花馬車の主
「おい、見ろよ。モノケロールばっかだぞ。」
「タリア神殿の大神官様の御一行らしいぞ。」
馬車道ですれ違った商隊が道を譲りながらも、呆けた顔で神殿の旅団を見送る。
騎馬の護衛騎士の先導で、16輌ほどの馬車が通りすぎていく。荷馬車の他にも警備用や貴人用の馬車などもあり、どうみても総勢100名以上の大移動だ。馬車はすべてモノケロールという一角獣がひいており、一行は神殿の旗を掲げている。
「ハイエルフの大神官様らしくて、すっげぇ美形らしい。」
「はー、すげぇな。」
ターオという街に続く馬車道ではこのような光景が目撃されては人々の話題に上がっている。
権威ある神殿の御一行ということで、誰もが道を譲る。神殿の護衛騎士というエリート集団に加えて、近隣の大国の旗も交じっており、一般人が近づこうとは思えない物々しさだ。
正確に言えば精霊の庇護者御一行なのだが、建前上は大神官ウェイロン御一行となっている。
これでも人員は絞られており、選び抜かれた騎士や魔導士は神皇国だけではなく近隣諸国からも揃えられ、動く最強騎馬軍団といっても過言ではない。補給確保のため先行する部隊や、各神殿との調整にあたる事務官、行政側の役人まで含めると関係者は膨大な人数に及び、この巡礼団は国家の一大事業であった。
その責任者が大神官でありハイエルフのウェイロンである。
彼の使命は500年ぶりに精霊の祝福を得た4人の若者と共に各地の精霊を呼び起こし活性化させることであり、またそれに伴い神殿の権威をより強固なものにすることだ。
「長く生きてみるものですね。140歳を前にしてこんな面白いことが起こるなんて、人生は本当に分からない。」
責任者に指名された時、ウェイロンは噛みしめるようにそう答えた。
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ウェイロンが4人と初めて対面したのは今から2年前、彼らが神学校に所属している時である。
自然と紅一点の少女に目がいった。
『ああ、君が花の乙女デナーリスですね。』
『お初にお目にかかります。はい、わたくしがデナーリスです。』
精霊の祝福を得た子供たちの存在が知られることになったキッカケの少女だ。唯一神が女神であることから、紅一点の彼女は民衆から神聖視され、あっという間に信仰の対象となった。有名になりすぎてもはや普通の生活は送れず、神殿が保護している状態である。
『そして君がお兄さんのロイかな。雰囲気が似ていますね。』
『初めまして、ロイです。』
ロイは花の乙女の双子の兄ということで知られ、今後の動向が注目されている。自由な気質があり成人後の進路は神殿以外も検討中で、彼をめぐる争奪戦が各国で繰り広げられている。
『それから、君がリアムかな。手紙では何度かやりとりさせてもらいましたね。その節はありがとう。』
『お会いできて光栄です。』
リアムの家は元来信仰深く、神殿がスムーズに4人の精霊の庇護者たちを保護できたのは彼の存在によるところが大きい。ウェイロンが初めて会った時からすでに神殿への所属が内定していた。
この3人は従兄弟同士である。村でも有名な美人姉妹を母に持ち家族親類関係は良好で、田舎出とは思えないほど見栄えがいい。
デナーリスにいたっては神殿で蝶よ花よともてはやされた結果、目を引く美少女に育っている。茶髪にヘーゼル色の瞳は神皇国では比較的よくある色合いだが逆にそれが人々に親近感を与え、少し釣り目勝ちの瞳は凛としていて知的に見える。
その双子の兄であるロイはデナーリスと同じ色合いの茶髪に切れ長のアンバー色の瞳を持ち一見すると冷たそうな外見をしている。立ち姿からでも機敏さがうかがえるほど身体能力が高く、双子そろってどこか気位の高い猫のような雰囲気がある。
リアムはダークブロンドにロイと同じアンバー色の瞳を持ち、長身で体格が良い。厚い筋肉に覆われた肉体は精鋭ぞろいの神殿騎士団に入っても見劣りしないだろう。顔立も精悍で立っているだけでかなり威圧感がある。
『そして君がレヴィですね。聞いていた通りの色合いだ。』
『・・は、はじめまして。』
透明感のある輝くプラチナブロンドと、エメラルドグリーンに青水晶をちりばめた宝石のような瞳を持つ少年。リアムの後ろに隠れるような控えめな態度で頭を下げた。顔の造形自体悪くはないが、色合いのわりに地味で大人しそうな雰囲気を持っている。4人並ぶと一人だけ明らかに覇気がない彼こそが精霊の祝福の中心人物である。
その身の持つ美しい色合いが水の精霊王ウンディーネを引き寄せた。精霊が人に関心をよせた500年ぶりの出来事は神殿のみならず世界に衝撃を与えた。ウェイロンでさえも初対面のこの時は緊張したくらいだ。
4人の中で最年少ですでに身寄りがない。レヴィは3人を兄姉のように慕っており、特にリアムに追随するところがある。あまり神殿の活動に乗り気ではないが、3人と離れたくない一心で行動を共にしているところがあると報告書に記載されていた。レヴィを動かすにはこの3人の幼馴染の協力が不可欠なのだ。
『君たちの力をぜひ貸して欲しい。この世界の未来のために。』
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神皇国の田舎の村で4人の子供たちに精霊の祝福が与えられたと推定されるのが今から9年前。精霊の祝福を得た子供たちの存在が発覚し、調査の末、彼らを神学校に入学させたのが3年前である。神殿は彼らを庇護下に置いた後、3年を費やし各地の調査と訪問地の選定をおこなった。そして、3週間前に、巡礼団を出発させたのであった。
レヴィ以外の3人は精霊の祝福により常人離れした能力を持っている。それに加え剣も魔法も凄腕のハイエルフが付いている。この4人だけならもっと機動力があり小回りの利く旅団になっていただろう。
実のところ、騎馬軍団はレヴィのために編成された。各国から招集された人材も外交上の調整もあるが、いかに安全に移動できるか考え抜かれた選抜である。
そんなレヴィが乗車するのは目立つ貴人馬車ではない。一回り小さい従僕馬車が彼の専属馬車となっている。小さくとも馬車を引くのは当然一角獣で、この馬車を目立たせないためにすべての馬車が一角獣でそろえられている。外観はシンプルだが中は貴人馬車に劣らない作りとなっており、座席はふかふかでレヴィに必要な機能が十分に備わっている。
それがロイに言われる花いじりだ。彼の仕事ともいえる花冠やポプリ作りの作業スペースが狭いながらも完備されている。中は花であふれかえっていて、巡礼団の中では通称「花馬車」とかわいらしく呼ばれており、なんならいい匂いもする。
彼の役割はその美しさで精霊を魅了し再び人間界に精霊を出現させることである。
ウェイロン様は後進に席を譲る形で第一線は退き神殿の相談役だったところを
大神官という肩書きで戻ってきた出戻り組だったりします。
お偉いさんはみーんな後輩です。