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デナーリスの魔法

 デナーリスは、すっかり領主の娘と打ち解けていた。最初の数日はお互いに探り合うようなぎこちなさがあったが、二人きりで開いたお茶会がきっかけとなり、一気に距離が縮まった。


 神殿でも特別な立場にあるデナーリスにとって、同世代の女性と心置きなく会話する機会は貴重だ。

 

 そもそも神殿は男性中心の組織である。

 まず、筆頭職にあたる神官は修行期間が長く、婚期を逃すと女性に不評だ。次に神殿の花形である騎士職は、魔物討伐など危険な任務が多いため、圧倒的に男性が多い。ついでに言えば、事務職は人気がありすぎる。寄宿制の神学校で勉強付けの日々を送って、ようやく合格できるかできないかという狭き門のため、寄宿制がネックとなって娘を持つ親から不評だ。結果的に女性の多くは清掃や調理など裏方の業務に従事している。


 もちろん旅団にも女性はいるが、デナーリスが日常的に接する相手は男性が多い。自然と耳にするのは鍛錬、魔物、精霊など、いかにもな話題ばかりである。


 しかし、領主の娘は違う。彼女は年頃の女性らしく流行のファッションや歌劇、恋愛小説など、華やかな世界に興味を持っている。彼女と話していると、デナーリスは自分が普通の女の子に戻ったかのような気分を味わえるのだ。幼馴染たちが気になりつつも、領主館での暮らしを満喫していた。


 そんなある時、前触れもなく貴賓室への呼び出しがあった。お忍びで滞在している身として、訪ねてくるとすれば神殿関係者に限られる。


「やぁ、デナーリス。元気にしていますか?」

「まぁ、ウェイロン様!!!」


 デナーリスは貴賓室に入室してすぐに驚きの表情を浮かべた。来客は神殿関係者だろうと思ってはいたが、ウェイロンの訪問は予期していなかった。紳士な大神官様は「驚かせてしまったようですね。」とすぐにデナーリスをエスコートしてソファまで誘導してくれる。


 推しの神対応にデナーリスは心の中で(今日のウェイロン様もまぶしい。しかも新ビジュアルきたぁぁぁ。)と叫びながら、何とか淑女の微笑みを浮かべてお礼を口にした。細身のパンツスタイルに、珍しい三つ編みヘアのウェイロンを目に焼き付けながら、心の中で女神に感謝を捧げる。


「ドレス姿も大変可憐ですね。よく似合っています。」

「ありがとうございます。」

超絶イケメンの褒め言葉に頬を染めながら、デナーリスはようやく室内に意識が向いて、首をかしげた。

エマが向かいのソファで優雅に紅茶を飲んでいる。他には誰もいない。


「・・あの、レヴィは?」

ウェイロンに釘付けではあったが、頭の片隅では当然レヴィを連れてきているものだと思っていた。でなければ、自分たちが傍にいない今、()()()()()()()()()()()のだろうか。


「ふふ、神殿にいますよ。カルハサ神殿長は防御魔法のスペシャリストですから安心してください。」

ウェイロンが穏やかに告げる。

「・・インコと亀を飼ってらっしゃる。」

「ええ、素敵なご婦人です。」

「女性の神殿長様なのですね。」

カルハサは魔物の出現が多く、決して安寧の地ではない。そのカルハサを治めるのが女性の神殿長というのは少し意外だ。

「安心していいわよ。沼地の魔女と呼ばれるほどの実力者だから。」

ウェイロンに続き、エマも実力を認めているようだ。デナーリスはホッと肩の力を抜いた。


「レヴィは元気にしていますか。」

「ふふ、毎日、沼地を歩き回っています。捕まえたカエルを君に見せたいと言っていましたよ。」

「結構です。」

「ふふ。そうだと思いました。レヴィは元気ですが、君たちと離れて寂しそうにしています。毎日、いつ合流できるのか聞いてきます。」

デナーリスの脳裏に死んだ魚の目をしたレヴィの姿が浮かんだ。若干いじけた顔を思い浮かべてしまったのは、自分がお貴族様の生活を満喫している後ろめたさがあるからかもしれない。


「・・コホン、その、実際のところ、状況はいかがですか?」

「すぐという訳には、いきません。」

脳内のレヴィが、こちらを恨めしそうに見ている。

子どもの頃はレヴィがいじけると、魔法を見せて誤魔化したものだ。


「ああ、そうですわ。ウェイロン様、レヴィへのお土産を預けても良いでしょうか?」

デナーリスは思いだした。お気に入りのアレを渡せば、きっと喜ぶに違いない。それに、ウェイロンなら問題なく持ち帰ってくれるだろう。

「もちろん。」

「ありがとうございます。すぐ作ります!」


意気込み全開で両手に力を込めたところで──


「「ちょっと待ちなさい。」」

ウェイロンとエマが同時に制止した。


立ち上がったエマが呆れた様子でため息をつく。

「こんなところで霊力をぶっ放すつもりなの?周りに結界を張るから、せめてその中でやってちょうだい。」

「す、すみません。」


エマの結界が張られ、デナーリスは改めて両手に高濃度の霊力を込める。興味深そうな二人の前でゆっくりと手を動かしていく。薄水色の霊力が膜のようなものを形作り、波うちながら徐々に円筒になっていく。さらに細かく手を動かし、先端からは触覚のようなものを。波打つ部分からは脚のようなものを生やしていく。


「あー。やっぱりね、」

エマが残念そうに呟く間に、円筒部分は体節へ、裏側には14本の脚が完成していく。猫ほどの大きさになると、すぐに身を守るように丸まったその見た目。

「ダンゴムシですね。」

「あっ、はい。少し雑ですがダンゴムシです。大きくて可愛いぬいぐるみ風です。」

「かわいい・・?」

どうやらエマには刺さらなかったようだが、レヴィはこの魔法のダンゴムシが大好きである。


「私、昔からダンゴムシだけは平気なんです。多分3日くらいは持つと思いますので渡してあげてください。」

はいっとデナーリスはウェイロンに丸まったダンゴムシもどきを渡した。案の定ウェイロンはそれを平然と受け取る。イケメンの腕におさまる水色のダンゴムシもどき。実にシュールである。


「どういう魔法なの?」

「粘土みたいに捏ね回して、適当に固めてます。」

「へー。さすが無茶苦茶だわ。」

「ありがとう。きっと喜びます。ダニーは優しいね。」

「レヴィはまだ子供っぽいところがあるから心配で。ここ数年は精神年齢がほんと止まっている感じで、エルフ混じりなのかなって思うくらい。」

「え?」

「え?」

「え?」


デナーリスの何気ない発言から三人で顔を見合わせる。


「まさか、だったりします?」

「エルフと人間の子って、そうそう生まれないのよ」

「私もここ最近では聞いたことがありません。」

「レヴィの母親には、そういう噂はなかったです。父親は……不明ですが」

「でも、あの宝石みたいな色彩、もしエルフの血が入っているなら納得できるわ。」

「「確かに」」

「気にかけておきます。」

というウェイロンの言葉で、この話題は締めくくられた。


 その後はデナーリスの近況を軽く報告し、ウェイロンは水色のダンゴムシもどきを抱え、爽やかに去っていった。帰り際に丁寧に領主とその家族に挨拶をしていったので、デナーリスは目をハートにした領主の娘に遅くまで推しの普及活動を行い、領主館での日々はさらに充実したものになった。




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