JSとラジオと猫
小学3年生の瑛里花は、祖父からもらったきれいな緑色の小さなラジオを大切にしていた。
祖父はそのラジオを瑛里花に渡した翌日、家を外出したまま戻ってこなくなってしまった。それから2ヶ月以上が経つが、祖父はいまだに発見されていない。
祖父は以前、瑛里花に自身がUFOに拉致された経験があることを何度か語ったことがあった。異星人によって頭部や手に何かを埋め込まれたと言って、その証拠という傷跡を見せてくれたりもした。
瑛里花はその話を冗談だと思って信じていなかった。
祖父は瑛里花にラジオを渡すとき、必ず毎日電源を入れて聴くようにと忠告した。
瑛里花は祖父に言われた通り、毎日寝る前にベッドの中でそのラジオを聴くようにしていた。
そのラジオは少し不思議なラジオで、音楽が流れてくることはなく、いつも人の声だけが流れてきた。チャンネルを変えても聞こえてくる声はいつも同じだった。
やや甲高い男性なのか女性なのかもわからない声で、言語は日本語ではなく、たぶん外国語だった。何かの物語を朗読しているようでもあり、長い祈りの言葉のようでもあった。
ときどき日本語っぽい単語も混じっていたように思うが、うまく聞き取れなかった。
瑛里花の愛猫ルビーは、気づくとなぜだかそのラジオを見つめていることが多かった。
小さな虫でもとまっているのかと思ったが、そういうわけでもなく、ただじっとラジオを凝視していることが何度もあった。
そのラジオがさらに不思議だったのは、電源を切っていてもときどき小さな声が聞こえてくることだった。
最初期は「コン」という咳のような声がごくたまに聞こえるだけだったが、それが10日ほど経つと比較的ハッキリとしたつぶやきのように聞こえてきた。つぶやき声は意味不明な言葉であることが多かったが数字のように聞こえることもあった。
瑛里花は最初その現象がラジオの不調なのかと思っていたが、声がハッキリと聞こえるようになってくると、さすがに機器の不調とかそういうものではないと感じるようになった。
気味悪く思いはじめ、いつしか瑛里花はラジオの電源を入れなくなった。電源を入れない日が続くにつれて、つぶやき声は聞こえなくなっていった。
ラジオは瑛里花の学習机の上の棚に置かれたまま、その後何週間も放置されることになった。
やがて瑛里花はそのラジオの存在そのものを忘れてしまっていた。
ある日、瑛里花が学習机に向かって宿題をしていると、ラジオが突然に小さく弱々しい声で「……六十……五十五……五十……」と数字を等間隔に数えあげはじめた。
それを聞いた愛猫ルビーが机の上に乗り、ラジオに向かって「シャーッ!」と威嚇した。さらには何発かの鋭い猫パンチを繰り出した。
「ルビー、それに触っちゃダメっ!」
と瑛里花がルビーに注意したが、ルビーはより興奮してラジオを学習机の上から叩き落としてしまった。
ラジオは柱にぶつかり、さらに床に衝突して、外装の一部が割れてしまった。
「もうッ、壊れちゃったじゃないの!」
瑛里花は怒ってルビーを追い払った。
壊れてしまったラジオはそれでもなお「……二十五……二十……十五……」と瀕死の声で数字を数えつづけていた。
瑛里花がラジオをよく見てみると、ぱっくりと開いた外装の割れ目から乳白色の液体が滲み出てきていることに気づいた。同時に何かが腐敗したような強烈な悪臭がした。
瑛里花はおそろおそるラジオを鉛筆の先端で触った。すると、その拍子に外装がボロッと外れて、ラジオの内部があらわになった。
ラジオの内部には、全裸の小人の死体が収まっていた。皮膚は焼け爛れたように赤黒く無数の水脹れができており、鼻と口から膿のような乳白色の液体が流れ出ていた。
小人の顔が不意に瑛里花のほうを向き「……零」とつぶやいた。
小人の顔は祖父に酷似していた。
その瞬間、窓の向こうで強烈な光が放たれ、それに少し遅れて耳をつんざくような轟音と猛烈な震動が襲いかかってきた。窓ガラスは一瞬で粉々に割れ、壁や柱もバラバラになった。
瑛里花はラジオを拾うためにしゃがんだことで、爆発の閃光とガラスの直撃を免れた。
その日始まった第三次世界大戦では、大国によって使用された核兵器で全人口の89%が死亡したと言われている。
瑛里花と小人がその後どうなったのかを知る者は誰もいない。






