第1部 不満だらけ異世界転移
第1話 水村、定年になりました。
「水村君、待ちたまえ!」
前方から厳つい部下を引き連れて歩いてきたのは、元上司の中山田だ。
俺の両手が私物を入れたダンボールで塞がってるのを確認してからの登場ときた。
「いろいろ、お世話になりました。やっとお役御免となりました。それでは。」
俺は丁寧にお辞儀をして、中山田の横を通り抜けようとした。
「待てと言っている、引き継ぎがすんでないだろ。」
中山田は俺の腕を掴もうと手を伸ばしたが、その手は宙を掴む。
「くっ!」
「引き継ぎは後輩の吉田にしましたが。」
あくまでも冷静なトーンで答える。
「そっちじゃない、例の仕事の方だ。」
中山田は出した手の行方を誤魔化しながら言う。
「でしたら、貴方の胸ポケットに。」
「な!」
中山田が手を出した瞬間、左手を一瞬ダンボールから放し、胸のポケットにメモを押し込んだのだ。
中山田は驚きの表情を必死に隠しつつ、メモを見もせずに、後ろの部下に渡す。
部下はスマホで、何処かに確認しているようだ。
「資金、拠点の確認が取れました。」
「では、これで。」
「待て。」
今度は手は出さないようだ。
「協力者の名簿を置いておけ。」
「あー、それでしたら、ダンボールの1番上のファイルに。」
中山田は部下に目配せする。
部下の1人が俺が持っているダンボールを荒々しく開けてファイルを取り出して、中山田にわたす。
中山田は軽く目を通し、満足気にダンボールにもどす。
「ほう、君の協力者は何故か事故や病気で全員死んでいるなあ。まあ、最後に国家の為になったんだ本望だろう。」
コイツ知ってて言ってやがる。
なるほど、これが言いたかったんだろう。
「まあ、おかげさまで部内で1番リスクのある男って言われてましたから。」
中山田は自尊心が満たされてご満悦だ。
「まあ、君もこれからは国家の後ろだてもなく、心細いかもしれんが、頑張ってくれたまえ。」
完全マウントポジションで満足したのか、中山田は部下を連れて去っていった。
中山田が見えなくなると、俺は給湯室にいきダンボールの中身全てを生ゴミコーナーにぶち込む。
もうここに来る事もないだろう。
さらばだ!公安!
「あんた!ゴミはちゃんと仕分けしなさい!」
いつの間にか後ろに立っていた掃除のおばちゃんの正論。
気配を気付かせないとは、かなりの手練れてみた。
ゴミをきっちりと仕分けした後、おれは用心深くわこの建物を後にした。
全く締まらない。
警察庁警備局外事情報部外事課課長付き
水村 黒砂
これが昨日までの俺だ。
外事と言うだけあって、日本の中の外国、主に大使館関係の案件を取扱う部署である。
某国大使館からの人探し依頼、やんちゃな大使館関係者の事件の処理から、かなりデリケートで危険な依頼まで、依頼には海外での仕事も多い。
正直40年近くこの仕事をやっていて、定年まで勤め上げる奴は稀だ。
大抵はリタイアするか、最悪命を落とす。
今日、イヤイヤながら中山田に絡まれに行ったのには訳がある。
俺がまがりなりにも命を落とさずにやって来れたのは、捜査協力してくれた人達が大勢いたからだ。
俺はその人達が事件後、報復や口封じにあわない為、事故や事件に見せかけ、死んだ事にして、新しい名前と戸籍を渡して来た。
中山田がその事に気付いていたら、彼らの命が危ない。
その事を確認しに行ったのだ。
協力者の話が出たので緊張したが、杞憂だった。
ここまで、散々かっこいい話をしたが、
俺も60歳、腰も痛けりゃ膝もガタガタだ。
60歳になってわかって来る事がある。
一つ、60だからって自然と落ち着く訳ではない。
一つ、60 だからって自分の事を「わし」とはいわない。
一つ、60だからってもう充分生きたなんて死んでもおもわない。
一つ、だけど残りの人生はゆっくりと過ごしたい。
まあ、「思ってたのと違う!」ってのが正直なところだ。
事務所を出た俺は今、郊外のある一軒家である準備をしている。
もうすぐ、お客さんが来る予定なのだ。
なけなしの退職金で買った一軒家と言いたいのだが、昔からの腐れ縁の知り合いから借りている家だ。
中山田はここが俺の家だと思っているらしく、奴の部下が、俺を消しに来るとその知り合いが教えてくれた。
おおかた、奴に返した活動資金を着服するつもりなんだろ。
