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フクキタル  作者: 乾縫
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一話

 

 言ってしまった以上は。

 そうしなければならない。

 有言実行。

 どちらかと言えば、好きな言葉だ。

 だから。

 私は、震える足を黙らせて。

 前のめりになりそうな背中に紅葉を一つ頂いて。

 堂々と、この一歩を踏み出さなければならない。

 一つ、高い所へと。






 私は、舞台が恐ろしかった。

 人よりも、一つ高い所に立って、誰しもの視線を頂戴する。

 そういう場所が、そこに居る人たちが、酷く恐ろしい。


 転校初日。

 私は教室に招き入れられて、自己紹介をする様にと、先生に言われた。

 これからクラスメイトになる、今は他人たちの視線が、私の心をざくざくと射抜いて、膝だけが芯から笑った。

 教室の入口から、先生の傍に行こうとして、気が付く事があった。

 このクラスの担任の先生(これからは私の担任の先生になる人だ)は、大人にしては、とても背が低いと、教室に向かう道中気が付いた。

 けれど、担任の先生の頭の位置が、廊下で見た時よりも高くなっていた。

 黒板の前。

 教壇の下。

 きっと、担任の先生が黒板を上まで使うための高さを少しでも嵩増しするための足場(きっと名前があるのだろうけれど、それの名前を私は知らなかった)なのだろう物があった。

 私は、教室の入口から、数歩だけ先生に歩み寄って、その足場に上ることなく、自己紹介をした。

 藍川紫苑あいかわしおん

 それが、私の名前です。

 震えそうになる言葉を無理やり抑えて、簡単に挨拶もしたし、仲良くして欲しい事も伝えた。

 先生の言う事には正しく従ったのだから、先生は私の事情を知っているのだから、黒板の前に立てなかったとしても、自己紹介が拙かったとしても、特別責められる事は無い筈だった。

 けれど。

 何処からか、クスクスという笑い声が、聞こえた。

 それは少しずつだったけれど、確実に広がって行って、私は、何がおかしいのかがわからず途方に暮れた。

 何か変な事を、言ってしまったのだろうかと、また、上手くできなかったのかと、泣きそうになった。


「可愛い」


 その声は、大きくは無かったけれど、私に群がる笑い声達を突き破って、教室中に響いた。

 同時に、がたり。と椅子を跳ね飛ばしたような音が、無限にも湧きそうだった笑い声を一掃した。

 私の、じわりと溢れて来ていた涙も、どこかへ行ってしまった。

 教室の一番後ろ、窓に一番近い席に、その女の子はいた。

 勢いよく立ち上がって椅子を後ろに倒したその女の子は、私の代わりに全員からの視線を向けられても、呆けたような表情をして、ただまっすぐに、私だけを見ていた。

 周囲からの視線など、気付いていない様子だった。


「しおんちゃん!私と友達になってくれますか!」


 私を視線だけで捕らえてやる。

 そういう強い意思が感じられる、とても真剣な表情と、視線が。

 なぜか、不思議と、その女の子から向けられた視線だけは、ちっとも怖くなくて、全然目を逸らせなくて。

 まだ名前も知らないけれど、どうして声をかけてくれたのか、わからないけれど。

 それでも、きっと、私はこの女の子の事を好きになるだろうと、訳も分からないのに、確信した。


 転校初日。

 小学生だった藍川紫苑は、その日に、生涯の友を得た。

 私の親友の名は、紫藤紅葉しどうもみじと言うのである。



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