まだピースは集まってない
(現在改稿中)
◇
朝の気配で目が覚めた。私は今、昨日泣き叫び疲れて眠り込んだときのままの格好で、自分のベッドのなかにいる。首だけ動かして辺りを見渡すけれど、武彦はもういない。
当たり前か……。
閉められたカーテンの隙間から空が見えた。だいぶ白んでいて、朝日が間もなく顔を出す頃合いの光の量は目にも心にも優しい気がした。
『こんな家族なら要らない』
その言葉が心の中にこびりついている。私は、お父さんのことが許せないぐらい大嫌いになっていたのだ。それに、これからどうなるのか何もわからないせいで怖い。
私に罪を着せたお父さんに復讐してやりたい。昨日はそう思っていたけど、それが本当に私の望みなのかわからない。自分がどうしたいのか胸に手を乗せて問いかけた。
「私は、どうしたいの?」
つーんと刺すような痛みに、呼吸を止める。心はまだこんなに痛くて、涙が溢れた。
色んな気持ちが混じり過ぎて、考えがひとつに纏まらない。私がお金を盗ったと決めつけたお父さんなんか、大嫌い。バカバカバカ!
殴りたいのはお父さんなのに、また殴られるのが怖くて手も足も出ない。悔しいはずなのに、身体が震えてくる。
『おまえはどうしたいんだよ?』
突然。岳彦の顔が浮かび上がる。私の事を本気で心配している、そんな強いまなざしだった。味方がいるって、心強い。震えも、胸の痛みも、すぅっと引いていく。岳彦を頼るしか、今の私には選択肢はない。
ベッドから起き上がり、トイレに向かう。階段を降りていくと、玄関には両親の靴がそろえられていた。
用を足してから、そっとリビングを覗くと、お母さんがそこに布団を敷いて寝ている。お父さんとは同じ部屋で寝たくない、と言ってそうしているのだ。
お父さんは二階の寝室のベッドでひとり寝ているはずだ。喉が渇いて、台所で水道水を汲む。少しだけ流してから汲んだ水は、美味しかった。武彦の家で飲んだ水と同じ味がした。それからベッドに戻って、布団をかぶる。窓の外から聞こえる鳥のさえずりを聞きながら、もうちょっとだけ布団の柔らかな感触に埋もれていたくて、目を閉じた。
◇
「つばめ! 起きなさい!」
お母さんの不機嫌な声の起こされる。まだ七時前なのに、昨日は夕飯も食べずに寝ていたからとお風呂に入れと命じられた。
脱衣所兼洗濯用のかごに脱いだ服を入れていると、後ろからお母さんがやってきて私をじろじろと見降ろしている。その視線が怖くて起立したまま両腕で前を隠すと、なぜか舌打ちをされた。なんか、ショックだった。
追い炊きもぬる過ぎて温水プールみたいだけど、しょうがない。時間もないし、冷たさを我慢して頭と体を洗い終えてから脱衣所に出ると、いつもお母さんが用意してくれるはずの着替えが出ていない。
濡れた体を拭いたバスタオルを体に巻き付けて、自分の部屋に戻って着替えを済ませた。濡れた髪をタオルでくるんだまま一階へと降りていくと、今度は仏頂面をしたお父さんが先に朝食を食べ始めていて、私のほうを見ようともしない。
「………」
蚊の鳴くような声で、おはようと言ってみても誰も何も返してくれず。なんて、重たい空気だろう。つぶれた目玉焼きは焦げているし、キャベツの千切りは干からびている。自分でご飯をよそおって席に着いたと同時に、お父さんは席を立ちカバンをもって仕事へと出かけて行った。お母さんは、台所のぬか床をかき混ぜながらぶつぶつと独り言をいっている。その後ろ姿がなんだか妙に小さく見えて、この短い間にすごく痩せこけてしまった気がした。
ぬか床の匂いに吐き気がして、結局私もご飯を残してしまう。ごめんなさいと謝ってから、ランドセルを部屋に取りに行って家を出た。その時。玄関を開けたときに、背後からなにかの気配が迫った気がした。でも、振り返っても誰もいない。
風が吹いて、近くの木々がざわざわと葉音をたてる。不穏な風が吹いている。胸騒ぎのような、不安が胃のあたりに居座っている。それをどう払い落とせば良いのかもわからずに、私は急ぎ足で学校へと向かった。
塀の低い墓地の脇を通じる細道を歩いていくと、合流地点となる小さな三差路で武彦が立っていた。私に気付くと、俯き加減でも視線を合わせて小さく手を振ってくれる。
心に火が灯ったような気がして、駆け出す元気が湧いてくる。
今の私を知る、唯一の人。私の友達。
武彦は、黒縁メガネを少しずり下げたままにぺこんと頭を下げ、「おっす」と言った。
「よく眠れたか?」
「うん。昨夜はぐっすりだった……」
「そうか。よし、じゃ次に進むぞ」
歩きながら、そんな会話をする。本格的な登校時間より早い時間のせいか、歩いている小学生はまだ見かけない。
「登場する大人は、三人いる。二人はおまえの両親で、もう一人は女の客だ」
「うん。御作みつくりさん」
「おまえは事件当日、その御作さんには会ってないんだよな?」
「そうだよ。会ってない」
「そうか。わかった」
武彦はそれだけ言うと、おとなしくなった。物足りない私は、武彦の前にしゃしゃり出て、歩くのを止める。
「なにが、わかったの?」
「……まだだ。まだピースは集まってない。こういう作業には時間がかかるものなんだよ。悪いけど、昨日と今日とではそんなに進んでない。ぼくは七時過ぎにおまえん家を出たけど、まだどっちも帰って来てなかったな」
がっかりする。胃の辺りにある鈍痛を感じて、吐き気がしてきた。
「顔色がまた悪くなってきたな。おまえ、保健室で寝かせてもらえよ」
「なんて言って?」
「家庭の事情だっていえば、あの先生は黙ってベッド使えって言ってくれる。よし、ぼくが付き添ってやるよ」
武彦は、見た目は真面目そうな地味キャラなくせに、口調がとても男らしくて、そのギャップにドキドキしてくる。背が高いのもあって、自分よりいっこ下だということを忘れていた。彼は五年生で、私は六年生なのだ。
早朝のせいでまだ保健室は空いていなかったけれど、用務員のおじさんに事情を説明してくれた武彦の機転で、保健室を開放してもらってベッドに横になった。
「先生と話してくるから、おまえはとにかく休んでな。それと、あとで本を持ってきてやる」
そういうと、彼は私にすっかり布団をかぶせてから保健室を出て行った。あんな小学五年生の男の子がいるなんて、それが一番夢のようだと思う。




