第6話 爺さん殴られる
どうして、こうなった?
俺は今、宙を舞っている。
何故か?
殴られたからだ。
話は遡る。俺はレオとボディガードの騎士ジェーンとメイドのリリーの四人で領主の屋敷に向かった。
屋敷に向かう馬車の中、やっぱりジェーンは俺を睨みつけていたよ、ブレないね。
メイドのリリーはエルフという種族で、耳が尖ってる以外は人間とかわらない。
あ、髪が濃い緑色だわ。
屋敷に着くと、領主のメイドに案内されて大広間に通された。
そこは待合室のようで、沢山の金持ち風の客が領主に面会を求めているようだ。
「クロス。」
レオが主人モードで俺に目配せする。
俺はさっき渡された「歯」を口に入れた。
「おー、レオ殿!久しいな。それで今日はオヤジの見舞いか。オヤジも楽しみにしているぞ。」
俺よりひと回りデカい虎の顔を持つ男が近づいてくる。
「ボボル様、お久しぶりでございます。今日はそれと新しい執事をご紹介に。」
「なに!」
ボボルは俺の顔見るや、いきなり顔を殴りつけ、続けてボディに一発パンチを打ち込んで来た。
それで俺は宙を舞っているわけだ。
こうなる事は予想できた、レオが渡して来た歯はある合図、
それは「徹底的にやられて見せろ。」
と言う意味。
前世?で相手に自分が弱いと思わせる必要がある場合に使っていた符丁。
顔を殴られるタイミングで、相手に手答えを感じさせつつ、顔を逸らしてダメージを受け流す。口の中が少し切れるぐらいが丁度いい。
次に腹への一発を受けつつ、自分で後ろに飛ぶ。
そして、倒れて咳き込んだところで、口の中の血と一緒にさっきの歯を吐き出すと、殴られてヘロヘロになってる可哀想な老人の出来上がりだ。
あたりが、ざわつき、殴ったボボルが逆に驚いている。
「お前、本物の人族か!レオよ早く言え!俺はてっきり…。」
「ボボル様、前任のジョシュアは確かにトカゲ族の戦士で、あなたのパンチも挨拶がわりに受け止めておりました。しかし、そのジョシュアも謎の死を遂げてしまいました。なので、ボディガードには騎士のジェーンを雇って、執事には経験豊富なクロスを雇う事にしたのです。本日はその挨拶も兼ねて参った次第です。」
俺は、よろよろと立ち上がる。
「ボボル様。お初にお目にかかります、クロスです。以後よろしくお願い申し上げます。」
わざとらしく、丁寧に頭を下げる。
待っている客たちが顔を顰めながらボボルを見ている。
「あー、悪かった!おい、誰かレオ殿を親父のところに案内しろ。それから、そこのジジイの手当てをしてやれ!」
「ボボル様、うちの執事の手当ては結構です。このくらい、ツバでもつけておけば大丈夫でしょう。では失礼します。」
レオのヤツ!ダメージは軽くしたけど、痛いものは痛いんだぞ!と心のなかで悪態をつき、なんとかレオの後ろに控える。
「クロ、ゴメン。こうでもしないと、領主に会うのに何日もかかってしまうんだよ。」
レオが振り返って耳元で囁く。
何故、愉快そうなのか、問い詰めたい。
「レオ様、説明は後でお聞きします。」
俺はわざと丁寧に返す。
ジェーンが何か言いたそうに睨んでくる。
いやいや、今回は流石に俺はなんも悪くないだろ。
「クロスさん、失礼します。」
いきなり、メイドのリリーが俺の腫れた頬に手を当てる。
「ん?」
ひんやりとした手から暖かい風の様な感覚が頬を包む。
「少しは楽になるかと。」
リリーは手を離す。
口の中の切れてた部分が痛く無くなっている。
「これは?」
「リリーはヒーラーなんだ、怪我や病気を癒す事が出来るのさ。」
レオは耳元で得意気にはなし。
「リリー、素晴らしい能力です。ありがとう。」
俺はレオを無視してリリーに礼を言った。
「いえ、こんなくらいしかできなくて。」
リリーは顔を赤らめ答える。
また、ジェーンが俺を睨みつける。
なんなんだよ、全く。
「こちらへ」
領主の屋敷のメイドが、隣の部屋に俺たちを案内する。
部屋には虎の顔をした男が眼鏡をかけてベッドに横になり本を読んでいた。
「これは、これはレオ殿、あの馬鹿息子が、またやらかしたそうだね。そちらが新しい執事さんか。悪気はなかったとは言え申しわけない。」
やはり、あの虎獣人は領主の息子だったらしい。
しかし、この領主、こんな使用人ごときに頭を下げるとは、なかなかの人格者だ。
「いえいえ、ボボル様より謝罪を頂いております。ボボス様が気にする事はありません。」
二重人格を疑うほど、レオの言葉が滑らかだ。
「それで、今日もそのメイドさんが治療をしに来てくれたのかい?」
ボボスは眼鏡を外し、目を細めながら言った。
「最初から治療など必要なかったじゃないですか、ボボス様。体調崩してボボル様に領主の座を譲るふりをして、部下や出入りの商人を選別されていたようで。」
「まあ、お主にはいろいろと相談に乗ってもらったからな。で、わかったのだな。前任の執事を殺めた奴が。」
そこには人格者の老獣人ではなく鋭い目をした現役バリバリの獣人がいた。
「はい。」
レオは答える。
「どいつだ。」
「それは、執事のクロスから。」
…はあ?俺?
