0からのスタート
彼は始めから天才だった。
何をしても…
小学校のマラソン大会は1年生の時から6年生まで毎年学年優勝。
勉強をしても学年トップクラス。
中学生の時には、美術の授業の作品を先生が勝手にコンクールに出展し、賞を取ったこともある。
誰から見ても彼は天才だった。
そんな彼が小学生1年生から今までずっと続けてきたことがある。それがフットボールだ。
いわゆるサッカーである。
サッカーでも、相変わらず彼は天才だった。
始めた時から同級生にライバルはいなかった。
初めて6年生の試合に出たのは、小学2年生の時。
中学3年生の時には、年代別日本代表にも毎回呼ばれるようになっていた。
そんな彼は、当たり前のように高校を卒業すると同時に、プロサッカー選手になった。
サッカープレイヤーにとって、プロ選手になることは夢であったが、彼にとっては夢ではなかった。
ごく普通のことだったのだ。
彼の名は、寺田 明
そんな彼に、人生が一変することが起こった。
それは21歳の時であった。
明
「契約満了!?」
日本トップリーグ SC横浜 強化部長
「そうだ、来シーズン君との契約を更新できない。」
正に、青天の霹靂だった。
ずっと、天才として生きてきた自分が、チームに要らないと言われることを予想していなかった。
その上、他のチームからのオファーもないと言う。
理由が分からない明は、怒りにも不安にも聞こえる声で問いかける。
「なぜですか。理由を教えてください。」
SC横浜 強化部長
「理由か…。」
答えを渋る強化部長。
強化部長も彼をクビにしたくてしているわけではない。なぜなら、明をSC横浜に連れて来たのは何を隠そう。この強化部長 坂田 護本人なのだ。
坂田
「明…お前は、チームで目立ちすぎた。チームで1番になろうとしすぎた。」
明
「プロサッカー選手が1番を目指さなくてどうしたらいいんですか?常に1番だった俺を取ってくれたのはあなたじゃないですか!」
坂田
「もちろんそうだ、ただ、俺にとって1番輝いていたから獲得したのだ、チームで1番だったからではない。チームというものを学んでこい。」
サッカー選手とは言わば契約社員だ。
契約期間の満了日が来れば、契約を更新するかしないかただその選択だけで、その選手の次の処遇が決まる。次のアテがない選手もかなり多い。明もその1人だ。
3年間での実績はMFとして40試合出場8ゴール。
1年間のリーグ戦試合数が34試合。
そのほかの国内トーナメント戦、国外トーナメント戦を等含めると多くて50試合以上ある。
通常なら、決して多くない出場試合数だか、18歳〜21歳の3年間と考えると少なくない成績である。
クビになったことは動揺したが、彼は楽観的であった。次のチームはすぐ決まると…。
苛立ちのこもった声で明は問いかける。
「ブライアン!まだ、チームからの声はかからないのか?」
話し相手は、明の代理人を務める木下ブライアンである。
代理人とは、選手とチームの契約などを代理として行う人物である。
明は、ブライアンにチーム契約、スポンサー契約など様々な業務を任せている。
ブライアン
「複数のチームに声をかけているが、どこもノーだ。」
明
「俺のことをちゃんと説明しているのか?」
ブライアン
「もちろんだ。」
明
「ブライアン、俺は来年どうしたらいい?」
焦ったように問いかける。
ブライアン
「実は、オファーが二つある。正直、明に話してもどうせ話にならないと思って言っていなかったが…」
明
「なぜ、勝手に隠すんだ!言ってみろ」
ブライアン
「わかった。一つは、地域リーグ島根オーシャンからセミプロとしてのオファーだ。」
明
「地域リーグ??トップリーグの選手にそんなオファーしか来ないのか??もう一つはどこだ?」
ブライアン
「タイリーグ3部ぎりぎりプロと言えるレベルのオファーだ」
明
「は?タイ??しかも3部??」
ブライアン
「どちらも期限はあと2週間ある。こちらもチームは当たってみるが、検討しておいてくれ。」
明
「まじかよ…。」
明には予想もしてない事態だった。
プロになる頃には、既にヨーロッパでのプレーを思い描いていた。夢で何度もヨーロッパチャンピオンの優勝トロフィーを掲げていた。
彼にとってそれは、夢ではなく近々達成する目標だった。その目的が崩れ落ちたような感覚だった。