今度は私が岳彦を助ける番だよ
その後、ひよしは左脚が不自由になってしまい、車いすありきの身体になっていた。でも、問題の霊障は消えたらしい。ただ、周りの大人達はひよしに重傷を負わせたのはぼくだと疑って、いくら説明しても誰も信じてくれなくて、ぼくは粗暴な問題児のレッテルを貼られた。それで、学校に行けなくなってしまった。
半年ばかり経った頃、ひよしは家族もろとも引っ越しをしてぼくの前からいなくなった。彼の親からは憎まれていたし、教師や警察からもぼくがひよしに乱暴したと誤解されていたわけだから、湊と相談した結果ぼくもまた転校を余儀なくされたのだった。
湊からは霊能力を使うべきじゃないと制限されて、転校先では大人しくするようにと約束させられた。だから、ぼくは新しい土地で積極的に付き合うこともしなかったし、不登校という文字から勝手に心配してくれた今の学校の先生たちの親切心に救われ、なんとか生存していた。
自信過剰でひよしを危険にさらし、左足不随にしたのはぼくに他ならない。だから、ぼくが彼に乱暴したという解釈は遠からず間違ってはいないんだと思う。
「岳彦のこと、嘘つきだとは思ってないよ」
彼女がぼくを見ずに、ポツリと言った。
「湊から……どこまで聞いたの?」
声が、情けないほど震える。
「うん。まぁ、だいたい。ふたりが実の親子じゃないってところもちょっと聞いた」
つばめは大人だ。ぼくなどが足元にも及ばないぐらい、大人だ。そう思ったら、急に涙が込み上げてきた。我慢する間も与えずに、熱い涙が頬を伝っていく。
「ぼくが悪いんだ。判断を間違えて、あいつを危険にさらしたことは事実だから」
「予想できない事態が起きて、それをいちいち全部自分の責任にしてたらさ。苦しいに決まってる」
思いがけない言葉だった。奥歯がギリギリと軋む。
「もう充分苦しんだんだから、いい加減自分を許したら?」
「お前になにがわかるんだよ!?」
つばめは特に驚きもせず、じっとぼくを見上げている。
膝立ちから片足ずつ立ち上がると、あまりにもばつが悪くて退散しようと歩き出した、そのとき。ズボンの裾を引っ張られて、つんのめった。
「あぶなッ!」
前に倒れかけて、思わず両手をついた。腹が立って文句言おうとしたら、つばめの方が先に喋り出した。
「ちょっと待ちなよ。みっともない自分からいつまで逃げるの? そんなクヨクヨ悩んでないで、今すぐここで吐き出しなよ! 湊さんにも心開かないなんて。そんなプライドの持ち方、ダサいよ」
たじろいだ。つばめは、よっと言いながら立ち上がると、ぼくに向けて手を差し出した。
「親に言えないことを話せるのが親友だよ。ほら、手!」
小さな紅葉みたいな手がぼくの顔の前に突き出されている。ぼんやりとそれを眺めていたら、しびれを切らしたつばめが強引にぼくの右手を掴まえて引っ張り上げた。
真正面から向き合うなんてただでさえ照れ臭いのに、つばめはぼくのただ大きいだけの手を、両手で挟み込むようにしてしっかりと握りしめている。小さいくせに、やたらと温かい手だ。じわりと目頭が熱くなる。
「岳彦は私の恩人だよ。危険を承知で駆けつけてくれた。あの時、私を止めてくれなかったら、お父さんを殺してた。まだ完全に許したわけじゃないけど、許すチャンスを残してくれた。その恩を、私一生忘れないから」
「……つばめ」
「私達は子供。危険は避けなくちゃいけない。でも、避けられない時はどうする? 岳彦は戦い方を知っているから良いよね。ちゃんと修行して、努力を積み重ねてきた。できることを精一杯やってるのに、なんでそれを無視してたった一度の失敗だけで自分を責めてるの?」
ぼくは、眉をひそめた。つばめは想像した以上に鋭かった。彼女の言葉がひとつひとつ胸に突き刺さる。
「なんでって……?」
理由なんて、考えたこともない。
「私達の感情や行動には、どんな些細なことにも必ず目的があるって、おばあちゃんが言ってた。行動を起こさせているのは、目的があるからだよ。なんとなく起こした行動の中に、掘り起こせばちゃんと目的が見えてくる。ね、今度は私が岳彦を助ける番だよ。私が一緒に考えてあげるから、恩返しさせて」
予期せぬ申し出に、ぼくは吹き出し笑いをする。
「え? なに? なんで急に笑ってんの? こっちは真剣に心配してるのに」
「おまえって、やっぱりすごい厚かましい」
「厚かましい?」
つばめの表情が凶暴なものに変わる。あの青白くて疲れたような暗さが、いまはもう見る影もない。
「そこは、せめて情熱家とでも言ってよね。 これでも私、傷付きやすいんだけど!」
「ははははははは」
いつの間に着替えたのか、つばめはなぜかぼくの服を着ていた。小さい体にはぶかぶか過ぎて、余計に小さい子供みたいに見える。長い髪を切って、ショートヘアになったら随分と大人びた。
切れ長の大きな瞳がぼくを見ていると思うだけで、胸の奥が疼き出す。でも、男勝りな大笑いを見たら、ちょっと引いた。
高身長おばけのぼくを怖がりもせず、呼び止めた度胸。冷たくあしらわれても、粘り強く追しかける根性。たったの小一時間で、ぼくはつばめの世界に取り込まれていたという事実。
閉じていた心のドアを鍵もなく開けて、暗がりにうずくまっていたぼくを見事に引っ張り出した。彼女に出会えていなかったら、ぼくは今頃まだ足元ばかり見て時の流れにも背を向け続けていたに違いない。
ぼくはつばめの小さな手を握り返した。その瞬間、怒っていたつばめの顔がまるで花が咲いたみたいにほころんでいく。
笑顔は、こんなに素敵なんだ。
「良い匂いがする」
「そうそう。湊さんが海老天丼作ってるんだよ。あの人、ほんと凄いね」
「凝り性なんだよ。好きって言ったら、ずっと同じメニューばっかり作るんだ。だから、あんまり褒めちゃだめだからな」
「わぁ〜、うらやましい。私、海老天丼なら毎日食べたい」
ぼくらは手を継いだまま、ドアに向かって歩き出した。
心の空が晴れ渡っていく。ぼくの心に、つばめが新しい風を吹き込んでくれたから。
これから先、雨が降ったとしても、君さえいてくれたら毎日が晴れになる。君が笑えば、ぼくはたぶん秒で笑顔になれる自信がある。だって君は、どんな雨の日にも輝く水溜の太陽だから。
おわり
【更新】完結後、公募リストを漁っていたところ『角川つばめ文庫小説大賞』を見つけ、この作品をそこに応募することに決めました。急ピッチで体裁を整え、改稿をしたもので更新しています。締め切りは八月末日。発表は来年2021年3月末頃発表だったと思います。以上、報告でした。




