第8話 爺さん戦う
作戦はシンプルだ。
俺が陽動しルーシーが殲滅する。
それだけ。
そう、殲滅だ。1人残らず、建物も残さず、更地にする。
レオが宣言した「消します。」とは文字通りそう言う事だ。
俺は屋敷を囲む高い塀に飛び乗った。
前世の自分じゃ絶対無理、レオのヤツ俺の体をどういじったんだか。
手榴弾をルーシーが侵入するルートと対角の場所に放り込む。
ドドーンという爆音と共に、屋敷から男達が飛び出してくる。
「来たぞ!」「返り討ちだ!」「攻撃魔法か!」
男達は音のした方にかけて行く。
屋敷の屋根にも2人、男が音の方に矢を構えている。
俺はもう2個ほど手榴弾を放り込むと屋敷の屋根の上に立つ男に向けて、ライフルを構え、引き金を引く。
手榴弾の爆発音にかき消されて男が倒れていく。庭に飛び出した男達は気付いていない。
その間を着いて、空から大きな影が屋敷の前に舞い降りた。
灰色の恐竜の様な体に大きな羽を背中から生やす、前世では見た事もない存在。
ドラゴンだ。
いったい、何人の男がその存在に気付いただろうか。
ドラゴンは身体を発光させると、口から火を噴いた。
体を発光させたタイミングで俺は塀から飛び降り、屋敷のある通りから離れる。
ここまでで3分。
ドラゴンは勿論、あのメイドのルーシーだ。
トカゲの亜人と思っていたルーシーは、本当はドラゴニュートという龍を祖先にもつ種族だった。
その中でもルーシーは種族のなかでも100万人に1人いるかどうかの龍化できるドラゴニュートだった。
それを孤児院を出る直前に聞い時はレオが言った「ルーシー1人」に心底納得したよ。
つーか、先に言えよ、マジ俺いらないわと思ったわ。
で、俺が最後のピースだって言うのは、レオが敵討ちをする噂がたちあの屋敷の警備がかなり固くなったらしい。
レオ達が気にしていたのは、イシーヌ商会が手を染めてた奴隷売買の犠牲になっている亜人達があの屋敷に居るかどうかだった。
やはり関係のない人を巻き込むのを躊躇していたらしい。
孤児院の調査部隊(やっぱりあるじゃん、影の軍団的なやつ!)も奴隷の存在については確証が得られなかったようだ。
そこに俺がボボルに殴られた話がすぐに屋敷まで届き、一旦警備が緩くなり屋敷に亜人が事前に別の場所に移されていた事がはっきりしたらしい。
影の軍団どれだけ優秀なんだか。
なのでルーシーも思い切ってブレスで屋敷ごとイシーヌ商会を消せるようになったのだ。
ドラゴンが吐き出す炎は屋敷の塀の中で渦をまき全てのものを焼き尽くしていた。
塀から離れても、かなりの熱量を感じる。
炎は赤い光を放ち続けていたが、やがて光はおさまり、ドラゴンは静かに空に帰って行った。
ドラゴンは羽ばたいて飛ぶのではなく、フワッと浮いて信じられないスピードで空に消えて行った。
瞬間こちらを向いた気がしたが、気のせいかもしれない。
ルーシーもこれで、新しい龍生?を踏み出せるだろう。
あの綺麗な声がもう聞けないと思うと、寂しい気がする。
さて、ボボルでも探しに行くか。
なんて、感慨に耽っていたら、後ろから肩を叩かれた。
振り向くとそこに裸のルーシーがいた。
いや、ルーシーだよね?
なんか見た目がかなり人間に近づいてない。
というか、全裸だからまだ鱗の部分が残っているけど…だって髪の毛あったっけ?
ほら、人間でもちょっと爬虫類ぽいエキゾチックな人いるじゃない。
「あのー、 クロスさん、ロングコートを貸していただけますか?」
「お、おう。」
「てっきり、あのまま何処かに行くのかと思ってたよ。」
俺は鞄からコートを出しルーシーの肩にかけてあげながら言った。
ルーシーはキョトンした顔をして
「え、なんでですか?私の帰る場所はあの孤児院ですよ。」
まあ、またこの綺麗な声が聞けて正直嬉しい。
「で、ルーシー。だいぶ印象が変わったようだが。」
俺は思い切って聞いてみた。
「あ、これですか?今回の戦闘で人化の段階が進んだようですね。」
人化の段階?レベルが上がったって事か。
まあ、考えても仕方がない。
「じゃ、帰ろうか。」
「はいっ。」
清々しくいい声だ。
俺とルーシーは孤児院に向けてあるきだした。
戦いの時間はこうして終わった。
なんか忘れている気がしたが、お爺さんだから物忘れは仕方がない。
翌日、街ではドラゴンの目撃情報と、突如屋敷ごと消失したイシーヌ商会の話題で持ちきりだったが、ドラゴンが飛び去った後イシーヌ商会の裏のあたりで、ちょっと焦げたボボルが見つかったと言う風の噂も聞こえて来た。
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孤児院の事務室。
「レオ!やっぱりあるんじゃないか!影の軍団。」
ルーシーと孤児院に戻った俺は、レオに詰め寄る。
「やあ、あんまりあれこれ言っちゃうと、クロが混乱すると思ってさぁ。」
レオがいいわけを言う。
そこに執務室の扉が開いてメイド長らしき女性とルーシーが入ってきた。
二人はレオに一礼すると、こちらを向いて礼をする。
「クロス様、この度はうちのルーシーを無事送り届けて頂き誠にありがとうございます。メイド一同御礼を申し上げます。」
こういうのは慣れてない。
「いえいえ、同じ主人に仕える者として当然の事をしたまでです。」
「つきましては、ルーシーをクロス様直属のメイドとさせて頂きたく。勿論レオ様の了承も頂いております。」
メイド長が有無を言わせない威圧感を纏わせて俺に言う。
あー、これ完全にメイド長が影の軍団の頭領的な人だな。
俺は、メイド長の顔をじっとみる。
歳はアラフォーくらい、顔は人間の女性だがどこかで見た気がする。
「えーと、すいませんお名前が…。」
「あら、自己紹介がまだでしたね、わたくしメイド長をしております。ボボネと申します。この度はうちの愚弟が危うく邪魔をしそうになったところを、クロス様の機転で助けて頂いたそうで。」
「え?あ?ボボル様のお姉様ですか、ではボボス様は。」
「父ですわ。ボボルとは異母姉弟です。ただ、あまりお気にせずに。」
「はあ。」
なにか事情があるのかもしれない。
ここは軽くスルーしておこう。
それにしても虎感があまりない人だ、ただどことなくだが、ボボスに通じる迫力みたいな物は感じる。
「というわけで、クロス様はこの街の事をあまりご存じでは無いようなので、今からみっちり勉強して頂きます。」
「は、はい、よろしくお願いします。」
あ、これ絶対逆らっちゃダメなヤツ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ルーシーの綺麗な声だけが救いだ。
レオが笑いを堪えている。
俺はレオを思い切り睨む。
「さあ、そうと決まれば早速孤児院を案内しますわ。」
ルーシーにガッチリ腕をとられ俺は執務室から連れ出された。
俺の執務はまだ始まったばかりだ。