019 かおる、合気道部の初日の稽古に遅刻して道場を一人で雑巾がけをする(エピローグ)
私は自転車を必死にこいでいる。開かずのトンネルはいつものように封鎖されている。これで、朝練十五分の遅刻が決定した。
「皆んな、ごめんなさい。副部長になった初日から遅刻して」
「本日、朝練の後、副部長一人で道場の雑巾掛けね」と部長のゆりえが宣言した。
「かおる、体のキレも良いし、先読みも的確だし、どうしたの。実践経験豊富な武術家って感じがする」
「昨日、門弟さんと乱取りしたからかなあ」
「かおるも大変だよね。でも、遅刻の理由にはならないからね!」
「わかっているよ」
◇
朝練が終わって、私は一人居残りで道場の雑巾掛けをしている。そこへ中年の男性に手を引かれた十四歳くらいの女の子が道場を見ている。
どこかで会ったような気がするのだけれど、思い出そうとすると頭が痛くなった。
「ここが、山田とかおるの住んでいる世界なのか? 空気があんまり良くないなあ」
「かおる、お願いがあって来たの。山田は自分には無理だって言ってね。他の人たちも全員遠慮しますって、断られちゃったのよ」
「あのう、私と会ったことがあるんですね」
「あなたは大石かおる、十七歳。大石流古武術宗家、最高師範で、合気道部の副部長さんよね」
「さて、私は誰でしょう。思い出してほしいな」
「少し待ってください。ここまでまで出掛かっているの……。確かあなたは、ま……」
「そうだ、まおさんです! ごめんなさい。フルネームは忘れました」
「山田、私に名前がやっとついたよ。私は、まおだ」
「おめでとうございます。まお様」
「山田、私とあなたは主従じゃないからまおって呼び捨てで良いのよ」
山田さんが倒れた。
「ねえ、かおる、山田ってよく倒れるのよ。何でもないことで、どうしてかしら」
「山田さんを年頃の男の子と一緒にするのはおかしいと思いますけど、女の子から下の名前で呼んでも良いよって言われたら、普通、恋人にしてもらったって思ってしまうかもです」
「恋とは厄介なものだな」
「かおる」
「はい」
「私たちはしばらくここにいるのだけど、かおるの屋敷は広いと聞く。私たちを泊めてもらえないか? かおるの弟子たちを私たちが教えるから」
「それは光栄です。お願いします」
「それと、倒れている山田なのだが……」
「とりあえず、学校の保健室に運びましょうか?」
「すまぬ。案内を頼む」
まおさんはひょいと山田さんを担いだ。お父さんの知り合いの武術家の娘さんぽいなあと思いながら、山田さんを保健室に連れて行った。保健室の先生には父親の友人が訪ねて来て、体調を崩したので休ませてほしいとお願いした。
まおさんが、私の勉強をしているところを見てみたいと言い出したので、職員室に行って海外から、亡くなった父親の友人と娘さんが来られて、父の友人の方が体調を崩されて保健室に休んでいること。娘さんは海外で生まれて海外で生活しているため、日本の高校に興味があるので見学したいことを伝えたら、校長先生がこころよく見学の許可を出してくれた。まおさんは今日一日私と同じクラスで過ごすことになった。
まおさんを原宿とか六本木とか赤坂に案内したら、男の子が寄ってきて凄い事になると思う。すでに、女生徒有志が不埒な男子生徒を成敗している。もの凄いカリスマだ。
◇
「かおる、どうしてあのような初等教育を無理して受けているのか?」
「まおさん、日本では高等教育として学んでいます」
「まおさんは、やめてほしい。まおと呼び捨てにしてほしい」
復活した、山田さんが授業参観みたいに教室の後ろに立っている。まおが、自己紹介の時、「私は山田まお」と言った瞬間また意識を失っていたけれど。目を開けたまま硬直していた。
◇
「かおる、ラプンツェルとエリオットは王国の立て直しで当分来られない。手紙を預かってきたので読んでほしい」
「元国王は魔王城に招待した。人質として差し出されたとも言う。元国王は現在は勉学に励んでいる。元王子の方は魔族の女の子にキミ可愛いねえと言い続けている。あれは何かの呪いか? 勇者の称号は山田に返された」
記憶が戻った。目の前にいるのは魔王だ。
「魔王様、どうしてここに?」
「私はまおだ! 魔王様ではない」
「まお、どうしてここに」
「山田が私に名前をくれないからだ。山田は私と話すとモゴモゴとしか言わない」
「そういうわけで、かおるに名前をつけてもらいにここに来た」
「……」
私は山田さんを見た。幸せそうだった。
◇
家に戻ると、山田さんに門弟の稽古を見てほしいとお願いしてみた。山田さんのチート能力が知りたかったから。山田さんは構えもせず、自然に立っていた。
一人の門弟が技を掛けたら、勝手に門弟は倒れて、参りましたと言っている。「全員で来てください。問題ないので」と山田さんが何気に言った一言で、血の気の多い門弟が山田さんに襲い掛かった。次の瞬間全員がうめき声をあげながら参りましたを連呼していた。
「山田の能力は倍返し。しかも山田はノーダメージなのだ。相手の攻撃が、すべて相手に倍の威力で戻っていく」
「私も最初はビックリした。自分の放った攻撃が倍になって私に戻ってくるのだから。私は思った。山田がいれば私の防御能力が向上すると」
まおに防御能力って必要だろうか? ドラゴンでさえ逃げる。神々でさえなんとか、まおを取り込もうとするような最高神のような彼女を。
マア、山田さんが幸せそうなので良しとしよう。
ご愛読ありがとうございました。




