散会
神皇国は広い。東西に両翼の国と呼ばれるイルラロンドと、ユクラシルがあり、南にはドラクンゴ、北に三か国にまたがる広大な魔の森を抱えている。
かつては精霊もエルフも人も、お互いの領域を時に侵しながら森の恵みを享受して暮らしていた。
しかし、今では魔の森と称されるほど人間の領域は脅かされ、エルフも森の端へと追いやられている。近年はその対策として、複数の大規模神殿が建てられ、日々神殿騎士たちが魔物との攻防を繰り広げている。
つい最近、その主要拠点となるいくつかの神殿に精霊の遺物が届けられた。精霊の遺物は神皇国のみならず近隣諸国にも届けられ、現在、各国で最もセンセーショナルな話題となっている。
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「レヴィは寂しがっていないかしら・・。」
神殿の白い長衣ではなく華やかな水色のドレスを身にまとったデナーリスが心配げに窓の外へ視線を流す。その傍らでは、これまた普段の魔道服ではなく深紅のドレスを身に纏ったエマが目の前の豪華なスィーツに目を輝かせている。
「心配してもしょうがないわよ。それより、このケーキ信じられないほど美味しそうよ。カルハサ領主は金持ってるわね~。何から何まで行き届いてるんだもの。最高だわ。」
「確かに。」
基本的に清貧が尊ばれる神殿では、ここまで豪華なケーキをお目にかかれない。
「貴族のお嬢様暮らしもたまには良いものですね。」
精霊の庇護者たちは新しい街カルハサで離れ離れになっている。
それもこれも普段なら神殿に配慮する新聞記者たちが、こぞって追いかけまわしてくるようになったせいだ。連日、一行を新聞に取り上げるため、行く先々で熱狂した民衆に取り囲まれるようになってしまった。事故が起こりかねない状況を鑑みて仕方なく部隊を編制しなおし、一度散会することになった。
デナーリスはエマと貴族女性の一行を装い、カルハサ領主の屋敷へ身を寄せている。
そして、その双子の兄ロイはメイソンたちと共に街中に潜伏し冒険者を装って過ごしている。
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「子守からも解放されて冒険者体験できるとかマジでラッキー。」
拠点となっている宿屋の一室でロイがしみじみと呟いた。
「心配じゃないの?」
「はっ?何が?陰キャのコミュ障は神殿に放り込んでおいたら問題ないだろ。」
耳ざとく反応したナバイアにロイが心底どうでもよさそうに返す。
「いや、デナーリス様の方。妹じゃん。」
「あいつは法則無視の化け物だぞ。ノーコンだけど。」
「そのギャップも悪くないんだよなー!」
「それにエマ様も付いてるしな。」
「あっちはコントロールお化け。」
「・・・。」
「・・・。」
2人は無言で見つめ合うと、ガシッと握手を交わす。
「冒険者万歳!」
「万歳!」
ロイに付いているのは凄腕冒険者のメイソンである。木を隠すなら森の中ということで、冒険者グループを隠れ蓑にして、実際にギルドの依頼もこなしている。近々泊りがけで近隣の魔物討伐にも出かける予定だ。ロイとナバイアは日頃の旅団で味わえない冒険者暮らしを満喫していた。
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リアム達も同じく冒険者を装ってはいるが、ロイ達とは違い少し郊外の民宿一棟借り上げて商団とその護衛という体裁を取っている。団長はセルバスでその右腕がイーサン。商談のため出入りする人間が多く、護衛が多くても怪しまれない。
その他、一部の事務方たちは各拠点の中心に位置するエリアに事務室を開設している。表向きは商社だが裏では各方面への調整と、度の過ぎる記者たちへの取り締まりを進めている。
「リアム、少しいいかな。」
「はい。」
居間のようなスペースで本を読んでいたリアムが顔を上げる。
「これ、いつものやつだよ。」
「ありがとうございます。」
イーサンからリアムに一冊のノートが手渡される。
それを見たラリーがすっとんで来る。
「デナーリス様はなんと!?」
「ちょっと待ってくれ、、ああ、ここ数日は領主の娘に貴族のマナーを教わっているそうだ。」
「素晴らしい!!」
ラリーが興奮気味にデナーリスの素晴らしさを語り始めたので、リアムは無視してノートを読み進めることにした。
ノートの中身はデナーリスが始めた庇護者同士の交換日記だ。お互いの近況を報告しあうもので、だいたいデナーリス、ロイ、レヴィ、リアムの順番で回ってくる。デナーリスは領主の娘に良くしてもらっていることと、マナーを教わっていることを書いている。”貴族のお姫様は大変だわ”という一文には波線が入っていて、ロイが”不器用なお前に教える方が大変だろ”とコメントを入れている。
そのロイはメイソンたちとこなした依頼のことを冒険活劇のような長文で書き込んでいて、ナバイアがうっかり足を滑らせて池に落ちたことを面白おかしく綴っている。リアムは思わずフッと口元も緩めてから次のページをめくり、レヴィの内容に目を通す。
"神殿長さま、インコと亀飼ってる。"
相変わらず自分の近況を全く書いていない一文のみだ。
前回は"エイダンはぬいぐるみ作れる"だった。リアムは一言"元気か?"とだけコメントを書き記した。
精霊の庇護者の中で唯一身を守る術を持たないレヴィは、ウェイロン、エイダンとともにひっそりとカルハサ神殿に入っている。
これまで、すぐに顔を見れる距離感で過ごしてきた幼馴染4人にとって、初めての離れ離れでの生活が、このカルハサでスタートしていた。




