情操教育に連れていかれました
レヴィはいまターオ随一の繁華街にいる。もちろん1人ではない。強面マッチョと変人開発者が一緒だ。少し離れたところに護衛も数人いる。
ターオは連日空前の賑わいを見せており、特に繁華街は人でごった返している。本来であればまっすぐ歩くのも困難であろう。しかし、一行は何事もなく前に進めている。なんなら辺りを見回す余裕もあるくらいだ。すいすい歩けるのだが、レヴィの右腕はラリーにがっちりと捕まれている。異国人や屋台に目を奪われる度に足を止めていたので歩き始めて5分で捕獲された。
「前を見て歩け。」
レヴィは再度注意を受けて隣の人物をちらりと見上げた。とんでもないマッチョが帯剣して歩いている。もしぶつかりでもしたら確実にこの筋肉に弾き飛ばされるだろう。周囲の人たちが器用に彼を避けて歩いてくれるおかげで、レヴィたちは混雑した繁華街でも苦労なく進んでいける。帯剣できるのは身分証明書を登録した騎士や冒険者など所属の確かな者だけとはいえ、こんな強面が剣をぶら下げて歩いていれば怖がられて当然だ。
「あ、あのメイソン様でしょうか?」
「ああ、そうだ。悪いが先を急いでいる。」
とはいえ、話しかけてくるものが一定数現れる。ほとんどが冒険者風の者たちだ。メイソンは慣れた感じでさらりとかわして、彼らを相手にすることはない。声をかけた方もあっさりと引き下がるが、あしらわれただけでも嬉しそうだ。きゃっきゃっするマッチョ達を横目に繁華街の中を進んでいく。
今日のレヴィはごく普通のシャツとズボンを穿き、帽子と黒ぶち眼鏡を着けている。目立つ髪さえ隠してしまえば、いくら綺麗な目をしていても、凡人オーラで普通に市中に紛れてしまえる。むしろ圧倒的強者感が隠し切れないメイソンが隣にいるせいで人目を引いてしまうくらいだ。おまけに、反対側では怪しい装飾品や装備(自作魔道具)をじゃらじゃらとつけたラリーががっちりと腕を掴んでいるので、連れだって歩くには違和感ありまくりの組み合わせである。
庶民育ちでわりと普通の感性を持っているレヴィは、絶対1人で歩いた方が目立たずにすんだという確信を持ちながら歩いている。
「着いたぞ。」
15分ほど歩き、ようやく広場の中央にある巨大天幕に到着した。見上げるとカラフルな可愛い字体で大きな看板が掲げられている。
<楽しいふれあい動物園>
絶対この3人で来るような場所ではない。レヴィは死んだ魚の目をして看板を見上げた。
「お、お待ちしておりました。メイソン様。」
天幕の前ではでっぷりと太った興行主らしき人物が待ち構えていた。ハンカチで汗を拭いながら笑顔を浮かべている。その後ろには数人の従業員が付き従っていて、明らかに緊張した面持ちで一行を出迎えた。
「賑わっているところ悪いな。知り合いの子供にイルラロンドの動物を見せてやりたい。」
「と、とんでもございません。イルラロンドの英雄メイソン様にお立ちより頂けるとは光栄の極み。ささ、どうぞ。ご案内します。」
「世話をかける。おい、行くぞ。」
メイソンに促されてレヴィはふれあい動物園へと足を踏みいれた。そう、今日は何故かメイソンとラリーに動物園に連れてこられたのだ。タリアでもこういう興行を見に行ったことがあるので、初めてというわけではない。それに田舎の村にはそれなりに魔獣や動物や家畜がいたので世話をしたこともある。
「我々の天幕では各国の珍しい動植物を取り揃えております。」
レヴィの目に飛び込んできたのは本物の森のような空間だ。天幕内とは思えないほど樹木が隙間なく生い茂っている。
「この仕掛けは魔道具ですか?」
整備された通路を歩きながら、ラリーが質問すると興行主がほほほと笑った
「お目が高い。多くの方は魔法と思われるんですが、魔道具を使っております。」
「かなり大掛かりな魔道具を複数組み合わせているようですね。」
