大神官ウェイロン様
「この後のスケジュールですが、レヴィは今日中に花冠とポプリを10ずつ作ってください。材料はすべていつもの馬車に入っています。」
「はい。」
15歳になったレヴィは10個ずつ、10個ずつと覚えるようにブツブツと呟く。
「リアムはレヴィの馬車に乗ってください。ターオの街についたら領主館と部族院への挨拶まわりです。」
「はい。」
19歳になったリアムは男らしい引き締まった表情で頷く。
「ロイとデナーリスは先頭馬車に乗って移動です。ターオの街につく前に分かれてロイはギルドめぐり、デナーリスは神殿のミサに参加してください。」
「はーい。」
「はい。」
17歳になった双子の兄は軽い口調で返し、妹は微笑を浮かべる。
「ターオに着く前に小隊に分かれます。リアムには私が、ロイにはイーサンがつきます。レヴィとデナーリスはメイソンと神殿入りをしてください。神殿到着後はデナーリスにはエマがつきます。レヴィは制作優先です。夜は全員歓迎式典があるのでそちらに参加してください。参加者は絞っていますが粗相はないように。さて、ターオについての資料は4人ともちゃんと頭に入れてくれましたか?」
手帳のようなものを開いてよどみなく今日の予定を読み上げる目の前の人物はハイエルフという世にも珍しい種族の大神官様だ。
肩先に届くサラサラの銀髪にスミレ色のキレ長の瞳、高くスッと通った鼻梁に少し薄めの唇、女神が黄金比を正確に計測して左右対称に配置したとしか思えない整った顔立ちをしている。しかも頭の先からつま先まで完璧な骨格に無駄のない筋肉がついていて、おまけに美声。
超絶系美形で有名な大神官ウェイロン様である。
「もちろんです。」
デナーリスがうっとりとした顔で返事した。17歳になったデナーリスは現在大神官のウェイロンにぞっこんだ。美貌の顔を日々鑑賞しては女神に感謝の祈りを捧げている。ただし、本人曰くちょっと年上すぎるので恋愛感情ではなくただのファンとのことだ。
「ダニー、さすがです。」
ちょっと年上な御年138歳のハイエルフはデナーリスを愛称で称えると、次ににっこりと微笑んだまま残りの3人を見る。
「さて、君たちは?」
「俺も読みました。」
「読み聞かせました。」
「読んでくれました。」
「なるほど。とりあえず分かっているならいいです。到着までに時間はありますから、3人は道中にそれぞれ同行者と打ち合わせをして下さい。」
3人とはロイとデナーリスとリアムだ。
「俺、頭痛い・・。」
特に打ち合わせを必要としないレヴィがぼそりとつぶやく。
「えっ?熱は?」
ウェイロンが気づかわし気に掌を額に当てる。
「ウェイロン様、甘やかしたらダメです。どうせ歓迎式典出たくないだけなんで。」
ロイがケッと吐き捨てる。
レヴィは恨めし気な視線にロイに送る。
「レヴィ、歓迎式典は出て下さい。」
「うう。」
「お前さー、今日は花いじりしてるだけでいいんだから式典くらい我慢しろよ。」
「俺、知らない人ばっかりのところに行きたくない。」
「うるせー。コミュ障、仕事しろ!」
ロイとレヴィの低レベルな言い争いに、ウェイロンはふぅとため息をつくと、そのまま騒ぐ二人を無視してリアムに向き合う。
「リアム、レヴィに読み聞かせてくれたんですね。ありがとうございます。あと、あなたにはいつも難しいところばかり頼んですみません。ターオの領主は保守的な方で接しやすいとは思いますし、私もついていますので。」
「いえ、俺は最年長ですし、少しでもお役に立てれば光栄です。」
リアムは精悍な見た目に反して温厚で思慮深い。今年19歳で4人の中で唯一成人しており、大柄で迫力のある見た目から権力者にも軽んじられにくく、儀礼的な対応はどうしてもリアムに集中している。
「デナーリスもいつもありがとうございます。」
「いいえ、ウェイロン様。わたし結構楽しんでますから。」
「君は見た目だけではなく心も美しいね。さすが花の乙女だ。」
「まぁ!ウェイロン様ってほんとお上手なんだからぁ。」
スーパーイケメンに煽てられてデナーリスの目にハートが浮かぶ。
紅一点のデナーリスは可愛らしい容姿もあいまって民衆から圧倒的な人気がある。ウンディーネの可憐な花、または花の乙女と呼ばれ、4人の中で最も知名度が高い。彼女が各地でミサに参加すれば信者であふれかえり、市中では絵姿が飛ぶように売れている。
一方、デナーリスの双子の兄であるロイは、少し後ろで斜に構えて物事を見ているような性格で、デナーリスやリアムほど真面目ではない。それでも言われたことはほどほどにこなす器用さがある。
ひどいのはレヴィだ。
人見知りで社会活動をたびたび拒否する。人とコミュニケーションを取ることも、体を動かすことも苦手で馬車か宿舎の部屋にすぐ引きこもってしまううえに、仮病を装うこともあるが、時々ほんとうに体調を崩す。ちなみに仮病の時は、だいたいロイに見破られている。
ウェイロンは毎回律儀にレヴィの心配をしている。ハイエルフのウェイロンにとって人間という種族は体調を崩しやすい。特にレヴィは頭が痛いとかお腹が痛いとかすぐに不調を訴えてくるので心配がつきない相手だ。
「さて、それでは出発しましょうか。」
4人は地方神殿の一室で朝のミサに参加した後、小休止がてら打ち合わせをしていた。道中で騒ぎにならないように小さな村では大神官ウェイロンの巡礼という形をとり、4人はその付き人という体で過ごす。大神官ほどの高官なので当然付き人も護衛も多い。大人数の移動もこれでかなり誤魔化せている。
小さな村ではそれでもかなり目立つのだが、信心深い者が多い神皇国では大神官相手に不敬を働くものはいない。御一行が通れば、人々は邪魔にならないようにそっと道の端で祈りをささげる。しかし、民衆に人気のあるデナーリスが同行していると知られれば、村人だけではなく近隣からも人が押し寄せ移動もままならないだろう。
そのため今や世界一有名な4人組の移動は秘匿されながらも計画的に進められている。この村の小さな神殿にはお礼代わりに4人の署名とレヴィのポプリが納められた。