明暗
この10分の間に後方では神官たちの能力が測られていた。
精霊を見ることができるかできないか、またどの程度それを目で追えるかなど、高位の神官が次次と駆り出された若手をテストをしていく。ぶっつけ本番のテストに歓喜と嘆きが入り乱れる。
「見えた!見えたぞぉおおお!」
「どこだ??一体どんな風に見えてるんだよ、コノヤロー!」
見えた神官たちは泣いて喜んでいる。見えなかった神官たちも泣いている。
500年ぶりに人界に出現しはじめた精霊だ。神殿に仕える以上誰だって目にしたい。休み返上で見に来ていた中級神官も喜ぶ者、青ざめる者様々だ。
護衛騎士でも見える見えないに差はあるが、誰しもが総毛だつような精霊の気配は感じとってザワついている。精霊の召喚を見た者は、精霊の庇護者へ畏敬の念を抱き、忠誠と守護を改めて誓うのである。
しかし、精霊召喚を至近距離で見てしまうと、精霊が高尚な存在からデナーリスに熱狂する民衆と同じような存在に感じられてスンとしてしまうものだ。イーサンとエイダンはすでに何度か精霊召喚の儀式を見てきたが、見るたびにレヴィの下手くそさと精霊のちょろさにどんどんありがたさが低下していた。
人員を制限するのは神殿の権威も大事にするウェイロンのリスク管理の一環であった。おかげでレヴィの精霊召喚は今のところ神聖な儀式という面目を保っている。
とはいえ初期の頃から比べるとレヴィは徐々に進歩している。
「レヴィ、前回よりも良かったです。」
馬車に乗車するとウェイロンはレヴィの手を取った。
「えっ、そうですか?」
レヴィはおどおどと答えるが内心は嬉しくて照れていることをウェイロンはこれまでの付き合いの中で分かっている。
「特に後半は見違えるほどでした!素晴らしいです!」
「そ、そう見えましたか?」
「はい、なのでもっと自信をもってくれて大丈夫ですよ。まぁレヴィは優秀ですから、さほど心配していませんけどね。さすがは人類の輝く宝石です。」
自分の方がよっぽど輝いてる顔でウェイロンはレヴィを褒めたたえた。
「レヴィはやればできる子だから!今日もすごかったよ!」
「そうそうさすがYDK!!すごい良かった!」
イーサンとエイダンもウェイロンに合わせてレヴィを持ちあげる。
「俺ってYDK・・。」
取扱説明書には精霊召喚後は褒めそやせと書かれている。イーサンとエイダンはマニュアルに忠実だった。
しばしご機嫌なままレヴィは馬車でしばらく揺られた後、ふいにエイダンをじっと見上げた。レヴィの向かい側に座っていたエイダンとイーサンは当然その目線に気づく。
「・・・?」
エイダンが不思議そうな顔をしたところで、レヴィはウェイロンの袖をツンツンと引っ張った。
「あの、ウェイロンさま・・。」
「なんですか?」
「俺、お腹がすきました。お肉がいっぱい食べたいです。」
「ああ、そう言えばもうすぐお昼ですね。今日のお昼にはステーキをいっぱい注文しましょう。」
「はい、ありがとうございます。」
エイダンが喜色満面の笑みを浮かべた。ここにきてレヴィはエイダンから肉を食べたいとウェイロンに言えというリクエストに応えたのであった。
―ほぅ、なるほど
イーサンは足を組み替えると目を細めた。先ほどのレヴィの態度。まずエイダンに目線で確実にアピールしてから注意をひき、精霊召喚成功後の絶好のタイミングでウェイロンの袖を可愛らしくひっぱり、ちょっと甘えた態度で自分の要望をストレートに伝えた。
思えば幼馴染3人に対する態度はかなりひどい。とても15歳の男子とは思えない甘えぶりとへたれぶりだ。それを恥ずかし気もなく思うがままにふるまえる素質。イーサンはレヴィの今後に不安を感じていたが考えを改めることにした。これくらいのあざとさと図々しさが精霊の関心を引き寄せるには必要なのではないだろうか。
ウェイロンはこの資質に気づいていたからこそマニュアルに『絶対応援!絶対擁護!彼は人類の輝く宝石!原石は磨いてこそ輝きを増す!未来の輝く星、最初は下手くそ⁉でもいつか必ずその花を咲かす!明け方にこそ明るく輝く星がある!守りたまえ、幸いたまえ!』と記したのかもしれない。
イーサンは初めてウェイロンのフィロソフィーに共感した。そしてレヴィのモチベーションを維持しエンゲージメントを高めるエンガレッジ教育に、自らもコミットしようと横文字で誓うのであった。
その後、一向は昼食でステーキを食した後、さらに2ケ所で精霊召喚をおこなった。案内役(という名の能力試験に駆り出された若手)は入れ替わり、神官の歓声と嘆きが繰り返された。




