〜順応していく、農村での日々〜その9
四人で血の痕を探しながら、猪を追跡する。
余程混乱していたのか、木や岩にぶつかった痕も見つかった。
森の深くに入りすぎると帰れなくなる心配もあったが、今回は再び血の痕を辿れば元の道に戻る事が出来る。
それにユチェが先程から、木に矢印をつけている様だ、念には念をと言う事だろう。
「近いんじゃないかな」
アイザックが地面の血の痕を調べながら言った、特に先程までと変化はないように見えるが、猟師の仕事を手伝っているアイザックからすれば、変化があるのだろう。
「やったな!これで一気に金が貯まるぜ!」
「ちょっとカーズ、あんまり大声出さないで」
ユチェの言う通り、まだそこまで深くないとは言え、この辺りまでくれば森狼だって出てくるかもしれない。
現にアイザックは弓ではなく、既に槍に構え直して周りを警戒している、いきなり飛びかかられても対応しやすくしているのだろう。
更に血の痕を辿り、森を進む。
「居た」
アイザックが指を指す方を見ると、少しひらけた場所に猪が倒れていた、まだ生きてはいる様だが、動ける程の体力はもう無いらしい。
猪に近づいてナイフを構える、カエルの時も少し感じていたが、やはりこのサイズの哺乳類になると、トドメを刺すのに大分抵抗がある。
いや、そんな事ではこの先やっていけないだろう、覚悟を決めて首にナイフを突き立てる。
「うわっ!」
突き立てた途端に猪の体が跳ねる、肉と骨を貫いた感触が手に残る。
猪は一度跳ねたあと、暫くはピクピクと痙攣していたが、やがて動かなくなった。
「さて、無事に見つけられたし、とりあえず川辺まで運びたいな、ここじゃ水もないし、解体もしにくい」
アイザックの提案で、猪を川まで運ぶ事になる。
アイザックは見張りをしなくてはならないし、ユチェに運ばせるのは酷な気がするので、カーズと二人で運ぼうかと提案したが、カーズがこの位なら一人で大丈夫だと言い、頭を下にして猪を担ぎ始めた。
首から血が滴っていくのが見える。
「カーズ、猪の血で服が凄い事になってるぞ」
「洗えば一緒だろ?さっさと帰ろうぜ」
当たり前の事かもしれないが、この三人の方が自分より遥かに、こう言う事への耐性があるみたいだ。
ユチェもケロっとした顔をしている。
「余った肉の加工は任せろよ、美味い干し肉を作ってやるよ」
「皮はいつも通り、俺の家で処理をしておくよ」
「この猪の皮で何か作る?全部売っちゃう?」
自分達だけで大物を狩れたのだ、自然と浮き足立ってしまうのだろう、声が弾んでいる。
実際カエルや薬草より、猪の皮の方がはるかに価値がある。
と言うより、カエルや薬草が極端に安い、皮も毛もそこまで強度があるわけではないので、精々子供のおもちゃ程度の道具にしかならないし、肉だって基本的には美味しくはない。
カーズが干し肉にして、みんなで行商人に売ったりもしたが、二束三文だった。
薬草を煮詰めて、薬の原料を作って売った方がまだマシだ。
唯一、こちらも薬の原料になるのだが、カエルのキモを煮詰めた物はまだマシな値段で買い取ってくれる。
ただ、キモは個体によって随分大きさが変わる、始めて見たカエルのキモは、かなり大きい部類だったようだ。
冒険者になるにはお金がいる、装備もそうだが、町へ行けばまず住む所を探さなくてはならないし、ある程度の蓄えがないと、依頼をこなせなかった場合に、すぐ立ち行かなくなってしまうからだ。
これは依頼に失敗すると言う事だけではなく、そもそも受けられる様な依頼がない場合もあるからだ。
そのお金を四人で協力して、稼いでいると言うわけだ。
村にはひと月に一度、町から規模の大きな行商人が来る。
ただの行商人と言うわけではなく、国からの依頼を受けている商会が、村で取れた農作物や、獣の素材など色々な物を、適正な価格で買い取りをしてくれるのだ。
額は多少上下はするものの、買い叩かれたりする様な事はないし、町から持ってきてくれる物も、ぼったくり価格だと言うわけではないらしい。
これは税金に関わってくる話なので、村長との取り引きに関しては、個人的な物以外は全て記録されるのだ。
商人がこの村のこの月の農作物は、これだけありました、これだけのお金を払いましたと言う記録を持っていて。
村長の方は次の月までに、これだけお金を貰いました、村人への配分はこんな感じになりました、余りはこれだけあるので、税金はこれだけお支払いします。
と言った具合に纏める、村側と商人側の記録で、両方が税金などを誤魔化しずらくなる構図を作っているわけだ。
癒着なんかが無ければだが、ちなみにこの取り引きはその場所に教会があれば、教会にも記録を保管しなくてはならない。
何かがあった時の為の、第三者の目を教会が果たしていると言うわけだ。
その行商人は、もちろん税金に関わってくる物以外も買取をしてくれる。
ある程度の規模になると話は別だが、村人が作った小物や薬など、お小遣い稼ぎ程度のものは特に記録にも残らない。
行商人から何か買う場合にも、特に記録はされない。
そのお小遣い稼ぎを利用して、冒険者になるためのお金を稼いでいると言うわけだ。
だから、今回みたいな意外な大物は、四人にとっては凄く嬉しいと言うわけだ。
「あとどれくらい貯まれば町にいけるかな?」
「猪を売ってもまだまだ足りないよ、それにユチェもカーズも、15になるまでは村に居なさいって言われてるだろ?」
「面倒だよなぁ、あと2年もあるじゃん、早く町に行って冒険者になりたいぜ、なぁヒロ」
「焦っても碌な事にならないさ、今のうちに金を稼ぎながら経験を積んで行こう」
ユチェが木の矢印を見ながら、帰る方向を指差している、アイザックは地面の血を見ながら、帰る方向があっているか確認している。
カーズが猪を担いで二人の後を歩いて、自分は最後尾で周りを警戒しながらついていく。
この位の獲物が毎回取れてくれれば、楽にお金も貯まってくれるから嬉しいのだが。
そうもいかないかな、次回も同じような展開になって欲しいものだ。
四人で帰り道を歩いていると、後ろからザザザっと言う、草をかき分けながら何かが迫ってくる音が聞こえた、早い、聞こえるやいなやナイフを構えて叫ぶ。
「アイザック!何か来てる!」
アイザックが素早く槍を構えて横に立つ、その間にも音はどんどん近づいてくる。
猪の血の痕を追われたのだろう、確認しなくても分かる、この音は、森狼だ。