第5話 爺さんの朝
そもそも、執事の仕事など一切わからない。
多分、執事たる者、朝はビックリするほど早く起きる感じがしたので、日の出前に目を覚す。
目を覚ましたのは良いのだが。
ベッドの毛布が盛り上がっている。
そおっとめくると、少女が丸まって寝ていた。
頬をツンツンしてみた。
あー狸寝入りじゃなく、ガッツリ寝てるなー。
あれだ、俺のベッドに忍び込んで、驚かそうとしたが、俺が全然起きないから、自分も寝ちゃったパターンだな。
俺はベッドを抜けだし、顔を洗って、髭を整える。
少女がのそのそベッドから起きてきた。
金髪に縦巻き、フランス人形のような澄んだブルーの目。
「ベイジー様ですね、初めまして、今日から執事を勤めさせて頂きます。クロスと申します。」
と言って一礼する。
少女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐつまらなさそうな顔になった。
「あー、そうゆーのいいから。」
「は?」
「あんたの事はレオから、イヤってくらい聞いてるから、そうゆーのはいらない。」
「では、どうしろと。」
少女はなぜか顔を真っ赤にして言った。
「私にもレオと同じように話しなさい!」
「なるほど、だが断る!」
「はあ?」
「俺はあんたの事情は知ってるが、あんたの事は何も知らん。レオはあんなんだから、あんな風にかなり雑に話しているが、あんたはレオと同じ性格なのか?なら、考えるが。」
俺は一気にまくしたてた。
「ちょ、何よ、あんた生意気ね。私がレオと同じわけないでしょ!レオは記憶力、思考能力は神様みたいにすごいけど、それ以外は3歳児なみ。全部この私が影で支えてきたの。せっかく使えそうな男が来て少しは楽が出来るかと思ったけど、ガッカリだわ!」
5歳児の声と内容のギャップが凄い。
「大声出してちょっとは、スッキリしたか。今までレオがさんざんお世話になった。アイツを支えてくれてありがとう。礼を言う。」
俺は再度頭を下げた。
「え?何よ、そう言うのは、最初に言いなさいよ、ちょっとグッとくるじゃない。だいたいレオがあんな風になったのも、あんたも悪いのよ!スッキリなんかする訳ないじゃない。」
普通の女性なら頭を下げた時点で、静かになるのだが、さすが実年齢は100を超えている上にレオと長く付き合っているだけある。
ベイジーはその後も散々怒鳴り続けて、俺は100年分の愚痴を聞く事になった。
まあ、誰にも言えずアイツを100年支えて来たんだ、彼女には愚痴を言う権利がある。
問題は俺にそれを聞く義務も義理もない事なのだが。
ベイジーが肩で息をしながら、100年分の愚痴をあらかた吐き出したので、俺は水を差し出した。
「ありがとう、ちょっとスッキリしたわ。ねえ、人前でのベイジー様はしょうがないけど、私やレオと3人の時は、ベイジーって呼んでね。」
「わかったベイジー。これでいいか。」
「うん。これからよろしく。」
ベイジーは小さな手を出した。
「こちらこそ。」
俺はベイジーと握手をした。
「で、仕事の話を聞いてもいいかい?」
俺は少し声を落としてベイジーに聞く。
「それは、断るわ。」
「ああ?」
「だって眠いんだもん。細かい話は朝食の後で、じゃねー。」
ベイジーはしてやったりと言う顔して部屋を出て行った。
何しに来たんだか。
まだまだ、この世界の情報が足りない。
そんなことを思っていると、ノックをする音。
「クロス様、朝食でございます。」
この綺麗な声はルーシーだね。
扉を開けるとルーシーが、朝食をトレイに乗せて立っていた。
「ありがとう、貰おう。」とトレイを受け取ろうとすると。
「中まで、運びます。」と、部屋の机の上に置いてくれ
「昨日は失礼しました。食器は部屋の前に置いてください。」と一礼して出ていった。
真面目な娘のようだ。
朝食はスープとパンとサラダ。
味は悪くない。イヤ、美味いじゃないか。
こういうのは固いパンと味のない薄いスープが定番と思っていたが、
なるほど、ここでもレオとベイジーが頑張ったのだろう。
ベイジーのドヤ顔が目に浮かぶ。
朝食を終えた時にルーシーが食器を下げに来た。
さっきはドアの外に置いておけといわれたのだが。
「ご馳走様。驚くほど美味しかった。」
とりあえず、ルーシーに感想を言う。
ルーシーはやっぱり嬉しそうに答える。
「スープもパンも、レオ様が改良したのです。クロスさんのいた場所はまだ硬いパンでしたか?」
ちょっとは慣れてくれたのか、クロス「様」からクロス「さん」に呼び方も変わっている。
「ああ、パンは硬いし、スープは薄い味付けだったよ。」
俺は話を合わせる。
「クロスさんの町でも早く柔らかいパンが食べられるようになるといいですね。」
ルーシーが気の毒そうに言う。
心根の良い子だ。
「あ、クロスさん。レオ様が執務室でお待ちです。それを伝えに来たのでしたわ。」
「ありがとう、ルーシー。了解した。」
俺が答える。
「あら、クロスさん、了解したなんて、騎士様みたいです。ふふふ。」
ああ、軍人みたいと言う事だろう。
笑いながらルーシーは食器を持って出て行った。
ルーシーの顔はトカゲなのだが、綺麗な声と表情豊かな目のおかげで違和感なくコミュニケーションがとれる。
なんとか、この世界でやって行けそうだ。
俺はレオの待つ執務室にむかった。
勿体ぶった大きな木の扉をノックする。
「どうぞ。」とレオの声。
ドアを開けると、これまたでかい机の上で、書類に埋もれているレオがいた。
その横でベイジーも書類に目を通している。
「ああ、クロ!ちょっと待ってね。」
俺は机の後ろに周り込んで、レオの襟首を掴んで引っ張る。
「ちょっ!クロ、何、やめてよ。」
なんで嬉しそうに言うかな。
ベイジーが驚いて、椅子から立ち上がる。
「レオ、お前のちょっと待ってが、普通の人には二、三時間だってまだわかってないのか!」
俺はレオを引きずって部屋の真ん中にあるソファーに座らせる。
「さすがね、クロス。確かにレオは一度集中したら二、三時間は現実に戻ってこないわ。」
ベイジーがため息をしながら話す。
「えー、そんな事ないよー。」
レオがニコニコしながら反論する。
だからなんで嬉しそうなんだ。
「とにかくだ、仕事の話をしよう。何処の誰を消せばいい?」
俺はレオにズバリ聞いた。まわりくどいのは苦手だ。
「クロ、あんた殺し屋だったの。ちょっとレオ聞いてないわよ!」
ベイジーが、レオに噛みつく。
「ベイジー、クロは殺し屋じゃないよ。」
レオが答える。
「クロはそう、強いて言えば…暗殺者かな。」
同じじゃねーか!レオ!何を言ってる。
「ベイジー、今のは冗談だし、俺は殺し屋でも、暗殺者でもない。ただの公務員だ。話が進まない、何をすればいい?」
顔をレオに近づけてもう一度聞く。
「クロはまだ来たばっかりじゃない。先ずは挨拶周りってとこだね。」
「誰に?」
「ここの領主。約束はしてある、すぐ出発するよ、武器はいらない。後これ。」
レオは俺にある物を差し出した。
指の爪ほどの白い石のような物。
歯だった。
「マジか?」
俺はレオを睨みつけた。