ミミズのウンディーネ様から全ては始まった
ギャグ路線ほのぼのストーリーです。
4人の子供たちが湖畔で遊んでいる。
「赤いお花ないかな・・。」
「黄色いお花ならあるよ。」
年少の男の子レヴィがキョロキョロとあたりを見回す。
紅一点のデナーリスが花輪と作りたいと言い出し湖畔に来たものの、少し年上のリアムとロイはとっくに飽きて今は木登りに夢中だ。
「あそこ!」
赤い花を見つけたレヴィが花輪を手にしたまま走り出す。
デナーリスはちらっとレヴィを見ると、すぐに自分の花輪に視線を戻した。村の子供たちにとって、この湖畔は定番の遊び場だが、この時は不思議なことに4人しかいなかった。
レヴィが途中でどさっと転ぶ。両手が塞がったまま走ったものだから、バランスを崩して顔から倒れ込む。転んだ拍子に花輪が飛んだ。
「あっ!」
ポチャンと音をたてて花輪は湖に落ちた。レヴィはすぐに立ち上がると、頬の痛みを忘れて湖の岸から短い手を一生懸命伸ばす。
「んー!とどかない!」
“見た目より深いので湖には入っていけない”村の子供は大人たちからそう言い聞かせられている。レヴィも幼いながら言いつけを守って、なんとか岸から花輪を回収しようと一生懸命手を伸ばすが、届きそうにない。
「どうしよ。」
手を戻して後ろを振り返る。デナーリスはこちらを見ていないし、リアムとロイは姿が見えない。でも、リアムなら手を伸ばせば届くかもしれない。
花輪との距離をもう一度確認するため、レヴィは湖に視線を戻した。
「え?」
花輪がなくなっている。
「お母さんにあげる花輪なくなっちゃったー!」
周囲をキョロキョロと見回しても見当たらない。
「どこー??」
湖を覗き込むと、いつもなら透き通っている湖面が今日に限ってはよく見えない。さらに顔を近づけると、薄い膜のようなものが湖面全体を覆っていることにレヴィは気づいた。
普段とは違う様子に水面から顔を離す。しかし、それを追いかけるように膜が渦巻いて、勢いよくせり出してくる。
「!」
まるでミミズのような形だ。唖然とするレヴィが膜を見上げると、中心部に花輪が見えた。
「あー!!!」
6歳のレヴィには不可思議な現象よりも、花輪が見つかったことの方が目について大きな声を出す。その声はデナーリスと樹上のリアムとロイにも届くほど湖畔に響いた。
「それぼくの!」
レヴィは花輪に向けて手を伸ばすが、当然ながら膜には届かない。すると、ミミズのような塊から腕が生えて花輪がすっとレヴィに差し出される。
その瞬間、後ろでデナーリスが悲鳴があげた。それにビックリしてレヴィが振り返ると、デナーリスが立ち上がってこっちを指さしている。そしてほぼ同時に木の上からロイが飛び降りてきた。
「レヴィ!」
一瞬固まったロイだが、すぐにレヴィの方へと駆け寄ってくる。少し遅れてリアムも木から降りてきて同じくレヴィの方に走ってくる。
「こっち来い!」
足の速いロイがすぐに岸まで来てレヴィの腕を引いた。それに引っ張られて、ずさっと転ぶ。
「おまえ、ほんと鈍くさい!!」
ロイがそのまま無理やり引きずろうとしたところで追いついたリアムがレヴィをさっと抱き上げた。そのまま再び走り出そうとするが、レヴィは嫌がって思いっきりのけぞる。
「ちょっ!と!レヴィ!」
体制を崩したリアムが慌ててレヴィをおろす。
「返してもうのー!!」
「やめろ!」
「ダメだって!」
レヴィは二人の制止を振り切って再び膜の塊に向き合った。
「それぼくの!」
レヴィがビシッと花輪を指さす。
青い膜の塊は再び膜の一部を伸ばし花輪をレヴィに差し出した。
「ありがとう!」
レヴィは受け取ると、青い膜の塊ににっこりと笑顔を浮かべてお礼を言った。
青い膜がぶるぶると震える。
レヴィは怖がりもせず、あまつさえニコニコと話しかける。
「レヴィね、赤いお花もさすんだよ。」
すると青い腕がまた伸びてきて今度は赤い花が差し出される。レヴィはそれを受けとるとキャッキャッと子供らしい歓声を上げた。
「マジかよ。」
後ろでロイがぼそりとつぶやく。
リアムが再び近づいてレヴィをそっと抱き上げた。今度は暴れることなく腕の中で赤い花をリアムに見せようとする。
「みてみて、赤いお花くれたよ。」
「‥逃げよう。」
リアムは距離を取ろうと一歩後ずさる。しかし、青い膜の塊をまったく怖がらないレヴィはいやいやと首を振る。
「おれい言うの!」
そして満面の笑みを青い塊に向ける。
「ウンディーネさま!ありがとう!」
この湖にはウンディーネという優しい精霊が住んでいる。レヴィは村の大人たちからそう聞いていた。単純に青い膜が優しくしてくれたから、この膜はきっと精霊で名前はウンディーネだと考えたのだ。世界中にウンディーネの湖と呼ばれる所があり、最後に姿を現したのは500年以上前だということも知らずに。
青い膜はぶるっと震えるとぶくぶくと膨張していく。そして、今度は女性のようなシルエットに姿を変えていく。
「ワー、綺麗!」
つい先ほど悲鳴をあげたデナーリスが今度は歓声を上げる。いつの間にか近くに来てロイの手を握っている。
「えっ、ウンディーネさまなのこれ?」
「精霊ってほんとにいるんだな・・。」
ロイとリアムも毒気を抜かれ、レヴィがウンディーネと呼んだ青い膜の何かを見上げている。
一方、レヴィは青い膜の変化よりも花輪に赤い花をさすことに気を取られていた。花輪は当然ながらびっちょりと水に濡れいている。ところどころ花も潰れていて、綺麗とは言い難い。母親に渡す予定だったが作り直した方が良さそうな状態である。
―これもういらないかも
顔を上げたレヴィは目の前の女性型に変わった膜に花輪をすった差し出した。
「ウンディーネさまにあげるね。んん?女の人だったの?ぼく、ミミズみたいなのも可愛いって思ったよ。」
青い膜がぶるっと震えると、女性のようになった腕が花輪を受け取る。シルエットなので分かりづらいが喜んでいるように見えた。
「あれ、レヴィ怪我してるよ。血出てる。」
デナーリスが頬の傷に気づきハンカチを充てがう。その間も青い膜はぶるぶると嬉しそうに震えている。
「お母さんに渡さなくていいの?」
「うん、ウンディーネさま、優しくて好きだからあげる。」
その日、4人の子供たちは500年姿を現すことのなかった精霊から祝福を得た。本人と周囲の者たちが祝福に気づくのはそれから6年後のことである。