白金色の髪
一行は森を出ると隣接する長閑な街ディラルナへと入った。エルフと人間が共存する珍しい街だ。住人は森からの恵みと、豊かな水を享受し朴訥と暮らしている。
街に大きな宿はなく、こじんまりとした宿を一晩貸切り、翌日ターオに戻る予定となっている。そのため2度目の訪問は少人数となった。街の大衆浴場で湯につかり、家庭料理のような素朴な夕食をとり、今は各々割り当てられた部屋で就寝前のゆっくりとした時間を過ごしている。
警備の関係上、レヴィはウェイロンと同室になった。旅団が出発してから初めての幼馴染以外との同室である。リアムとロイがいればおそらく拒否していただろうが、今回はウェイロンと同部屋になる以外の選択肢は用意されていなかった。移動の馬車で2人きりになることはあるが、同じ部屋で寝るの初めてだ。
その部屋の中で今、レヴィはベッドに上がり、ウェイロンの前にちょこんと座っている。就寝前に髪を梳いてもらっているのだ。普段はリアムが好んでやってくれるが、それとはまた違う節ばった長い指がレヴィの髪の感触を楽しむように何度も触れてくる。ウェイロンは楽しいのか鼻歌まじりだが、レヴィは少し肩に力が入っている。
「本当に美しい髪ですね。温かみのある白金色でこんなに艶もあってサラサラで、大抵の人は成長すると金に茶が混じるものですが、レヴィは幼い子供のような美しい色のままですね。」
「・・ウェイロンさまの髪の方が綺麗です。」
「ふふ、ありがとうございます。私の白銀も珍しいかもしれませんが、年を取ればみな髪は白くなります。」
たしかに祖母の髪の毛は白かったが、ウェイロンの白銀色の輝きとは全く違う。
「ハイエルフはみんな銀髪ですか?」
「銀髪が多いですが、そうとも限りませんよ。金髪や茶髪の者もいます。」
「ウェイロンさまの家族は?」
「みな揃って銀髪です。」
「やっぱり。」
ウェイロンという超美形を輩出した一族はやはり美形揃いなのだろうか?レヴィはなんとなくウェイロンの家族を想像してみる。想像のなかでみんなウェイロンの顔になった。
「レヴィのご家族はどうですか?金髪ですか?」
「たぶん。」
母方はみな金髪だ。父方は知らない。
「そうですか。髪も瞳も美しいものを引き継ぎましたね。」
「ロイが親に感謝しろって言ってました。浮浪児になるところをその色で食っていけるんだからって。」
「ハハハッ、ロイらしい言い方ですね。」
ウェイロンに明るく言われ、レヴィも可笑しくなってクスクス笑う。
「ところで、本当に浮浪児になりかけたんですか?」
「1人になって、村の人が色々助けてくれました。でも、村長さまがずっとは無理だから働きなさいって仕事を探してくれてました。」
「・・苦労しましたね。」
そういうと頭をよしよしと撫でてくれる。今となってはレヴィ相手にまるで幼い子供にするように頭を撫でてくれる大人はウェイロンだけだ。リアムに甘やかされるのとは別のむずがゆさがあり、思わずニマニマと口元が緩んでしまう。幼い頃から家事や介護に追われ、しっかりすることを求められてきたレヴィにとって、子供でいさせてくれるウェイロンは貴重な存在だ。
「村長さまは俺の髪と目なら、お貴族さまに雇って貰えるかもしれないって言ってて、街の領主さまに聞いてくれることになってました。それがダメならどこかの職人に弟子いりするのもいいかもって。」
レヴィは照れ隠しに当時のことを伝える。身寄りがなくなってからしばらくは村の人たちが代わる代わる食べ物を分け与えてくれた。レヴィも森で薬草をとってきたり、裁縫を手伝ったりしながら何とか労働で返そうとはしたが、子供の身ではたかが知れている。村を出て街へ奉公に行くのは当然の流れだった。
「レヴィは真面目な頑張り屋さんですから、どちらに行っても喜ばれたでしょうね。」
「エヘヘ、でも結局は神学校に行くことになって、俺嬉しかったです。」
「・・いま思えばリアムはレヴィと離れ離れにならないように必死だったのかもしれませんね。」
「えっ?」
思わずふりかえると、ウェイロンに鼻をちょんと触れられる。
「あの花祭りの後、リアムは真っ先にあなたの保護を要請してきました。」
「リアムが?」
「ええ。デナーリスが精霊の庇護者なら、レヴィも間違いなくそうだからと神殿に訴えにきたそうです。ついでに自分とロイも含めて4人一緒に神殿の庇護下に置いてほしい、特に身寄りのないレヴィを今すぐ保護してほしいと自ら交渉にやってきたと聞いています。」
「リアムは俺が村を出ていくのを、俺より心配してました。」
ウェイロンがふふふと微笑う。
「それは想像がつきますね。レヴィはどうしたかったんですか?何か将来の夢はありましたか?」
「うーん、考えたこともなかったです。毎日忙しかったし。でも学校に行きたかったから、その夢は叶いました。」
「それは良かった。」
「ウェイロンさま、俺、結局みんなと一緒にいられるから楽しいです。それに、、。」
「それに?」
「・・えぇーと、やっぱり何でもないです。おやすみなさい。」
レヴィはパッとウェイロンのベッドから降りると自分のベッドに入りこむ。
ウェイロンはレヴィの突然の行動にふふふと笑うと、「子供はもう寝る時間ですね」と言ってベッドを降りる。そして、手に櫛を持ったままレヴィのベッドサイドに立つと、いつもの優しい笑顔で肩までしっかりと布団を掛け直してくれる。
「おやすみなさい。レヴィ」
そして、頭にキスが落ちてくる。
「・・おやすみなさい。」
ウェイロンはそのまま櫛を片付けにレストルームに消えた。
レヴィは布団を頭まで覆うと、ぐふふと小さくニヤケ声をあげる。おやすみのキスをもらったのはいつぶりだろうか。
ー俺も銀髪ならよかったのに。
その日、レヴィはご機嫌で就寝した。
部屋の中では花カゴの小精霊が月の光のような淡い光を放っていた。
レヴィは知らないが、ウェイロンは月見酒ならぬ、花カゴ見酒をしばらく楽しんでから就寝した。




