帰り道にて
帰り道にて
夕陽がそっと背中を押すように温かい放課後。私は彼と一緒に学校をあとにして、羽を伸ばし始める街並みを歩いていた。二人とも特にどこかに寄り道をするようなタイプでもないので、ただ真っ直ぐ帰るだけだ。それでも彼は嬉しいようで、ニコニコした表情を崩さない。
決して表情や言葉に出すことはないが、私もこの状況を嬉しいと思っている。放課後ともなると、一日を無事に終えた安心感とともに疲労感も急に押し寄せてくるものだ。
そう。疲れは人を油断させる!彼のあられもない表情を見ることが出来る可能性は朝よりも高いと断言できる!放課後は私にとって彼につけ込むことができる絶好のチャンスなのだ。
とはいえ、私自身も疲れていないわけじゃない。あまり深く戦略を考えるよりは、直感的に素早く攻めて行った方がいいだろう。食事中と異なり、登下校は周りの状況が刻一刻と変化していく。それに合わせて臨機応変に対応していくことも重要だ。
さて、今日は彼の過去の女性遍歴でも掘り下げてみようかな。相変わらず呑気な顔で「夕陽キレイだな〜」と呟いている彼に、まずは無難に今まで彼女はいたことがあるのか聞こうとした時だった。
「あら、奇遇ね。私も今帰りだったのよ」
とある女子生徒が目を細めて堂々たる立ちっぷりで目の前に現れた。でっ、出た!!ぜっっっったいに嘘だ!後をつけていたか、待ち伏せしていたかに違いない!
「これは副会長。本当に奇遇ですね」
私は語気を強めながらそう返した。彼女はフッと嘲笑うように私に目配せした。
彼女の名は真直凛。私の一つ先輩にして現生徒会副会長、そして、彼の実の姉だ。学年内での成績は断トツでトップ。運動神経抜群でおまけにスタイルもよく、いくつかの芸能事務所からスカウトされたこともあるとの噂も立っている。
ポジションこそ副会長に留まっているが、校内では圧倒的な人気を誇っている。が、ほとんどの人は知らない裏の顔が彼女にはある。それは……。
「純、今日も一日疲れたでしょう?早く帰って、ゆっくり休みましょう」
重度のブラコンなのである。それはもうすごいのだ。自身の威厳を保つために普段は全くその片鱗すら見せない。しかし、休日になると自身は変装しながら彼と用もないのに出かけ、彼がどうしても外せない用事で出かける際は当然のように尾行する。
無遅刻無欠席だった彼女が一度3日連続で休んだことがある。大変な熱が出たということで私も含めた全校生徒が心配していたが、のちに私だけが真の理由に気がついた。その前日は、私が彼に告白された日だった。きっとそれを見てショックを受けたのだろう。高潔な彼女とプライドが高い私はもともと反りが合わなかったが、その日以来完全に敵対関係になってしまった。
「あ、でもせっかくの二人きりの時間を邪魔しちゃ悪いわね。私はいないものと思ってくれていいわよ」
副会長は私たちのひとつ後ろを歩き始める。『静寂の背後霊』。私の邪魔をしようとする彼女の常套手段だ。いないものと思ってなどと口走りながらビンビンに気配を発し続け、私のペースを乱そうとする。だが、その程度で計画が狂う私じゃない。
「真直くんはこれまで女の子と付き合ったことはあるの?」
いつもは回りくどい言葉で攻めていたが、今日は直接的な言い回しで強攻撃を叩き込んでいくとともに情報収集もやっていこう。彼の性格的に女性経験はなさそうだが、果たしてどうだろうか……。
「純は誰とも付き合ったことはないわ。純と恋愛関係に至るに値する女子なんてなかなかいないですもの」
ダ、ダイレクトアタック!!?背後から無言の圧力をかけるだけじゃ私には通じないことを悟って、直接攻撃してくる方針に変えてきたのか!?いやいや、その可能性も考えていないわけではなかった。動じることはない。
「へぇ〜。じゃあ、私が初めての女ってことになるんだね」
『女』の部分を強調して下から彼の顔を覗き込みながら思春期の心を掠めえぐった。『初めての女』という言葉に、男なら何か良からぬことを思わずにはいられないだろう。しかし……。
「そうですね。異性との交友関係は先輩が初めてです」
大真面目な顔で彼はそう答える。うん、まあ間違いじゃないんだけど、やっぱ通じないかぁ、そうだよねぇ。「んふ」と背後から嫌な笑い声がかすかに聞こえてくる。くっ、悔しい……。
「逆に色佳さんは今までどれだけの男性とお付き合いをしてきたのかしら?」
「邪魔しちゃ悪い」とは一体何だったのだろうか。「いないもの」どころかその存在感を遺憾無く発揮している気がするのは気のせいだろうか。そしてまた答えづらい質問をしてくるあたり本当に……。けど、彼の前で嘘をつくことはできない。きっと嘘を言っても信じてくれるだろうが、姉に何を吹き込まれるかわかったもんじゃない。それすら信じてしまうほどに彼は純粋なのだから。
「私は……今まで5、6人の方とお付き合いをしてきました。どなたもいい方でしたよ」
かあぁぁぁぁぁ……言っちゃった。自分の顔が赤らんでいくのを感じた。どうしよう、軽い女だって幻滅されちゃうかな?まんまと副会長の罠にハマってしまったようだ。攻撃の手立てが一向に見当たらず、途端にシュンと黙り込んでしまった私に彼は言った。
「すごいですね。歴代の先輩方より1秒でも長く一緒にいたいものです」
……なっ、ななななっ、なんであんたはそんな身体がゾワゾワしちゃうようなことを、平気で、ごく自然に……言えるんですか……。誰がどう聞いても告白にしか聞こえないその言葉に私の頭は一瞬で沸騰してしまった。そんなのずるいよ……もう私何も言えないじゃないの。
「そ、そうだね、ハハハ……」
そんな何を生むことも無い答えしか出なかった。自分が発した言葉の意味の大きさに気づくこともないまま、彼は自宅に向けて歩き続ける。真っ赤な顔で呆然とする私の耳元で副会長は囁いた。
「私はあなたを純の彼女だと認めるつもりはないから」
震えるほど低い声が熱を帯びた私の身体を少し冷ました。少し微笑んでいるように見えたのは気のせいか。どうしても私に彼を渡したくないみたいだ。こうなれば、私も副会長……凛さんと全面戦争の構えをとるしかない。とはいえ、この人ブラコン以外は完全無欠だからなぁ。ああ、先は長い……。
こんばんは。ようやく第3話です。
この小説はいわゆるDTの妄想なのですが、経験がないゆえに想像力も足りないわけでネタが尽きるのもまぁ早いんですよね。というわけで3話にして早くも新キャラ投入です。これを機にますます色佳先輩の災難は混沌を極める予定です。多分。
(自分にとっては)大変たくさんの方にご覧頂いているようで、嬉しい限りです。ネタが1ミクロも思い浮かばなくなるまで書く予定なのでぜひよろしくお願いします。それでは。