俺が居なくなれば、そっくり奴の懐に入ってもバレる事はないからな。
ヤツが俺を消そうとする
知り合いはここの地下に隠れていれば助けに行くと言っていた。
とりあえず銃器、ナイフ、手榴弾などの武器をありったけ詰めた大型のバッグを持ってきた。
指示通りに地下に降りてみる。
隠し扉があるわけでなし、一階の玄関から普通に階段があり、ちょっと広めのコンクリート打ちっぱなしの地下室だが…。
「な?これなんだよ。」
床一杯に悪趣味な模様が描いてある。
よくホラー映画にでてくる魔法陣ってやつだな。
「アイツ、いつの間にこんな物書いたんだ?」
そこにスマホが鳴った。この家の持ち主からだ。
「お前、なんだよこれ!」
『円の中心に立って』
説明なし、こうゆう奴だ。
俺は床の模様の中心にバッグを持って立った。
その時、暗視ゴーグルをつけ全身黒ずくめの男達が階段をゆっくり降りて来た。
男達は床の模様に少し驚いたようだが、
直ぐに並んで持っているサイレンサー付きの小銃を向ける。
中山田はテロ対策チームを動かしたらしい。
しかし、そこは日本、直ぐに撃って来る事はない…。
「シュッ」
無いはずだが、直ぐ打ってきた。
弾丸は俺に命中する。
倒れる俺。
そりゃそうだ、この距離だもん、外すわきゃないよな。
「シュッ」
でも、大丈夫、防弾チョッキが俺を…いや貫通してるじゃん。
どんだけの火力で来てんだよ。こりゃガチだな。
「シュッ」
全員で打ち始めてるし。
超痛い、これ死ぬパターンのヤツだわ。
助けに来ないじゃん。あいつめ、絶対化けてでてやる。
意識が飛びそうになった刹那、床の模様が発光したかと思うと当たりが真っ白になった。
俺の意識もそこまでだった。
どれだけ時間がたったのか、それより俺は寝てたのか。
意識が戻ると同時に、俺は飛び起き辺りを見回す。
あの地下室だった、床の模様も妙にすすけたようだが、そのままだ。
撃たれた体は?腕は、脚は。
イヤイヤ、まてなんだこの服は、燕尾服?
体は痛みもない。撃たれたはずの身体にも傷はない。
俺は立ってみる。
身体が軽い、腰の痛みもないし、膝の違和感もない。
空砲だった?いや、あの痛みは本物だった。
ここが死後の世界って言うヤツか?
にしては、ここはやっぱりあの地下室だよな。
うーん、状況がわからない。
そういえば、黒ずくめの奴らは?
「なんだ、これは?」
奴らがいた場所にはグロテスクな光景が広がっていた。
職業柄、死体には慣れているが、この量の血塗れの肉片の山は見たことがない。
テレビや漫画だとモザイク処理されるレベルだな。
肉片に混じって、服や銃器の破片が混じっているので、あの黒ずくめの奴らに間違いないだろう。
それでも、「全員分あるな」と確認しまうのは性なのか。
安全が確認できたので、バッグの確認をする。
「これ?」
かなりの大きさの特殊繊維製のバッグを持って来たはずが、そこにあるのはアタッシュケースだ。
俺はゆっくりと開けてみる。
「うわっ。」
思わず、声が出た!
ケースを開けると、黒い宇宙のようなが広がっていた。中に入れていた武器はもちろん、バッグの底も見えない。
俺は近くに転がっていた金属片を投げいれる。
金属片はバッグに吸い込まれていった。
「ん?」
よくわからない感覚を俺は感じた。
『金属片が入った。』
まさかだが、いや、まさかだが…。
『金属片を出す』
俺は敢えて考える、というかイメージする。
さっき入れた金属片がバッグから飛び出してきた。
「まじか!」
もしかして。
『ナイフを出す。』
ケースから俺が予め入れていた戦闘用ナイフが出て来た。
「おー。」
俺は続けて、同じ方法で入れていたはずの武器を全てバッグからだした。
とりあえず、全ての武器をチェック、ナイフと短銃のみ残し、またバッグに入れる。
「仕組みは良くわからんが便利だな。」
ナイフをベルトに引っ掛けようと思ったら、予めベルトにナイフホルダーが付いている。
さっきは気付かなかったが、肩からホルスターも着用していた。
スーツ(燕尾服だけど)にナイフ、ホルスターとまるで映画のスパイのようだ、あくまで映画の中の。
こんな訳のわからない悪ふざけをする奴は、俺は1人しかしらない。
この家の持ち主で、俺をここに呼んだやつだ。
アタッシュケースを持って俺は階段を登っていった。
この悪ふざけを計画し、実行した奴に一言文句を言う為に。