あれが精霊?
歓迎式典後の晩餐に精霊の庇護者たちは参加しない。
レヴィを体よく体が弱いことにしたり日中の疲れなど適当な理由を付け、どの町でも別席で食事をすることにしており、その夜は期待通り肉を食べて早々に就寝することになった。
ターオの神殿はそれになりに大きく来賓用の宿泊室は個室である。精霊の庇護者の部屋の前には神殿の護衛騎士が交代で立つ。
1人で寝られないと言い出さないか危惧されていたレヴィだったが、静かに自分に割りあてられた部屋に入った。
ベッドに横たわったレヴィの脳裏では、髪を振り乱して踊るお化けの演目がリピートされている。
―あれが精霊??
その夜、レヴィは夢を見た。
夢の中でミミズのウンディーネが出てきて、その隣に目の落ちくぼんだ黒髪お化けがいる。黒髪お化けはちょっとモジモジしていて不気味だったが、ミミズがいるので昼間ほど怖くない。レヴィはミミズを盾にしながらお化けをちょっとだけ観察した。
まずお化けの髪の毛がボサボサすぎて怖い。そして輪郭のハッキリしていないボヤけた顔。目らしき落ちくぼんだ影の中に見えるのは暗闇だ。全身もどこかぼんやりしている。
夢の中でレヴィの髪はリアムに花を挿された状態だった。髪から花を一輪抜き取ると、ミミズに渡して黒髪お化けの髪にさしてもらう。黒髪に真っ赤な花が挿され不気味さに拍車がかかる。レヴィが死んだ魚の目をしたところで、黒髪お化けがニタァっと笑った。
「‥‥!」
レヴィは寝起きとは思えない俊敏さで身体をおこした。
そしてパジャマの上にばっと白いローブを羽織り道具箱を持つと、バンッと勢いよく部屋の扉を開ける。
現在夜明け前の4時だ。
完全に油断していた護衛騎士がびくぅぅと体を震わせる。
目を座らせたままレヴィは護衛騎士を気にすることなく走り出した。
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一方、護衛騎士は精霊の庇護者様が早朝に突然走り出したので慌てて後に続く。追いかける横すがら仲間に追加の人員を呼び寄せるよう手で合図した。
万が一外に出た場合はどうしようかと心配していた護衛騎士であったが、たどり着いた先は主神殿であった。
早朝にも関わらず主神殿には朝の礼拝の準備を進めている数名の神官がいる。
突然の乱入者に神官たちが目を白黒させる。しかし、乱入者の腰下まで広がった神々しいプラチナブロンドとエメラルドグリーンに青水晶の瞳を見て察すると、腰を落として来訪者を出迎える。
精霊の庇護者は神官たちには目もくれず無言のまま祭壇前まで進んで女神像を見上げた。
その瞬間、明らかに空気が変わった。
神官の一人は咄嗟に手を床につき胸を抑える。前かがみになる者もいる。護衛騎士も歯をくいしばって、腰の剣に手を伸ばす。
しかし、暴力的な異変は一瞬で終わり、祭壇前の精霊の庇護者は平然と立ったまま「赤は絶対ダメ。」とブツブツ呟いている。それから無遠慮に祭壇の花をむしり取ると舞台の床に座り込み道具箱を開いて花冠づくりを始めだした。
その奇行に護衛騎士と神官たちはさらに目を白黒させる。とはいえ、精霊の庇護者の行動を咎めることもできず、神官たちは困ったようにお互い顔を見合わせ頷くと、なるべく邪魔をしないよう近くに控えることにした。応援の護衛騎士は状況を確認すると、さっと身を翻して報告へと駆けていく。
レヴィはそんな周りの様子に一切の関心を示さず、凄まじい速度で花冠を編み込んでいく。いつもはぐるっと頭を回るだけの花冠だが、その部分が終わっても手を止めず輪の部分からタッセルのように長く花を連ねていく。白い花ばかり使うので神官が周りに白い花を追加していく。花だけは余るほど供えられているのでいくらでも後から追加されていく。
レヴィは白い花を乱暴な手つきで取ると次々とタッセル部分を増やしていき次第に長い飾りが花冠を覆っていく。
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薄暗かった神殿内に朝日が差し、女神像が白く輝きはじめた。
その祭壇前ではステンドグラスの光を浴びて複雑な色合いに輝くブロンドヘアを床に広げた少年が一心不乱に花冠を制作している。少し後ろで居合わせた神官たちが花を補充したり、使われなかった花や茎を回収しながら静かに手伝い続ける。
いつからかウェイロンとメイソン、ナバイアの姉であるエマと、ドラクンゴから派遣されているイーサンも静かに見守っていた。
時間にしていかほどか。ブツブツ呟きながら手を動かし続けていたレヴィがようやく手をとめる。
花冠を確かめるように掲ると、白い花だけの美しい花冠のタッセルがふわりと広がる。
「出きた。」
静かな神殿内にレヴィの声が響き、神官やウェイロンたちがほっとしたように息を吐く。
糸が切れたようにレヴィはばたっと仰向けに寝転がった。そして花冠を胸に抱き、そのままスゥッと目を閉じた。花だらけの祭壇で花冠を抱いて眠りにつく少年の神々しさに、神殿内がシンと静まり返る。
「もうこのまま朝のミサ開いていいっすか?」
「いいわけないだろ。」
デリカシーのない神官の一言で神殿内に時間が戻る。
ウェイロンがレヴィにゆっくりと近づいて、さっと懐から何かをとりだした。
そして体に触れず上からレヴィに呼びかける。
「おはよう?」
眠りが浅かったのか、呼びかけられたレヴィがゆっくりと目をひらく。エメラルドグリーンの瞳が朝のやわらかい日差のもとキラキラと輝いた。
「・・・おはようございます。」
条件反射のようにそれだけ返すとすぐに瞳を閉じてまたスヤっと眠ってしまう。ウェイロンがガッツポーズをしているなか、メイソンによってレヴィは回収され、主神殿は大急ぎで片づけられた。
朝からなんだか良い物を見た神官たちは猛烈と動き回り、ミサになんとか間に合わせ、花冠はそのまま祭壇に捧げられた後にレヴィに返却された。
一方、レヴィは再び夢を見ていた。
泉のほとりでミミズのウンディーネがレヴィの横で花輪づくりを見守っている。白い花ばかりの花輪が完成し、レヴィはミミズに出来たと自慢する。ミミズがぷるぷると体を震わせ喜ぶと、どこからともなく黒いお化けがやってきた。
レヴィはミミズを盾にしてから白い花輪を差し出した。
「黒髪お化けにあげる。」
髪を振り乱して手を伸ばしてきたのでレヴィは投げるように花輪を渡すと、ミミズにぎゅっと抱き着いた。
お化けが花輪をかぶる。
黒いボサボサの髪が白い花輪の飾りで覆われ黒髪お化けは白い花かんむりお化けになった。落ちくぼんだ目がニタァっと嬉し気に細められる。
やっぱり不気味だった。
―なんか思ったのと違う
レヴィはそこで夢から覚めた。




