お星さまのような中級精霊は皮を残す
2mの巨大カマキリが大樹から離れてシャシャシャとレヴィの方へ移動していく。動きがリアルだ。この精霊どれほど研究したのだろうか。
泉のそばに用意されたラグの上には可愛らしいピクニックカゴが用意されており、レヴィがニコニコとカマキリを待ち構えている。精霊のサイズ感を見誤ったラグには当然納まりきらないが、カマキリ特有の三角形の頭がレヴィの横にぬっと差し出される。
「カッコイいい・・。あの、ターマキリさまって呼んでもいいですか?」
興奮が落ち着いたのか、レヴィはもじもじしながらも丁寧にお伺いをたてたが、精霊は羽を高速でバタバタ、6本の足をモサモサさせて、こちらはいまだ興奮冷めやらぬ様子である。
見守っている者たちの脳裏に、代々泉を守るエルフの言葉がよみがえる。
『この泉の精霊にはディラウネアという名前がついております。古い言葉で美しい泉という意味がありまして、精霊の地に相応しい麗しい響きです。』
レヴィの突然の名付けに、倒れなかった方のもう1人のエルフが目を剥く。そして、思わずといった感じでウェイロンに視線を送ると、至高の美貌からウィンクが送られた。
「おそらくターオのカマキリでターマキリでしょうね。」
違う、そういうことじゃない。もう一人のエルフは膝から崩れ落ちた。
「ターマキリさま、クッキー食べますか?」
レヴィがピクニックカゴの中から、クッキーを取り出すとあーんと差し出す。さすがに人間の食べ物を口にすることはできないのか、精霊はカマキリ特有の複雑な口を開けると、モゴモゴと咀嚼するように動かす動作だけ見せた。レヴィはその顎の動きをガン見しながら、クッキーを自分の口の中に放りこむ。
しばらくあーんという名の昆虫観察が続いた後、満足したレヴィがようやく花冠に手を伸ばした。
「これ、ターマキリさまに・・。あっ、カマキリじゃかぶれない・・。」
レヴィがしゅんとした瞬間、精霊がブルブルと身を震わせた。そして、ピカっと光るとカマキリの顎がわれ、そこから人型の腕のようなものが水中をかきわけるように這い出てきた。なかなかシュールな光景だ。
「えぇ!だ、脱皮!?生脱皮!?」
レヴィが声を震わせる横でカマキリの中から人型の精霊が姿を現した。
キラキラと光る透けたような体はシルエット状で男か女か分からない。顔もハッキリとはしないが、目だけは爬虫類を思わせるような形をしている。長い髪のような部分は黒く、ところどころ夜空の星のような煌めきがある。
精霊がスッと頭を差し出した。レヴィはぽかんとした表情のまま、その頭に花冠を乗せた。人間界と精霊界どちらにも干渉できるレヴィの制作したものだからこそ、精霊も触れられる。
タッセル状の花が編まれた豪華な花冠に精霊も嬉しそうだ。ハッキリとはしない顔立ちだが、口元の部分が上がっているので、きっと微笑んでいるのだろう。
少し離れた場所で、ウェイロンが昏倒して介護されている女性に呼びかける。
「シェラン様、シェラン様。」
長く泉を守ってきたエルフ族の女性が呼びかけに意識を取り戻す。
「・・はっ、わたくしはどうしたのでしょう。」
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。」
「さぁ、シェラン様、ご覧になって下さい。あなたがたが長く守ってこられたディラウネア様の御姿ですよ。」
シェランは上半身だけ起こすとウェイロンが手を向けた先に視線を向けた。
「ああっ、あの御姿・・!」
悲鳴に近い声をあげると、口許をおさえて涙を浮かべる。
エルフ族が500年にもわたり代々守り続けた神聖な泉、そのほとりに出現した精霊は伝承通りの姿をしている。光る透けた肢体に星降る夜空のような髪を持つ精霊ディラウネア。
ターオの伝統舞踊はたしかにこの精霊を模したものだ。この地を愛し、舞踏という形で精霊を伝承し続けた先人たちの思いにシェランの涙は止まらない。
「あぁ、感謝します、女神様!ディラウネア様を拝する日が来るなんて!」
シェランは膝立ちになると、広げた両手の指を合わせ、親指を額の前と唇と胸の中心に当てて祈りを捧げる。もう一人のエルフ、シェランの息子セラネアもそれに続いた。
一方、変化した精霊は今更ながら素の姿で会ったのが恥ずかしくなったのか、身をくねくねと揺らしいている。付けまわしたり、覗き見したり、出待ちしたりするわりにシャイな性格のようだ。
「本物のターマキリさまはお星さまみたい。俺、町で見た時お化けみたいだったから、すっごく怖かったのに・・。」
レヴィは若干恨めしそうに目の前の精霊を見つめる。
ぎくぅといった感じで精霊の背がしゅっと伸びる。
「でも、カマキリになって待ってくれてたから嬉しかった。」
すっと精霊の手を取る。精霊がビクっと震える。
「脱皮した皮ちょうだい。花冠と交換こしよ。」
そういって今度はウルウルと宝石のような瞳を輝かせて上目遣いをした。
そう、カマキリの抜け殻はまだ残されている。カマキリは脱皮するのだ。レヴィは先ほどからそれに狙いを定めていた。巨大カマキリの抜け殻だ。欲しいに決まっている。どうしても手に入れたい物を前に、常日頃リアムたちに甘え倒している末っ子気質が炸裂した。
宝石眼の威力をくらった精霊が一瞬にしてカマキリ姿になり、残像のような速さで、また素の姿に戻る。瞬きしたら見逃すほどの速さだったが、その横には新しい抜け殻が残されている。先ほどの皮は顎から裂けたためパックリ開いていたのだが、こちらは完全体だ。
レヴィは感激のあまり精霊に抱き着いた。
精霊はプシューと頭から湯気のようなものを出すと、そのまま萎んで消えた。どうやら限界に達したらしい。
泉のほとりにはカマキリの抜け殻が2つ残され、レヴィはニヤリと悪い笑みを浮かべた。そして、精霊界に干渉できる稀少な手で皮に触れると、人間界に引っ張りこんだのだ。
「リアムー、でっかいカマキリの皮ゲットしたー!」
呆気にとられる面々の中でウェイロンだけが拍手をして「良かったですね。ひとまずターオ神殿に運びましょう。」と声をかけている。
中級精霊の召喚は精霊が遺物を残すという、思いがけない展開で幕を下ろすことになった。




