誰がこのおじさんを聖職者だと思うだろうか
冒険者ギルドの一室でリアムとロイは十日ぶりに再会した。それぞれイーサンとメイソンに同行してきた形で、お互いに若手冒険者の装いをしている。部屋の中にはセルバスが着席しており、いつもの事務方の神殿服ではなく商人風の服装で、ハゲかかった頭と滲み出る貫禄から、ギルドに護衛を依頼しにきた悪徳商人にしか見えない。
互いに挨拶を交わしたところで、全身ローブ姿のウェイロンが部屋に入ってきた。思いがけないウェイロンの来訪にリアムとロイはぎょっとする。
「レヴィなら心配いりません。」
ローブ姿でもスタイル抜群な大神官様は全身を覆っていたフード付きのローブを脱ぎながら、開口一番にレヴィのことを口にした。
本人たちがウンディーネの呪いと呼ぶ「花冠の麗人」の守護者たちは、無意識にその身の安全を気にかけてしまうのだ。ウェイロンにはすっかり見抜かれている。
「カルハサ神殿長が傍についています。あの御仁は防御魔法のスペシャリストです。」
「ああ、あのインコと亀を飼っている・・。」
ウェイロンがふふと笑う。
「そうそう。そのインコと亀を飼っているカルハサ神殿長です。今日もレヴィに刺繍を教えるといって張り切っていました。そろそろ指導に熱が入っている頃でしょうね。」
「刺繍ですか?」
「ええ。試しに教えてみたところ見込があったそうです。」
「へぇー。」
「元気にしていますか?」
「ええ。毎日元気に湿原を歩き回っていますよ。神殿の温泉効果でお肌もツルツルです。」
そう言うウェイロンも内側から透き通るような艶のある肌で、トゥルントゥルンのピカピカである。ここにデナーリスがいたら「ま、眩しい。」と言って片目をつぶっていたところだろう。
「さて、近況報告といきましょう。」
着席してまずはお互いの近況を報告する。
「郊外の精霊の伝承地をいくつか回ったが、どこも周囲と変わり映えのない沼地だった。」
メイソンたちは冒険者としてあえて精霊の伝承地付近の案件を請け負い、現地の様子を確認している。
「そうですか。ロイはどうでした?」
「特に何も見当たりませんでした。」
ロイたちもウンディーネから祝福を受けた身だ。レヴィのように呼び掛けて人界に引っ張り込んだり、捕まえるようなことはできないが、好奇心に駆られた小精霊が姿を見せることもある。たとえそれが一瞬だとしても、人の身には過ぎる動体視力を兼ね備えたロイであれば見逃すことはない。
「そうですか。ありがとうございます。冒険者生活はいかがですか?」
「子守から解放されて、毎日充実してます。」
「ハハ、それは良かった。くれぐれも無理はしないようにして下さい。」
「はい。」
成人後の進路を絶賛検討中のロイにとっては、冒険者暮らしもいい社会勉強になっている。しかも、手ほどきしてくれるのがS級冒険者のメイソンである。こんな贅沢な研修を受けられる新人がいるだろうか、いやいない。と昨晩もナバイアと盛り上がって二人で女神に感謝の祈りを捧げたくらいだ。
「我々は公式グッズの生産ラインを確保した。すでに生産を進めている。三週間もすれば初回生産分の小ロットを発売できる予定だ。」
次にセルバスが疲れた顔で進捗を語る。見た目も口にしている内容も完全に商人だ。
「売れるだろうね~。」
イーサンがニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。
「売れてもらわねば困るが、まぁ売れるだろう。」
悪徳商人にしか見えないセルバスだか、取り扱い商品はぬいぐるみだ。ファンシーすぎて似合わないにもほどがある。
精霊の庇護者が注目を集めている最中での公式グッズである。ウンディーネがモチーフにされていることもあり注目を集めるだろう。度の過ぎる新聞記者への厳重注意と併せて、商品開発秘話を餌に新聞各社を釣り上げているところだ。新しい話題で世間の視線をそらしたい思惑もある。
「いや~、これはドラクンゴでも売れるだろうな。うちの妻の分を早速キープしておいて良かった。」
ドラクンゴでも自国の人間が精霊の庇護者を思って発案した商品だと知られれば大ヒットするのは間違いない。それが弟子ともくれば、夫としてますます株が上がるに違いないとホクホク顔のイーサンである。
「発売はタリア神殿からスタートする。この辺りだと、おそらく類似品が出回る方が早いだろう。」
神殿側の目論見はあくまで注目の分散だ。類似品が出ようとあまり関係ない。
「あと一月程度でカルハサの見極めが必要ですね。ここは精霊の気配があまりにも遠い。」
大神官であるウェイロンの一言に全員が表情を引き締める。
「レヴィは何か言っていますか?」
「つい先日、踏んだ気がすると言っていました。」
「踏んだ?」
「泥の中に沈んでいるそうです。先日、なんか精霊みたいなの踏んじゃったかもと言っていました。ちなみに気持ち悪かったと。」
「どんな踏み心地なんだよ。」
レヴィの発言には反射的に突っ込んでしまうロイである。
「カルハサは一見とても豊かですが、精霊との縁はだいぶ遠のいているようです。レヴィが接触を試みても人界に出てくるのは難しいかもしれませんね。」
「近隣の沼地は魔物が多い。冒険者ギルドは賑わってはいるが、被害もそれなりにある。」
「どこも似たような状況だ。ドラクンゴ然り。思えばターオは楽だったなぁ。」
ロイの言葉を受けてイーサンが感慨深げに付け加える。
ターマキリはレヴィが街についた途端、即ストーキングを開始した。出現できる云々の話をすっとばして、最初から思念体で接近している。
「レヴィが踏んだというのであれば、恐らく存在はしている・・。」
リアムの呟きにウェイロンは頷く。
「幸い中級精霊の伝承地はカルハサ神殿の保護区域内です。あと一月程度は様子を見て、難しいようであれば次の地に移動しましょう。刺激を与えただけで良しとします。」
その場合、精霊の庇護者に踏まれた精霊がいるらしいと記録されることになる。
それはどうなんだとロイは思ったが、賢明にも真面目な顔でその場をやり過ごした。




