表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/47

思い出の花

デナーリスはワクワクとした表情で神殿の一室に入った。部屋の中には護衛と武具祭具室の室長と彼の部下数人、そして緊張でガチガチに固まった職人夫妻がいる。


「皆様、お待たせ致しました。デナーリスです。よろしくお願い致します。」

簡易式の神殿挨拶をしただけで、職人夫妻があわあわと床にひれふそうとする。周りが夫妻を宥めるひと騒ぎが起きてからデナーリスは席についた。よくあることだ。


「それでは紹介します。こちら一級工芸士のカーソンさんと、奥様でデザイナーのサディさんです。」

「本日は神殿までお越しいただきありがとうございます。」

デナーリスがにっこりと微笑むと職人夫婦は一瞬呆けてから深く頭を下げる。

「女神のお導きに感謝致します。」

「女神の慈悲に感謝申し上げます。」

会うだけで女神に感謝される存在、それが花の乙女デナーリスである。


「デナーリス様、カーソンさんはレザー加工に関してはターオ随一の職人なんっすよ。サディさんが考案した図案を取り入れた製品が大人気だそうで、諸外国からも引き合いがあるらしいっす。」

「そのような著名な方に製作して頂けるなんてとっても光栄です。どうぞよろしくお願い致します。」

「必ずや精霊の庇護者様方にご満足頂ける製品を作ります。」

「此度のご依頼、わたくしたち一生の誉れと致します。」


挨拶が終わったところで、武具祭具室長が手袋をはめて机上に恭しく精霊の皮を置く。夫妻とは秘密保持の魔法契約を交わしているが、この素材が精霊の皮であることは伝えていない。彼らはこの素材が何かを知らないまま製作をして納品することになる。


「じゃあ改めて、デナーリス様、何かご希望ありますか?」

「腕輪がいいと思っています。」

デナーリスは迷いなく言い切った。事前に決めていたことだ。

この夜空のような皮で作った腕輪はさぞ美しいことだろう。


「ほぉ、腕輪ですか。皮を確認してもよろしいですか?」

武具祭具室長が了承するとカーソンは事前に用意されていた手袋をはめて皮の硬さを確認する。花の乙女に緊張していた顔つきが消え、神経質そうな目つきで皮を検分していく。


その横で妻のサディがデッサン帳を開く。

「デナーリス様、デザインはいかがいたしましょう?」

「実は4人でお揃いにしたくて、男性でも女性でも違和感がなく、それでいてモチーフは私たちを象徴する花に。難しいでしょうか?」

「いいえ!素敵ですわ!男女の区別を越えた花のデザイン!それでこそ精霊の庇護者様方に相応しい腕輪と言えますでしょう!」

サディは弾む声でそう言うと、デッサン帳にサラサラと筆を走らせる。あっという間にいくつかの花が描かれていく。

「お花は何がよろしいでしょうか?」

「そうですね、皆様、色々なお花を私たちに例えてくださるので・・。」

「お揃いにするのえあれば、庇護者様方の思い出の花などはございませんか?」

サディが嬉々とした様子で尋ね、デナーリスはうーんと首をかしげる。


精霊の庇護者の象徴ともいえるデナーリスには様々な花が捧げられる。それがレヴィの花冠にもまわされるため神殿から特定の花を提示したことはない。色とりどりの花々に囲まれる花の乙女とその幼馴染、それが世間一般に浸透する精霊の庇護者のイメージである。


「リシアンサスがいいかもしれません。」

しばらく考えてから、デナーリスは脳裏に浮かんだ花を口にした。


「リシアンサス?」

「はい。むかし見たリシアンサスですが、花弁の先を縁取るように青い色が入っていて、とても綺麗だったんです。」

「2色の八重咲きでしょうか。」

サディがさらさらとリシアンサスを描いていく。いかにも花に疎そうな武具祭具室長や護衛たちがチラリとデッサン帳に視線を投げる。


「ご存知かと思いますが、私たちは同じ村出身の幼馴染です。」

周知の事実にサディはうんうんと頷く。

「リシアンサスは村の花祭りの時に3人が探してきてくれたお花で、そのお祭りがきっかけで私たちは神殿と縁ができました。」

「まぁ!まぁ!」

サディは筆を置くと、うっとりと両手を頬に添えた。精霊の庇護者たちが神殿に保護されることになった花祭りの話はあまりにも有名だ。


 当時13歳だった花の乙女デナーリスは花祭りで魔法を披露し、たまたま見物に来ていたタリア神殿の高官により精霊の祝福を受けし者として見定められた。500年ぶりの事態に国をあげた大騒動となり、神殿は花祭りに参加していた近隣の村も含め辺り一帯を徹底的に調査した。そして後に4人の子供たちがウンディーネの祝福を受けていることが公表された。誰もが知る話だ。


「なんて素敵なんでしょう。デナーリス様ぜひもっと詳しくお聞かせください!」


 サディは血走った目で身を乗り出した。おいおいとカーソンが肩を引いて落ち着かせる。といってもサディだけでなく部屋にいる全員が精霊の庇護者たちのエピソードに興味深々な様子で、武具祭具室長にいたっては完全にメモる体制である。


