ロイの来訪
街から人の往来と店の明かりが消えた夜半、ロイの姿は宿泊先の屋根の上にあった。すぐ隣でナバイアが淡いランタンを掲げている。
しばらく無言で遠くを眺めていた2人だか、ロイがすっと立ち上がる。
「ッシ、行くか。」
「えっ?合図あった?」
「ああ。」
「くそー、分かんなかった。」
「それが普通だろ。」
「チェッ。じゃあ気をつけて。」
「誰に言ってんだよ。」
ニッと笑うとロイはその身を宙に踊らせた。
助走のない軽い踏み込みで宿屋の木に飛び移ると、次の瞬間には隣家の屋根に音もなく着地する。駆け抜けて端まで行くと、片足で跳ね上がり、またすぐに別の家屋へと飛び移る。多少の高低差はものともせず、高く跳ね上がったり、飛び降りたりして、密集した家家の上を縫うように進んでいく。
ロイの行く先を示すのは、所々目印になっているチカチカと瞬く淡い光だ。一瞬でも光れば見落とすことはない。示された方向にただ進んで行くだけの簡単な移動だ。
「マジで人間やめてるな。」
暗さもあり、あっという間に見えなくなったロイの後ろ姿にナバイアは呆れたように呟いた。
*****
2日間熱を出して寝込んでいたレヴィは、3日目の朝もまだベッドの中で不貞腐れていた。熱は下がっているが起き上がる気になれず、毎日通っていた沼地にも行く気力が沸かない。
それもこれもすべてダンゴムシが沼地に吸い込まれてしまったせいだ。思い返すとまた涙が滲んでくる。レヴィが口をへの字にしたところで、扉がコンコンとノックされた。
咄嗟に布団の中にくるまれば再度のノックの後、最近すっかり耳に馴染んだエイダンの声がする。
「起きてるー?」
レヴィは無視したが、今度はドンドンと扉を叩かれる。
「起きてるー?」
「・・起きてる。」
レヴィはしぶしぶ小さな声で答えた。
すると地獄耳なのか、無遠慮なのか扉が開いて、エイダン以外の足音もまじって、レヴィの寝室へ何人か入ってくる。
「入るよ。レヴィおはよう。大丈夫?」
レヴィはシーツにくるまったままエイダンたちに背中を向けた。大丈夫じゃないと口の中だけで呟く。音にはならなかったが、昨夜はそれで帰ってくれた。だから今日も同じように背中を向けたのだが、誰かがベッドサイドの椅子にどかりと座った気配がする。
内心、あれ?と思ったところで、頭の部分を覆っていたシーツがベリっと剥がされ、おでこにひんやりとした手の感触が触れた。
「熱はないな。」
「・・・・っ!!!」
レヴィは思わず跳ね起きた。
聞き慣れた声に頭より先に体が反応した。
「おい、急に起き上がるなよ。」
「なんでロイがいるの?」
「お前が熱出したって聞いたから様子を見に来た。」
久しぶりの幼馴染を前に、レヴィは呆けた顔で固まった後、ぽすんと仰向けにベッドに倒れ込んだ。
「お見舞いに来てくれたんだよ。よかったな。」
エイダンがロイの後ろから優しい表情でそう声をかけてくれて、レヴィの目に再びジワリと涙が浮かぶ。
数日まともに顔を見ようともしなかったのに、ちっとも嫌な顔もせずに優しくしてくれる。
そして、目の前には家族のような幼馴染がいる。
「•••グズっ、ロイぃ、おれ、熱が出てうなされてた。」
とりあえず、レヴィはロイにしんどかったアピールをした。
「らしいな。もう大丈夫か?寝ててもいいぞ。」
ロイが珍しく心配そうな目でレヴィの顔を覗き込んでくる。
「苦い薬飲まされた。」
「ふーん。我慢して飲んだんだな。」
「うん。だから熱ももう下がったし、ロイと遊ぶ。」
「じゃあ、まず飯食うか。」
「うん。」
レヴィは今度こそベッドから体を起こし、この数日蓑虫のようにくるまっていたシーツから這い出した。
ご飯を食べて、ロイと温泉に入って、神殿を案内してあげなければならない。
俄然やる気が出て、レヴィはあっさりと床払いをした。
「俺が食堂に案内してあげる。」
「その前に先に顔洗って着替えてこい。隣の部屋で待ってるから。」
「分かった。」
レヴィは体調を崩していたとは思えない素早さで、ベッドを降りると急いでレストルームへと走った。
「ちょろ。」
一部始終を見守っていたエイダンが、一言だけ感想を漏らした。
「当たり前だろ。俺がわざわざ顔見にきてやったんだから。」
ロイがいかにもな傲慢な態度で答えたが、その顔は明らかにホッとしている。
エイダンと護衛が顔を見合わせてふふと笑う。
昨晩、カルハサ神殿に到着して真っ先に寝ているレヴィの顔を見にいって心配そうにしていたのに、実に素直じゃない。




