7 私にできること
「……彼氏からもらったんだ」
あぁ、やっぱりそうか。と優美は思った。そして彼女を見る。落ち着きを取り戻し、どこかふっ切れたように微笑んでいたが、ネックレスがないだけでどこか物足りなさを感じる。
現在、優美と栞の二人はとあるカフェにいる。(通称フタバ)
あのあと優美は探すのを手伝おうとしたが、栞はそれを断った。校内を探すには時間的にも遅く、辺りは消火器の赤いランプと淡い月の光しかなく、探す環境ではなかったのだ。
「いいんだよ、気にしないで」
そういってニッコリ笑う栞。でもそれは本当の彼女の意思なのだろうか?そうには思えない。
優美は砂糖の入ったコーヒーにさらに砂糖を加えて、それからまた栞に目を向けた。
「……あのさ、その彼氏さんって、どんな人なの??」
こんなときに聞いていいのか?とも思ったが、やはり気になる。だから優美は栞に尋ねてみた。
そしたら栞が満面の笑みで答える。
「……とっても優しい人だったよ、とっても」
「いいなぁ、羨まし…」
「もう…いないんだけどね。」
優美は言葉を失った。
え?今なんていった??いないって?それって……
「……一年前に、自殺したんだ。」
優美の疑問は栞のこの一言で解決してしまった。
・・・・・・
「……彼さ、あんまり優し過ぎるから、私にずっと気を使ってたんだよね」
ティースプーンでコーヒーを掻き交ぜながら、栞は懐かしそうに話す。優美はそのコーヒーにできた渦をただ眺めていた。
「中学のときは一緒だったんだけど、高校になったら彼が神戸にいっちゃって。それでも私は彼が好きだったから、遠距離恋愛だけど付き合ってたの。
毎日電話したり、メールしたりして……すべてが順調だと思ってたの。
でもね、」
スプーンでコーヒーをすくい、それをカップの十センチ位上からチロチロと流す。それは終わりかけた砂時計のようである。
「彼は向こうでかなりひどいいじめにあっていたの。毎日皆から暴力を受けてたんだって。
でも彼は優しい人だから、私にはそんな様子一つも見せずに笑って話してくれたの。
でも限界だったんだね、ちょうど一年前くらいに彼との連絡が途切れて、次にきた連絡は向こうの親からだったんだ。
私は気付いてあげれなかった。彼のこと……」
「……」
優美は何も言えなかった。優美は栞と一年生も同じクラスだったが、彼女は毎日笑顔でいたし、そんな辛いことがあったようには思えなかった。
暫く沈黙が続いた。無理もない、こんな話をすれば仕方のないことだ。
しばらくして、栞はまたさっきのように優美に向かってニッコリ微笑んだ。
「でも、もう終わったことだしね!あのネックレスなくしたのを機会に、彼のことを忘れなきゃね!」
「……え?」
優美は正直驚いた。なんてこんなに前向きなんだろう?そう思っていた。
「……なんかごめんね。」
そういって栞はコーヒーを一口すする。
「優美には『早く恋しろ〜!!』なんてせかす癖に、私はこんなのなんてね。ダメだね。
いない人を思ったって、しようがないのにね。」
優美はその言葉とその時の栞の表情が忘れられなかった。
・・・・・・・時計の短針がもう12を回っていた。
ベッドに仰向けになって優美は考える。今日のこと、栞の話。
「もういない人は、愛することができないのかなぁ……」
優美はわかっていた。あんなに強気なこと言っている栞だけど、本当はまだ彼が好きなんだ。彼のことが忘れられないんだ。
でも彼はいない。どんなに愛していても、どんなに想いを伝えたくても、その対照はこの世に存在しないのだ。
それでも、好きでいていいのだろうか?優美にはわからなかった。彼女は今までに栞のような劇的な恋をしたことがないし、ましてや人をそこまで好きになったことはない。だから、栞の想いはわからない。栞に手助けをしてあげたいけど、できそうにない。
「でも……」
優美は体を起こし、立ち上がる。
これだけはわかる。
私に今、できることは……。
それから彼女は引き出しから懐中電灯を取り出し、外へ飛び出す。
向かうは学校。
今自分にできることをするために。