 デナーリス自身、祭り後の騒動と怒涛の日々が印象的すぎて長い間忘れていた。しかし、思い出すともうこの花しかないように思える。


「私たちの村には4年に一度特別な花祭りがあります。近くの村も集まって一堂に花祭りを開くので、普段静かな田舎がその時だけはとっても華いで、女の子は皆そのお祭りが大好きでした。もちろん私も。」

デナーリスは懐かしむようにふふふと笑う。

精霊の庇護者の出身地として数年ですっかり観光地になってしまったが、4人がいたころは本当に長閑で素朴な村で、花祭りは数少ない晴れの舞台であった。


「お祭りの最後の日に()()()()というイベントがあって、村を代表する乙女が花とパフォーマンスを披露して競い合います。その時の村の代表は私でした。」

 

 部屋の面々の脳裏に今より幼いデナーリスが少し野暮ったい田舎の民族衣装姿で花々を抱えて微笑んでいる姿が浮かぶ。花の乙女デナーリスの由縁たる祭りだ。その花祭りで描かれた絵がそのまま市井に普及したもので、今でもよく売られている。


「あら、でも絵姿にリシアンサスはなかったような・・。」

「あの絵は花くらべ本番前のものです。実は、あの絵が描かれた後、私は別の村の乙女から水を掛けられてしまって・・。」

「ええっ!デナーリス様にですか・・なんて不敬なのかしら。」

「いえ、花くらべは戦いの場なんです。悪いのは油断していた私です。いかに他の村を出し抜くかが勝負なのに。」

「まぁ!そんな激しいお祭りでしたのね!」

サディがデッサン帳に花祭りは戦場と記す。


「記念絵画は本番と同じ花を持つのが慣習でした。私の番が終わり、次の村の乙女に交代する時でした。まだ7、8歳の幼い乙女がバケツに花をいれたまま、こちらに歩いてきました。重そうだなと心配して近寄ったら、その子は私に向けてバケツを中身ごと思いっきり放り投げてきまして、、咄嗟に避けることもですぎ、私は真正面から水を被ることになりました。」

「なんて小癪な・・!」

「あの時の幼女のしたり顔は一生忘れませんわ。幼いからと完全に油断していました。通常花の乙女は12歳から16歳くらいまでの少女が担います。幼女の時点で怪しいことは分かっていました、、。」

「敵もなかなかやりますわね。」

少し離れた所で護衛がコソコソと「思っていたほのぼのエピソードじゃない。」と囁いてるが、白熱する女子トークは止まらない。


「ええ、本当に。花くらべは花が60点、乙女の人柄が20点、パフォーマンスが20点の総合得点で争われます。幼女を叱ったなどとなれば人柄点に響いてしまいます。私は怪我がなくて良かったわと幼女を助け起こすしかありませんでした。」

「ただでさえ花が損なわれたなか、人柄点を落とすわけにいきませんものね。」

「その通りです。大慌てで衣装も花も変更することになりました。でも花はその時に合わせて一番良いものを用意していたので、どうしても見劣りするものになり、私はすっかり気落ちしてしまいました。その時にレヴィが森で探してくるって言いだして・・。」

デナーリスの脳裏に今よりも幼いレヴィの姿が浮かぶ。レヴィの突然の言動と行動に振り回されたのはリアムとロイだ。


ふふふとデナーリスは思い出し笑いをする。

「祭りの広場から森まで片道30分、花まつりの本番までは残り1時間しかなくて、本人には無理だって言ったんですけど、どうしても行くって言い張って、結局リアムがレヴィを背負って走り出して、ロイも巻き込まれる形で一緒に行ってしまいました。そして、見つけてくれたのがリシアンサスだったんです。見たことのないほど綺麗な色をしていました。今思えばウンディーネ様が用意してくださったのかもしれませんわね。」

よくよく思い返せばあの色はウンディーネの色だ。きっとレヴィのわがままに答えてくれたのだろう。


「まぁ、なんて素敵なお話なんでしょう。本番はそのリシアンサスで出られたんですか?」

「はい。結局、花を届けてくれたのは足の速いロイで、リアムとレヴィは間に合わなかったんです。私は2人にも感謝を伝えたくて最後に魔法で花びらを舞い上げるパフォーマンスをしました。せめて花びらを2人に届けようと思って。」

「まぁ・・デナーリス様、それって・・。」


 デナーリスが花祭りで無邪気に呪文も何もない理を超越した魔法を披露したことで、神官の目にとまった。それがキッカケで精霊の庇護者たちは世にでてくることになったのだ。そして、花の乙女デナーリスが今でもミサで必ず披露する祝福の魔法。


「ああ、これ以上のお花はありませんわ。」

サディが感激に震えた声でそう呟いて腕輪のモチーフは決定した。


職人夫妻は平身低頭で必ずや期待にそえるものを用意すると言い残し神殿を後にした。

それ以後、リシアンサスは精霊の庇護者たちを語るうえで欠かせない花となるのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