俺、挨拶にきて殴られただけですけど。
「ほう。」
本性を出した虎ジジイの鋭い視線がレオから俺に移る。ロックオン状態だ。
仕方がないかぁ。
「不肖、クロスが僭越ながら説明させて頂きます。」
「ほう。」
虎ジジイが期待してるのはわかるが、なんでレオまでワクワクしてるんだ?
「今回の件ですが、原因の一端はボボス様アナタにもあるのです。」
俺は話始めた、実は「今回の件」が何の件かは知らん。
「ほう。」
虎ジジイの怖い目が更に威力をましている。
「貴方の行った選別で、急にボボル様に擦り寄って来た商人にとって、エルフの能力を使い治療をする我々は邪魔な存在な訳です。事実、今日も我々がこの部屋に通されるのを苦々しく見送る複数の集団がありました。」
「それで?それだと特定したとは言えないな。」
愉快そうに虎ジジイが突っ込む。
「そうですね。決定的だったのは、私がボボル様に殴られた時です。」
「アイツがお前を殴った?嘘だな。だとしたら生きてはおるまい。」
虎ジジイがまた突っ込んできた。
「ふんふん。」
ジェーンが睨みながら頷いている。
「リリー、私を殴ってみてくれませんか?」
「え?出来ません。」
まあ、いきなり言われたらそうだろう。
「あー、殴ったフリだけでいいから。」
「は、はい。」
リリーは小さな手で私を殴るフリをした。
「えい!」
リリーの手が私の顔の前で止まる瞬間、俺は一歩前に出てリリーの手を顔で受ける。
それをみた全員が「ぺしっ」っという音を想像しただろう。
しかし、俺はリリーの手の軌道上にそり後方ジャンプして何回か体を捻って床に転がる。
本日二回目の「殴られるフリ」だ。
公安時代に編み出したセコいわざで、逮捕状がない被疑者を引っ張る時に役立ったりする。
まさかレオが覚えていたとは。
「え?」
リリーが驚いている。そりゃそーだ、手を止めたのに相手が吹っ飛んだのだから。
「ほう。」
虎ジジイが納得したように呟く。
「まあ、こんな風に私が飛ばされた時、商人の中で1グループだけ、一瞬ニヤリとしたグループがあったのです。入り口付近にいた、髭のグループでした。」
「それだけで、そのグループが怪しいと言うのは無理がないか。」
虎ジジイの突っ込みは当然だ。
「ボボス様、悪人が笑う時はどんな時かわかりますか?」
「ん?金、殺し?まあ、目的を達した時かのう。」
「ボボス様とは無縁でございますが、悪人、特に悪事を働いた直後の悪人が笑う時は、安心した時でございます。彼らは常に猜疑心に苛まれております。あの場合、新しい執事の私が登場した事で、彼らの中に緊張感が生まれました。『自分達の悪事がバレたのではないか?』『復讐されるのではないか』と。」
「ふむ、それで。」
「しかし、次の瞬間ボボル様に吹き飛ばされた私を見て、彼らは『とんだ取り越し苦労だ。』とばかりに安心し、思わず口元が緩んだのです。普通なら驚き、緊張する場面です。」
「なるほど、多少強引ではあるが。良かろう。奴らはイシーヌ商会だ。今回のわしのニセ隠居で黒と判断した業者の中の一つじゃよ。」
虎ジジイが苦々しい顔で話す。
なんでも、このイシーヌ商会は泥棒から殺人、違法奴隷売買まで金になる事ならなんでもやる集団で今この領内でかなりの規模になっているという。
「で、どうするつもりじゃ、レオ殿。ワシが手を下す前に文句の一つでもいいに行くかね。」
虎ジジイがレオを挑発してる。
まあ、レオに挑発は効かないけどね。
そういうとこ鈍いから。
「実はその件で、本日お願いがあって参った次第であります。」
そうそう、全部任せてしまえ。
「なんだ?かしこまって。言ってみろ。」
虎ジジイが胡散くさそうに言う。
「イシーヌ商会への手出しを、今日一日待って頂きたく。彼らは我々が消します。」
「!?」
とんでもない事言い出したレオに、俺は体中の筋肉を駆使してどうにか表情を保っていた。