来ると、セルバスは一応足をとめた。ちらりと視線を向けると案の定誰もいない。苦笑いする護衛の目線が後ろに注がれているので、セルバスはコホンと咳払いすると振り返らぬまま声をかけた。
「レヴィ。ついて来なさい。」
「・・・はい。」
返事があっただけ良しとするが、なぜ隠れるわりに見に来るのか、バレるのに隠れるのか、正々堂々と強気で人生を歩んできたセルバスには、いまいち思考回路が理解しきれない。
とはいえ、この気が小さいのか図太いのかよく分からない花冠の麗人は、クセはあるものの善良な人格の持ち主である。行動の結果が思いもよらぬ展開に転がりがちだが、稀有な存在であることを考えれば致し方ないとも言える。もし、今の人格が形成される前に神殿が保護していれば、もっと傲慢に育っていたであろう。そして、あの不幸も起きなかったかもしれない。
いや、全ては女神の導きだ。
色々あって今の陰気だが純朴な性格になったのだ。だからこそ、神殿が責任を持って、この善き人格が損なわれぬよう、真っ当な大人に育ててやらねばならない。
ウェイロンは可愛いからとすぐに甘やかす。せめて、私は厳しくあろう。
と、セルバスがつらつらと考えていると、後ろからか細い声が届いた。
「セルバスさま、こ、こんにちは。」
今更である。セルバスは口元を引き締めてから振り返った。
「ああ。久しぶりだな。体調はもう大丈夫か?」
「はい。」
「挨拶が出来るのは良いことだ。だが、こそこそ隠れているのは良くない。何か後ろめたいことがあると言っているようなものだ。」
「はい、ごめんなさい。」
「よろしい。それに隠れるなら、もう少し頭を使いなさい。あのような細い柱では護衛が丸見えになる。せめて、あの角か、2階のテラスでも良かっただろう。」
「えっ。」
「他に最適だと思う場所は?」
「えっ、えっと、あの草むらとか?」
「悪くはないが、図体のでかい護衛は隠れにくいだろうな。」
「あっ。」
「それに気配の消し方もいまいちであった。折角の存在感のなさを活かしてきれていない。」
「おれ、全然ダメだった・・。」
「世の中は危険に満ちている。精進することだ。」
「・・はい。」
セルバスは小言を終えると、再び前を向いて歩き出した。
後ろで意気消沈しているレヴィは知らない。
目の前のおじさんこそが、精霊の庇護者を守るには超エリート軍団でなければならないと草案を出し、近隣諸国からも優秀な人材をかき集めた張本人であり、ウェイロンがいくら「大丈夫、私はハイエルフだよ?」と言っても聞かず、旅団を大規模にしてしまった隠れ過保護おじさんであることを。




