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おおかみちゃん  作者: 功野 涼し
体の傷は心まで抉り

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2.不滅の愛を刻まれ

「ねえ? 見ない顔だけど、あなたはどこから来たの?」


 小学校の近くにある公園で遊んでいた私は、見たことのない女の子に声を掛けると、その子は大きな瞳を向けてくる。

 お日様の光が射し込んだ瞳は、ビー玉みたいにキラキラ輝いていて綺麗だった。


神座町(じんざきちょう)。ここから遠いとこ。引っ越すかもしれないからお父さんとお母さんは学校で話し合い中」


 女の子が答えてくれた町の名前は私の知らない場所で、首を傾げる私を見て女の子は少し困った顔をする。


「じゃあ、じゃあ、引っ越すってことは転校してくるの?」


 困らせまいと慌てて質問する私を見て少しだけ口元を緩めた女の子に私はホッとする。


「どうかな。転校できるかな?」


「どういう意味?」


「んー、大人の事情ってやつかな。『たしゅったよーせい』とかの違い」


「へぇ~『たっすうたよーせい』かあ。それなら仕方ないね」


 本当は何を言ってるか分からないけど、大人っぽいフレーズに知ったかぶりをして感心したフリをする。

 お互いに一緒に笑い合ってすぐに、女の子は長くて綺麗な黒い髪を指でくるくる巻いて少し悲しそうな顔をする。


「ここに通えたらいいんだけどね。せっかく髪伸ばしたのに切るのやだなぁ」


「どうして切らなきゃいけないの?」


「決まりだから」


「そうなの? 私はそんなこと言われたことないよ」


 私の言葉に女の子は凄く悲しそうな顔をしてポツリと呟く。


「たしゅったよーせいだよ」


「そ、そう。それなら仕方ないかぁ」


 知ったかぶりした手前、今更言葉の意味を聞くわけにもいかず「仕方ないよね」と答えると女の子は目を潤ませる。それがすごく申し訳ないのと同時に凄く綺麗だと思ってしまった。


 僅かに潤んだ瞳を揺らした女の子の視線が私の右胸辺りで止まる。じっと見つめる綺麗な瞳の先にある自分の襟元が乱れた服を見て、しまったと慌てて胸を押える。


 ぐっと胸元を押える私と、じっと見つめてくる女の子の間に無言の時間が過ぎるが、お日様に照らされた瞳は、潤んだせいで益々キラキラしていて、光の瞬きを見てなんとなくこの子なら見せてもいいかなと思ってしまう。


「本当はママから他の人に見せちゃいけないって言われているんだけど、あなたならいいや。秘密だよ」


 そう言って私は服のボタンを何個か外すと右胸辺りをさらけ出し女の子に見せる。


「お花と……蝶々?」


「そう、薔薇と蝶々だよ」


 私の胸元に咲く真っ黒な花とそれに止まる蝶の説明をすると、女の子は瞳を大きくしてまじまじと見つめる。


 ママ以外に見せたことのない胸元に咲く薔薇と蝶々を真剣に見られ恥ずかしいのと、なんと言われるのか不安に駆られる私に女の子はとても綺麗な瞳を大きく揺らしとびっきりの笑顔を見せる。


「とても綺麗だね!」


 ──母に注意はされていたけど幼い頃は、分かっているつもりで理解できてなかった。日本で入れ墨をして生きていくこと、まして高校生の身ではなおさら生き辛いことを。

 プールや浴場に入ることも出来ず、肌を晒すこともはばかれ服も限られ、学校で着替えるときも気を使う人生において、その時の女の子の表情と言葉は今も私の心の中の深いところにあって、今を生きる支えになっている。


 鏡に映る私の胸の上に咲く黒い薔薇に止まる黒い蝶々。


 幼い頃、入れ墨師である父に彫られた不滅の愛を意味する薔薇と蝶々は、母を憤怒させ夫婦の絆を切らせ、去り際の父が入れ墨の入った私を見て駄作だと吐き捨て、親子の絆を切らせた。


「あいつはこれを見てなんて言うかな?」


 鏡に向かって自問自答。


「また言って欲しいな……とても綺麗だね! って」

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