精霊取りをしよう
その夜、夕食後レヴィは早々に部屋に戻り一人作業をしていた。考えるのは先ほどの神官さまのことだ。
レヴィはあんなに泣いているおじさんを初めて見た。村の大人の男たちも誰かが亡くなった時は泣いていたけど、それ以外で泣くことはなかった。だからとてもビックリした。
あの神官さまはとても精霊を見たがっている。みんなが精霊を見たがっているのは知っていたけど、まさかあんなに泣くほど見たい人がいるなんて知らなかった。
ウェイロンさまは以前、精霊の見える見えないは個人差があり、一般の人で見える人は少ないと教えてくれた。特別な訓練をする神官さまは一般の人よりは見える人が多いが、それでも見えない人も沢山いる。
『得意不得意と同じです。レヴィは花冠を作るのがとても上手ですが、デナーリスみたいに苦手な人もいる。でも苦手な人もずっと練習を続ければいつか上手くなる。それと同じことですよ。』
ウェイロンさまはデナーリスが不器用なことに気づいていた。その時、レヴィはこっそりデナーリスは絶対練習しないと思ったし、デナーリスの不器用は一生治らないと思った。だって周りが全部やってくれるのだ、デナーリスは得意な魔法ばっかり練習している。
でも、それは自分も同じだ。得意な花輪やポプリばかり作っている。苦手な剣は周りの大人やリアムたちがやってくれるし、魔法はデナーリスが見せてくれる。
掃除や料理や裁縫もむかしは沢山やっていたけど、今はやらなくてよくなった。最初はあまり好きじゃなかったから大変だった。でもやり続けるしかなかったから上手になったのだ。
だから、あの神官さまは昔の自分だ。これから苦手なことを練習しなければならない。それは大変なことだ。でも、あの神官さまは自分と違って自然と上手にはならない。
だって、精霊はめったに姿を現さないのだから。
「出来た!」
レヴィは出来たばかりの新作を胸に抱えるとローブを羽織った。早速に使ってみたいが、夜に一人で外に出るのは怖い。でも、上手くいくか分からないのでなるべく人に見られたくない。護衛騎士に変な目で見られながら付いてこられるのも嫌だ。
レヴィは枕を持つとそっと扉を開けた。
「どうされましたか?」
当然、護衛騎士が聞いてくる。
「お、お化けが怖くなったのでロイの所で寝ます!」
言った!言ったぞ!妙にドヤ顔で言い切ったレヴィであった。
しかし、さすがに無理があったかと不安になったが、護衛騎士は「ああ、なるほど。」と簡単に納得してロイの部屋まで案内してくれた。ちょっと解せないレヴィである。
コンコンとノックして中から許可をもらうとレヴィはロイの部屋の中に入った。枕を持ったレヴィにロイがゲッという顔をする。
「なんだよ、またお化けか?」
「違う、ちょっと俺に付き合ってよ。」
「はぁ?」
ロイがベッドから身をおこす。レヴィは枕をおくと懐からさっき作ったばかりのものをロイに見せた。
「何ソレ?」
「花カゴ!」
レヴィは自信満々に言った。花の装飾は少なめにして、しなりのよい木の枝や茎を使って球体にしている。虫かごならぬ花かごだ。といってもかなり粗いつくりで隙間が多い。
「精霊を捕まえて、この中に入れたい。」
「はぁぁ?」
「今からこっそり中庭に行って、精霊を捕まえよう。」
「明日で良くね?」
「はぐれは夜に出るものなの。うまくいくか分からないから内緒でコッソリ行こう!ロイ連れてってよ。」
「ふーん、それって護衛騎士をまくってこと?」
「うん。」
「いいぜ。面白そうじゃん。」
ロイはベッドから起き上がるとニヤリと笑った。
「やった!」
*******
ロイはすぐに服を着替えると部屋の窓に向かう。ここは来賓棟の3階だ。部屋の前に警備はいるが、そもそも神殿内のため念のためといった程度だ。
窓を静かに開け、周囲の様子を見るとバルコニーに出てレヴィを呼ぶ。
そしてロイの十八番でもある魔道具のロープを取り出すと欄干に投げて巻き付ける。ウェイト代わりの小さな魔石がついている。その魔石の作用で絡んだロープ同士が溶け合うかのように混じり合い結び目のない輪に変わる。
「一応、リアムも呼ぶからここで待ってろ。」
そういうと軽々と隣の部屋のテラスに飛び移った。外からなるべく音を出さずにリアムの窓を叩き、すぐに気づいたリアムが怪訝そうに窓を開けた。ロイは遠慮なく室内に入ると端的に伝える。
「どうした?」
「説明は後でするから、ちょっと手伝えよ。今からこっそり中庭に行く。」
「はぁ?」
「レヴィを連れて降りるのはいいけど、持って帰るのはさすがにキツイんだよな。ということで付いて来いよ。下で待ってるから。」
「おいっ。」
リアムの返事を待たずにロイはさっさと踵を返して出て行く。リアムが溜息まじりにテラスに出ると、ロイは早速にレヴィを背負って1階にするすると降りていってしまう。
一瞬無視しようかと考えたリアムだが、仕方なくロイの部屋のテラスにうつった。レヴィの安全性を考えて一応ロープを使っただけまともな判断だ。そう自分に言い聞かせてすぐにリアムもロープで下降した。
魔道具のロープはロイが端を引っ張ると欄干から外れ、しゅるしゅると手元に戻り、あっという間に短い紐に変わるとロイの左手首に納まった。そうなると飾り石のついた紐のブレスレットにしか見えない。
「俺もそれ欲しい。」
「お前じゃ使いこなせねーだろ。」
「えー、でもカッコイイ。」
カッコイイと弟分に言われて得意げなロイではあるが、この魔道具はラリーが開発したロイ専用の特注品だ。人の身ならざる俊敏さを兼ね備えたロイだからこそ使いこなせる。
「俺だから使えるんだよ。」
「ちょっとだけ貸して。」
「はぁ?ダメに決まってんだろ。」
「おい、それで、何が始まるんだ?」
突如巻き込まれたリアムが額を抑えながらため息まじりにレヴィとロイの会話を遮った。ちなみに一応3人とも小声で話している。
「虫取り、じゃなかった精霊取り。」




