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稲荷は激怒した(漫画家とアシスタントさんたち徒然)

作者: 飛鳥井作太


『あなたの描く恋愛や友情は現実味がありません』

『もっと人間関係と言うのはドロドロしているものです』

『人生経験が無いから描けないんですか?』

『描きたくないというのは逃げだと思います』




「……うるっせぇぇええええEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!」

 ドンガラガッシャンッ

 机脇のゴミ箱を蹴って、彼女は叫んだ。

「こちとら、ドロドロなんざ現実だけで充分なんじゃボケェッ! わしが描きたいのはキラキラしたもんなんじゃ、食いてぇのも売りてぇのもマカロンとか上生菓子とか甘くて綺麗で眩しいもんなんじゃ、菓子屋で豚生姜焼き定食頼んでんじゃねぇぞっ、クソがっ!!」

 漫画家・稲荷厨子は、荒れに荒れていた。リプ欄のあれやそれに対する鬱憤が臨界点を超えたのだ。

 たまにあるが、今回は稀に見る派手な超え方だった。

「……何故、豚生姜焼き定食……?」

 パソコン画面の向こう。アシスタントの絵夢子が、訝しげな声で問う。

「まあ、確かに現実味はありますよね、マカロンより」

 これまたパソコン画面の向こう。もう一人のアシスタント・香奈子がしみじみ言った。

 稲荷はデジタルですべて作業しているので、アシスタントもみんな遠隔だ。

「でも豚生姜焼き定食、美味しいですよ」

 絵夢子が言った。

「豚生姜焼き定食はわしも好きじゃわい!」

 稲荷も高らかに好きだと宣言する。

「先生は生姜焼き全般大好きですもんねー。私も好きです」

 香奈子も、しみじみと同意した。

 ちなみに、特に書かないだけで、読む分には、そして全体の話が好みであれば、人間関係の果てないドロドロも普通に面白いと思って読む稲荷である。

 そのジャンル自体は、否定していない。

「ただ、菓子屋で豚生姜焼き定食頼むボケが嫌いなだけなんじゃぁ……」

「まあ、それは私も大嫌いです」

「そのくせ、そういう人って仮にこっちが『デザート無いんですか?』って言ったらブチ切れますよね。同じことしてるんですけどね」

「人間、自分が他人にしてることには鈍感だからね……」

「…………。自分も他人にしてないか、常に注意しながら生きて行かねば」

 稲荷のテンションが平常値に下がって来た。

「あ、先生が戻って来た」

「すまん。久しぶりにブチ切れたわ」

「いいですよ、私もああいう輩は好きません」

「攻撃し返したり、中指立てたりしないだけマシです」

「申し訳ない……」

「落ち着いて、甘いもの食べましょ。先生、甘いものちゃんとお家にあります?」

「ある……」

「じゃ、取って来て下さい。ちょっと休憩してから原稿続きしましょ」

「ありがとう……」

 稲荷が、キッチンへと去って行く音を聞きながら。

「しかし、本当、わざわざ本人にそんなことリプライしなくてもなあ」

「先生も普段は相手にしてないけど、こう、切羽詰まってるときはやっぱり来るものがあるんだろうね」

 残る二人は、コツコツと背景を埋めていく。

 美しい西洋の町並みが、温かな部屋の様子が、静かに確かに描かれていく。

「人類、もっと人類自体に優しくなってもいいのにね……」

「まったくねぇ……。さ、がんばろうか」

「そうだね。先生の作品を読んで、優しい気持ちになる人類もいるんだしね」

「その気持ちが巡り巡って、荒んだ人にも届くといいね」

「ね」

 二人は、祈りを込めるようにして筆を進めた。


END.


以前、友人たちと話したことを思い出して。

お菓子も生姜焼きも、どっちも美味しいよねと頷き合いつつ、それぞれのお店でそれぞれのものを頼んで欲しいよねとも頷き合いました。

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