この世は弱肉強食
レヴィはロイを連れて食堂でスープとパンを軽めに食べ、温泉でこざっぱりとしてから神殿観光に向かった。前回と同じく裏口から出て、一般の観光客に紛れて正門から境内へと入る。
「見て。ここの女神様お風呂覗いてる。」
「ふーん。近くでみるとこんな感じか。マジで覗いてるみたいだな。」
「ちょっとすけべ。」
「だな。」
「しー!不敬だから。」
エイダンに注意されて、レヴィはへへっとロイに笑いかける。
ロイとエイダンとレヴィが並んで歩き、少し離れた位置から護衛が見守る。カルハサ神殿は観光地でもあるため、ミサの時間以外は比較的自由に参拝が可能だ。
時折、若い女性がすれ違いざまにロイとエイダンにちらりと視線を向ける。レヴィは目立たないように帽子とメガネを装着しているが、素のままでいても、2人の間にいれば注目されなかっただろう。覇気のなさと存在感の薄さにかけてはぴかいちだ。
「俺が参拝料はらってくる。」
「3人分ね。見とくから頑張って。」
レヴィが鼻息荒く参拝料を支払う窓口へと向かう。張り切るレヴィをエイダンが微笑ましげに見守る。といっても、小銭を渡すだけの簡単な仕事だ。
「なんか、すっかり扱いに慣れてねぇ?」
ロイがぼそりと言うと、エイダンはレヴィから目を離さずに口元も緩める。
「いやぁ、まだまだだけど、最近は田舎の弟と似たようなもんかと思ってる。」
「ふーん、弟って何歳?」
「15歳と12歳と7歳と3歳。」
「へー。」
ロイが何歳と同じなのかを確認する前に、ドヤ顔のレヴィが支払いを終えたので3人は本殿へと入った。
高い位置にあるステンドグラスから柔らかい光が降り注ぐ。本殿内は参拝客と観光客が入り混じった心地よい賑やかさに包まれている。普通の神殿であれば女神が祀られている祭壇付近こそ静かなものだが、ここではむしろ人々の感嘆の声が祭壇の方からさざめきのように後方に広がっていく。
大多数の観光客のお目当ては祭壇に使われている芸術品のような掛け布だ。現神殿長が刺繍で防御魔法陣を描いたもので、その複雑さと美しさは神皇国の最高傑作と称されている。
レヴィたちは祭壇へ続く列には混じらず、後ろから女神像に祈りを捧げると、本殿内のベンチに腰をおろした。故郷の神殿でもよくおしゃべりをしていたので、二人の間では何となくそうすることが当たり前になっているが、護衛たちは長居しそうな雰囲気を察すると、さりげなく立ち位置を変えて大勢の観光客に紛れた。エイダンは当然ながら隣に座る。
「エイダンが作ってくれた。」
レヴィはバックから青いぬいぐるみを取り出すとロイに差し出した。
「それが噂のオリジナルか。」
ぬいぐるみを受け取ったロイが、ウンディーネのお守りをギュギュッと握る。
「ロイにも作ろうか?」
「ダニーにやってくれ。俺は趣味じゃない。なかなか触り心地がいいな。」
「もちろん!」
「ちゃんとエイダンにお礼言ったんだろうな?」
「言ったし。」
レヴィは疑わしげな目を向けるロイからぬいぐるみを奪い返すと、べしべしとその腕を叩く。ウンディーネのお守りのわりに、扱いが雑なレヴィである。
「ふーん。」
「でも、ダニーの・・。」
レヴィはべしべしするのをやめると、ぎゅっと力を入れる。ミミズのぬいぐるみが、ますますミミズらしくなったところで、ぼそぼそと続ける。
「・・ダニィのダンゴムシ、俺に作ってくれたのに食べられちゃった。」
「あっ、そういう認識なんだ。」
エイダンの呟きの横で、ロイがレヴィのおでこに指をすっと伸ばす。パチンという軽い音が、ざわめきの中に消えた。
「っ!!」
咄嗟におでこを抑えるレヴィの顔を両手でむにっと挟み、「バーカ」と告げる。
「ひたい。」
「いいか。世の中は弱肉強食だ。」
「・・やくにくきょうちょく?」
「弱いやつは強いやつに食われる。ダニーのダンゴムシが弱かったってことだ。でも、沼地に連れて行ったお前が悪い。そんなに気に入ってたんだったら部屋に置いておけば良かっただろ。」
ロイの言葉にエイダンが声には出さず、顔だけで「それそれ〜。」と追随する。
ロイとエイダンを交互に見比べたレヴィが挟まれた変顔のまま、ガーンと効果音がつきそうな表情を浮かべる。
レヴィを変顔から解放すると、ロイはすっと立ちあがった。
「相手がそんなに強いやつだとは思ってなかったんだろ?」
「・・う、うん。ダニーのダンゴムシは村一つくらいは滅ぼせるって・・。」
レヴィがロイを見上げながら答える。
「やっばー。」
「このまま負けっぱなしでいいのか?」
エイダンが隣で「ん?」と首を傾げる。
「ダニーのダンゴムシは弱いから負けた・・?」
真実を知ってしまったかのようにショックを受けるレヴィにエイダンが「いやいや、何の話?てか、誰との戦いなんだよ。」とツッコむ。
「そうだ。弱かったから食われた。弱肉強食だ。」
「俺のダンゴムシなのにぃぃ。」
「お前が悪い。」
「うぅ〜。」
「負けっぱなしでいいのか?」
「これ、勝ち負けの話だったっけ?ダンゴムはペット枠では?」
「ペットじゃない。俺へのプレゼントだしぃぃ。」
「あっ、良かった。ずっとスルーされてるから、聞こえてないのかと思った。えっ、ペットじゃない?それどういう感覚!?」
「よし、デナーリスにもう一体作らせるぞ。」
「・・ダンゴムシまたもらえる?」
「もっと強いやつな。」
「もらう!」
レヴィが満面の笑みで立ち上がる。
「行くか。」
「うん。」
エイダンは「どういう流れ?セルバス様に怒られたりしないかこれ?」と呟きながら、神殿を後にする二人に続いた。