興行主とラリーの魔道具トークを聞き流しながら、レヴィは天幕内を見回した。聞いたことのないような動物の鳴き声がどこからか聞こえてくる。タリアで見た興行では広い天幕内に舞台があり、その舞台上に次次と珍しい魔獣や動物が登場したのだが、ここはそういう見せ方ではないようだ。
―チチチ
鳥の鳴き声が聞こえ、何かがレヴィの視界をかすめた。
その瞬間ぐいっと体が浮き上がる。
「わっ!」
気づいた時にはメイソンの太い腕がレヴィのお腹の前にまわっていて、足がちょっと浮いている。
「小鳥か。」
メイソンはそれだけ言うとレヴィの身体を地面におろした。レヴィの帽子の上からチチチと鳴き声があがる。
「おや、トーキ鳥ですね。あまり人に近寄らない種ですが珍しい。」
興行主が鳥の名前を口にするやいなや、今度は茂みの中から少し大きな鳥が歩いてきた。長い嘴がありレヴィの腰くらいまでの大きさがある。故郷ではまず見ない大きさの鳥だ。
「これはキイロペリカンです。イルラロンドの種ですよ。」
見たこともない大型の鳥がグググと鳴きながら近寄ってくるので、レヴィは咄嗟にメイソンを盾にする。
すると今度は後ろからクエーという声が聞こえて振り返ると、立派な角が生えた山羊のような生き物が歩いてきた。
「それはユクラシルのアドクスという山羊です。角にかなり特徴がありまして、おや、横から出てきたのは。」
と次から次へと何かが現れるのでレヴィたちはすみやかに移動することになった。飼いならされた動物たちは恐れを知らないらしい。結局移動する先々で動物が近寄ってくるので、ゆっくり見るどころではなくなり、早々にレヴィたちは動物がいないスペースに移動することになってしまった。
「ずいぶんと動物に好かれるお連れ様ですね。」
興行主がほっほっほっと陽気に笑った。
「主人、イルラロンドの動物を見せたいのだが連れてきてもらえないか。」
微妙な表情でメイソンが再度興行主を促している。
その声を聞きながら、レヴィは茂みを覗き込んでいた。先日中庭で見つからなかったカマキリを探したかったからだ。
ターマキリ様のおかげで巨大な姿を見れたが、やはり野生を見つける楽しさは別格だ。カマキリがいそうな所を見ているとあっさりと例のカマキリが見つかった。嬉しくなってサッと手を伸ばそうとしたところで、レヴィは手前の葉っぱに別の生き物がいることに気が付いた。
黄色からうす緑のグラデーションの丸っこい殻を背負った小さな生物が移動している。その綺麗な色合いにレヴィの手が止まった。
「このカタツムリ綺麗・・・。」
カマキリを捕まえようとしていた指は、新たに目に留まった生物の方へと移動する。レヴィはそれを摘まむと、綺麗な色をよく見ようと持ちあげて光に透かした。
「おお、それはイルラロンドの種類ですよ。」
目ざとく気づいた興行主が、レヴィに近寄ってきた。
「・・このカタツムリ綺麗な色してます。」
普段なら人見知りを発揮するレヴィだが、この時は目の前の可愛い生物への好奇心が勝った。
「ほほほ。これはカタツムリじゃなくてタニシです。触覚の根元に目がありますからな。」
「あっ、ほんとだ。可愛い。」
「イルラロンドに生息する種類ですが見た目が可愛いので人気がありましてな、こちらでも飼育しております。」
「こんなに可愛いタニシがいるんだ・・。」
触覚の根元につぶらな目がついている。よく見ると目のまわりがうっすらと赤っぽい。
「世界一可愛いタニシと言われております。イルラロンドに行く機会があれば探してみるのも一興かと。ほほほ。」
「へー。いつか探してみたいです。」
レヴィはうす緑色のキレイなタニシにすっかり夢中になっている。
それを見守るメイソンが小さく呟いた。
「世界一可愛いタニシならギリギリありか?」
「騙されないでください。いくら可愛くても巨大化したら絶対キモイです。」
ラリーは冷静だった。
その後、イルラロンドの動物を何種類か紹介されたレヴィだったが、心そこにあらずで手元のタニシに始終くぎ付けであった。
こうしてメイソンが企画したふれあい動物園での情操教育は世界一可愛いタニシとの遭遇で幕を閉じたのであった。




