精霊の抜け殻の行方
ターオ神殿に戻った後、レヴィは幼馴染3人と共にウェイロンに呼ばれた。
会議室のような部屋に入ると、ウェイロンに加えて書記長のセルバスが珍しく同席している。レヴィはチラチラとセルバスを気にしながらもリアムの厚い壁に隠れるように着席した。レヴィはこのハゲかかった鋭い目つきのおじさんをメイソンと同じくらい苦手としている。
なんせこのおじさん、精霊の庇護者だろうが平気で叱り飛ばしてくるちょっと怖い人なのだ。最近も野生の一角獣の背に乗って木登りしようとした時に怒られたばかりである。
レヴィは知らないが、このセルバスという人物、膨大な神殿の裏方達からは庇護者一行の常識人、事務方の最後の砦と崇められている苦労人である。
「さて、レヴィ、今日はよく頑張りましたね。素晴らしい活躍でした。」
「そ、そうですか?」
いつものごとくウェイロンに褒められて、レヴィは目を泳がせながらも満更ではない表情を浮かべる。
「ええ。精霊を愛称で呼んで特別感が出ていましたし、おもてなしも頑張っていました。」
実は、愛称作戦はウェイロンの入れ知恵であった。ただ、その場でターマキリと決めたのはレヴィである。察しのついた面々がスンとした横で、ウェイロンが「ただ・・。」と悩まし気に瞳を伏せた。
「ひとつ大事なことを忘れてしまっていたようですね。」
「え?」
いつもべた褒めしてくれるウェイロンの残念そうな様子に、レヴィがビックリして横にいるリアムの上腕二頭筋にすがりつく。
「精霊に今後も出現するようお願いする約束でしたよね?」
「えっ、あの、は、はい。」
精霊の生脱皮ショーに気を取られ、すっかりそのことを忘れていたレヴィである。あわあわと動揺する。
「レヴィに花冠を渡した時にも伝えたはずですが・・。」
ふぅとウェイロンが息を吐く。
「ご、ごめんなさい。」
「いえ、良いんですよ。レヴィがいい子で頑張り屋さんなのは分かっています。今回たまたま忘れてしまっただけですよね?」
「お、俺いい子なのに忘れてしまってました・・。」
レヴィは自身のうっかりミスに慄きながら、リアムの上腕二頭筋をぎゅぅーと握りしめる。精神安定剤の補給である。
レヴィにとってウェイロンは初めて現れたいつも褒めてくれる大人だ。幼馴染とはまた別枠の存在である。そのウェイロンが口癖のようにいい子と言ってくれるので、レヴィは自分のことを普通よりいい子なのだと思いこんでいる。そんないい子の自分が脱皮に気を取られ肝心なミッションを忘れてしまっていたことにがっくりとする。
反対側の席からロイが痛い人を見る目を向けていることには気がついていない。
「誰にでもうっかりはあります。次は忘れないでくださいね。」
「はい・・。」
「それに今回は精霊が残していった物に驚いてしまったんでしょう?レヴィがうっかりしてしまったのも致し方ありませんね。」
「そ、そうです。ウェイロンさま。俺、カマキリの脱皮にビックリしました!2回も脱皮するなんて思わなくて!」
取り繕うようにレヴィがウェイロンに言い募る。
「ええ、そうでしょうとも。我々も驚きました。」
キラン、いや、ギランとウェイロンのスミレ色の瞳が光る。しかし、すぐにいつもの慈愛に満ちた微笑をレヴィに向けた。デナーリスが小さな声で「顔が良い・・。」と呟いている。
「ところで、あの抜け殻はお家に送りますか?」
「え?」
「レヴィが精霊にお願いして花冠と交換したものですからね。良かったら神殿が責任を持ってお家にお送りしますよ。」
レヴィの実家は2m近いあの抜け殻を保管できるような広い家ではない。
それにもう何年も帰っていないような所だ。
「・・リアム、俺の家に入るかな?」
「まぁ、入らないことはないが2体はさすがに邪魔だろう。」
リアムの最な言葉に、ロイも続く。
「つぅか当面帰る予定ないのに、家に置いといてもしょうがねぇだろ。」
「レヴィ保存方法は知ってるの?むかしセミの抜け殻が消えちゃったって泣いてたわよね。」
「えっ?えっ?」
「それならタリア神殿で預かっておきましょうか?」
デナーリスからも言葉を重ねられレヴィがオロオロとしたところで、ウェイロンが穏やかに提案した。
「レヴィがいつでも見れるようにして預かっておきますよ。専門家を通しておくので保存方法に関しても心配いりません。家に持って帰りたくなったら、その時に改めてお送りすることにしましょうか?」
「そうしてもらうといい。あの抜け殻はでかすぎる。」
「家にあってもどうせ邪魔になるだけだしな。」
「また消えちゃったら嫌でしょう?」
「う、うん。ウェイロンさま、そうします。」
「分かりました。しかし、レヴィ、残念ながらもう一体の方はカマキリらしさが失われてしまっているようですが、2体とも保管しますか?」
レヴィはうーんと考える。完全体の抜け殻と比べて、もう一体は確かに顎から裂けてよく分からない状態になってしまっている。完全体が綺麗に残してもらえるなら正直いらないような気がしてきた。でもせっかくの皮なのにちょっともったいない。
突然にセルバスがコホンとわざとらしく咳をする。
「それなら、皮を加工してはどうだ?ターオには腕のいい職人が多い。」
「それはいいですね。お守りみたいにして持ち歩いたらどうですか?せっかくターマキリ様と仲良くなったのですから。」
ウェイロンの提案にレヴィよりも先にデナーリスが飛びついた。
「レヴィとってもいいじゃない。アクセサリーにも出来ますか?」
「ああ、もちろんだ。」
「レヴィ、それなら私たち4人でお揃いのアクセサリーにしましょう。」
「お揃い?」
デナーリスの口にした魅惑の響きにレヴィがオウム返しする。
「そう4人だけのお揃いにしてもらうの。リアムとロイもいいでしょ?」
「ああ。」
「まぁ、別にいいけど。」
「じゃあ、レヴィそうしましょうよ。」
「する。4人でお揃いは初めて・・。」
レヴィが浮かべたエヘヘと少し照れたような笑顔に幼馴染3人は密かに胸をムズムズさせる。なんだかんだ言って弟分は可愛いのだ。
「では、そうしましょう。ああ、でもアクセサリーだと皮は余りますね。レヴィ、私から提案なんですが、いいですか?」
ウェイロンが口にした提案にレヴィはあっさりと頷いた。ただし一点だけ希望を口にしたので、所有者であるレヴィの希望にそって進められることになった。
そして、その場でサラサラとセルバスが契約書をまとめあげる。レヴィはそれに目を通し、分からないところはリアムに教えてもらってからサインをして精霊の抜け殻の処理は取りまとめられた。




