ダンゴムシと一緒
今日の夕飯のメインは肉団子である。滲み出る肉汁とソースが抜群に合う。料理人の手間を減らすため、護衛騎士もレヴィたちと一緒に食べることが多い。
肉体労働の騎士職がいる神殿の食堂は意外とガッツリ飯が多い。神官向けの精進料理もあるが、育ち盛りのレヴィはどこの神殿でも迷いなく騎士向けのメニューを選んでいる。
この来賓棟の食堂で腕を奮っているのは、引退したカルハサ神殿の元料理長である。期間限定で人数も少ないこともあり引き受けてくれたそうだ。来賓棟で見聞きしたことは他言しないという契約を結んでいるという。
「うま〜!最高!」
本日の肉団子はエイダンが元料理長にリクエストしたものだ。レヴィは自分の代わりにミートパイを頼んで欲しいとエイダンにお願いしたが、自分で頼みなよとあっさり断られた。
レヴィの恨みがましい視線に鼻歌まじりで肉団子を切り分けるエイダンである。ここ最近ずっと一緒にいるため、レヴィに対する遠慮がなくなり、大家族長男らしい年下あしらいを遺憾無く発揮している。
「ウェイロンさま、まだ帰ってこないのかな。」
「あのさ、ウェイロン様はとっても偉い方だから、間違ってもミートパイ頼んでってお願いする相手じゃないから。」
「・・わかってるし。」
「そう?それならいいけど。」
エイダンに魂胆をあっさり見抜かれ、レヴィは肉団子をモグモグと口いっぱいに詰め込んだ。
──そして食事が終わる頃。
ウェイロンが、にこやかな笑みをたたえて食堂に現れた。
レヴィがパッと顔を明るくする。だが、ウェイロンの腕に抱えられた“それ”を見て「──あーーっ!!」と叫び、バッと立ち上がった。
同時にエイダンと護衛騎士たちもガタガタと立ち上がる。クセンはとっさにレヴィを庇うように前に出た。
「ウ、ウェイロン様! それは一体……!?」
護衛騎士の声かけにハハハと爽やかに微笑むウェイロンの小脇に収まる異常なエネルギーの塊。
厨房の元料理長までカウンター越しに覗き込んでいる。一瞬にして食堂の面々を騒然とさせた丸い物体は、触ると火傷どころか腕が吹き飛びそうな代物だ。
「一応、結界で覆ってますので大丈夫です。押し負けそうですが。」
ウェイロンの一言に護衛騎士たちが引いている。
「あっ、それ、それ・・。」
レヴィには、それがデナーリスのダンゴムシだとすぐに分かった。クセンの後ろからモジモジと訴えていると、ウェイロンが気づいて、レヴィの方に向かいながらウィンクを送ってくれる。
「ダニーから君へのお土産ですよ。」
「やっぱり・・!俺のダンゴムシ。」
「「「ダンゴムシ?」」」
レヴィはクセンから離れると、ウェイロンに駆け寄って手を差し出した。その瞬間、丸まっていた体節が開いて14本の脚がモサモサと動く。まさか動くと思っていなかったエイダンたちが「うぉぉぉ。」と何ともいえない声を上げる。
ダンゴムシを受け取ったレヴィはギュッと抱きしめると、脚の中に顔をうずめて頬擦りをする。
「うわー。」
エイダンの引いてる声にも気づかず、レヴィは「ぐふふ、これこれ〜。」と悦に入っている。
「レヴィ。よかったですね。」
「はい。ウェイロンさま、ありがとうございます。」
「だ、大丈夫なんですか?」
いくらウェイロンの結界で覆われているとはいえ、高圧縮の霊力の塊など暴力に等しい。クセンたち護衛騎士が戸惑うなか、ウェイロンはお土産にはしゃぐ子供の姿に満足する親戚のおじさんのような表情でにこにことしている。
「レヴィなら問題ありませんよ。でも念の為、君たちは触らないほうがいい。デナーリスによると数日持つらしいので、その間は気をつけてください。」
それだけ言い残すと、まだ打ち合わせがあると言って去っていった。
いち早く現状を受けいれたエイダンが、レヴィに着席を促して改めてそれ何?と聞いた。
「ダニーが魔法で作ってくれるダンゴムシ。本物みたいに動くんだけど、3日くらいで消えちゃう。昔から俺これ大好き。」
「なんでダンゴムシ?」
「ダニーがダンゴムシ好きだから。」
「ふーん。」
絶対違うだろうとエイダンも護衛騎士も思ったが、いま突っ込むべきはそこではない。
「それ勝手に動いたりする?レヴィはちゃんと面倒見れるの?」
「ほとんど丸まってるし、そんなに動かないから大丈夫。むかし、村で大騒ぎになって、ダニーがすごい怒られてから動かないダンゴムシに変わった。」
「羽!?」
「うん。ダニーがダンゴムシに羽なんかつけるから俺まで怒られた。」
それはもはや羽の生えた爆弾である。
エイダンは初めてレヴィの村の人たちを気の毒に思った。おそらくこの庇護者たち神殿に保護されるまでに色々やらかしている。
「それちゃんとレヴィが責任持って面倒見てよ。俺たち触る勇気ないから。」
「うん。俺がちゃんと面倒見る。」
レヴィがしっかりと誓ってその場はお開きとなった。
食堂ではトレイを各自でカウンターに返却している。レヴィがダンゴムシを抱えているので、代わりにエイダンがトレイを持ち上げる。エイダンに一緒に行くよと言われてレヴィも素直にカウンターまでついて行った。
「ルゥドさん、今日もすごい美味しかった。ごちそうさま〜。」
「そりゃよかった。」
エイダンが愛想よく料理長にお礼を述べた後、チラリとレヴィを見る。
「レヴィもおいしかったよね。」
「う、うん。」
急に話を振られたレヴィが慌てて頷く。
「そうそう。レヴィもルゥドさんに作って欲しいものあるんだよね。」
「えっ?あっ、えっ、あ、ある。」
強引に話を振られてレヴィは明らかに挙動不審になった。
しかし、エイダンにガシっと肩を掴まれて「ほらっ」と前に出される。
「うっ、あっ、あの。」
レヴィはもじもじしながら、チラッと元料理長の顔を見た。人の良さそうなお爺さんがニコニコとレヴィの言葉を待ってくれている。エイダンにも護衛騎士たちにも何だか見守れられている気がして、レヴィは咄嗟にダンゴムシを顔に貼り付けて赤くなる顔を隠した。
「・・俺、ミートパイ食べたいです。」
そして蚊の鳴くような声で、なんとか声を発した。
「フォッフォッフォッ、お任せください。爺の作るミートパイは絶品ですぞ。」
「う、うん。」
エイダンに軽く小突かれて「やればできるじゃん。」と褒められた。
レヴィはダンゴムシを顔に貼り付けたまま、エイダンに手を引かれて部屋に送られ、その日はダンゴムシと一緒にベットに横になった。ダニーが自分を気にかけて久しぶりにダンゴムシを作ってくれたこと、ミートパイをお願いできたこと、エイダンにやればできると言われたことなどが、ぐるぐると頭を巡ってレヴィは機嫌よく就寝した。
──が、翌日。
レヴィの気分はどん底に沈むことになった。
ダニーから貰ったダンゴムシが沼地に飲み込まれたのだ。いつものように昆虫を探していると、沼地が突然ブクブクと泡立ち、ダンゴムシは沼へと沈んでいった。ショックを受けたレヴィは大号泣の末に、熱を出して寝込むことになった。




