〜順応していく、農村での日々〜その1
朝起きたら、元の世界に帰っていた、なんて事はなかった、教会の一室だ。
「プァーープォーー」
何かの鳴き声がする、トランペットの音みたいだ、正直かなり驚いた。
ベッドから起きて窓をあける、木製の窓なので、窓をあけないと光が入ってこないのだ、ガラスなんかは無いのだろうか。
おはよう異世界、今日も宜しく頼む。
部屋を出ると、シスターが教会を掃除しているのが見えた、こちらに気付いたシスターが、フロイド神父な部屋を指差す、部屋に行けと言う事だろう。
フロイド神父の部屋に入ると、フロイド神父が食事をしていた、昨日のパンと何やらサラダを食べている。
椅子に座るよう勧められたが、朝食をしっかり食べる習慣なんて、長い一人暮らしと仕事生活ですでに失われていた。
籠の中のパンを指差し一つ頂く、それを食べながら部屋を後にした、後ろからホッホッホと優しい笑い声が聞こえる。
流石に世話になりすぎな気がする、身体は子供でも実際は良いおっさんなのだ、貰いっぱなしは心苦しい。
まずは教会の掃除をしているシスターの手伝いでもしよう、木製バケツに水を張って、布切れを使って椅子を拭いているようだ、新しい水を汲んでくれば手伝いになるだろうか。
教会の裏庭にある物置に向かう、適当なサイズのバケツ、ホウキ、木編みの籠、少し古くなっているが、まだ使えそうな布の束を出す。
布の束は少し引っ張ってみて強度もみておく、古くなった布は簡単に引きちぎれてしまうが、これは大丈夫そうだ、籠の中に放り込む。
教会の正面口に箒を立てかけ、布切れの入った籠を置く。
まずは水を汲みに行く事にする、緩やかな坂を下り、広場を目指す。
広場は同じように水を汲みに来たのであろう人が何人かいた、見知った顔があったので、軽く挨拶をしておく、カーズだ。
家の手伝いでもしているのだろう、水の張ったバケツを持っていた。
カーズは何やら言い、笑いながら肩を叩いてきた、流石に何を言っているのか分からないが、悪い事は言ってないだろう。
バケツを持って自分の家の方へ帰っていった。
こちらも井戸水を汲んで、教会に帰る事にする、そこまで遠くないが、それなりに疲れるものだ。
教会まで帰って来たが、良く考えたら、先に布の洗濯をした方が良い気がする。
折角汲んで来た水なので、シスターに有効活用して貰おう。
教会に入ると、シスターは教壇を拭いていた、シスターの側にバケツを置く、シスターは少し考えたが意図を察してくれたのか、笑顔を返してくれた。
さて、掃除は任せておいて、こちらは洗濯だ、しかしどうしたものか、川まで持って行って洗うのが現実
的だが、こちらの人はどう洗濯しているのだろう。
洗濯なんてしていない可能性もある、いや、流石にそんな事はないか。
籠の前で考えていると、後ろからフロイド神父に声をかけられた。
身振り手振りで洗濯をしたい事を伝えてみる、フロイド神父は難しそうな顔をして暫く考えていたが、やがて自分の部屋へ帰って行った。
部屋に入ったかと思うと、すぐに戻ってきて、オレンジ色をした細長い、瓜の様な物を渡して来た。
瓜は良く見ると木で蓋がされており、中が空洞になっている様で、中には何か液体が入っているのだろう感触が伝わる。
耳元で振ってみると、チャプチャプと音が聞こえる。
フロイド神父は頷いて教会を出て行った、着いてこいと言う事だろうか、籠の中に瓜を入れて、後に着いていく。
広場とは逆の方へ暫く歩いていると、牧場らしきものが見えて来た、荷台を引いていた大きな兎や、太った小さいガチョウが柵の中にいる。
それよりも目を引いた生き物がいた、恐竜だ、恐竜映画で見た事のある小型の肉食性の恐竜、ディノだかラプトルだかサウルスみたいな名前のやつ。
一緒に放牧していて大丈夫なのだろうか、食べられたりしないのか。
道を挟んで牧場の向かい側に、石作りの広場があった。
大きなカマドと、木張りの大きな作業台、村の広場のものよりは少し小さい井戸、井戸の向こう側には大きな壺がズラっと並んでいる。
村の祭り事や祝い事で使ったりするのだろう、いや、もしかしたら、パンを焼く設備なのかもしれない。
何かの歴史漫画かアニメで、そんな共同施設があったと見た覚えがある、そう言えば、ユチェの家のかまどはそこまで大きくなかった、ここで一気にパンを焼いて、家ではスープなどのおかずを作ったりしてるのかもしれない。
フロイド神父が壺のそばでこちらを呼んでいる、壺の中を覗くと水が張られていて、中に布の束が入れられていた。
こちらは共同の洗濯所と言うわけか、しかし、見るからにつけ置き洗いだが、これでちゃんと汚れが取れるものなのか。
一先ずやってみる事にする、まずは水だ、井戸に備え付けているバケツを使い、水を運ぶ。
近いとは言え割と重労働だ、往復して水を溜めていく、中程まで溜まった所でフロイド神父に呼び止められた。
フロイド神父は瓜の蓋をあけ、中の液体を壺の中に注いでいる様だ、まさか、洗剤的な物がもうあるのだろうか、瓜ボトルを受け取り、中の液体を手に垂らしてみる。
フローラルな良い香りがする、手で擦ってみるが、泡立ったりはしないようだ、フロイド神父が瓜ボトル
を指差して、身体を洗うような仕草をする。
やはり洗剤らしい、残念ながら、石鹸を作ってウハウハだ、とはいかない様だ。
まだ水が少し足りないらしく、再び井戸と壺を往復する。
適度に水が溜まってようで、フロイド神父が籠の中の布を壺に沈めていく、これで終わりなのだろうか。
フロイド神父は太陽を指差して、ゆっくり指を移動させる、あの太陽が、あっちに行くまで待つと言いたいのだろう、結構長く浸けておくようだ。
流石に待っている訳にもいかないので、一度教会に戻る事にする。
籠を持ち、フロイド神父と帰ろうとしたら、村の方から歩いてくる人影が見えた、良く見るとユチェの様だった。