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降り注ぐ光の雨を手のひらで受け止めた

カタン


 ドアが閉まる音にびっくりして起き上がりながら振り向くと、つばめが立っていた。なにか思いつめたような強張った表情をしている。


「……どうかした?」


 聞いても返事はない。彼女は無言のままぼくの隣までやってくると、前方の野山を見つめたまま三角座りをした。


 山に近付くほど火山から放たれている大いなる力を取り込むことができると言われている。滝行などの修行の場所があるのは、その恩恵を受け取るため。


 つばめがあのひたすらつらいだけの修行を受けるとか、想像できない。濡れたらほとんど裸同然になるし、下手すると体が冷えきって死んでしまうかもしれない。そんな危険を、敢えて冒してほしくない。そう言いたいのに、言葉にならない。だって、代わりにぼくが四六時中つばめのことを守ってやるとまでは、言えないのだから。


 じっと自分の手を見つめた。切ったばかりの爪を噛みたくなったので、しかたなく人差し指の爪を親指の腹で受け止める。そうしながら頭の上には封印した筈の苦い経験がありありと浮かんで、否応なく過去に引き戻された。


 ◇


『ひよし!』


 抱き抱えた友だちの目には、生気がない。見れば、ひよしの脚が有り得ない方に曲がり、どこからでているかわからない真っ赤な血が、冷たい廊下の床に血溜まりを作っていく。


ゾクリ


 背後に視線を感じる。


ざり、ざり、ざり


 足音が近付いてくる。空気がずっしりと重くのしかかってくる。


ざり、ざり、ざり


 迫り来る気配が濃くなる。なのに、ぼくは振り向くことが出来ない。肺が押しつぶされ、横隔膜が痙攣する。濃厚な禍々しい気配に圧倒され、指一本も動かせない。


蛇は確実にぼくを狙って近付いているのに、無防備のまま金縛りにかけられて死を待つ蛙になった気分だ。


 最悪だ! 力になると約束したのに。


情けなさが込み上げ、喉を焼く。吐きそうだ。


耳鳴りが強くなる。足音はすぐ真後ろに迫っている。


 恐怖と自己嫌悪と後悔で頭がショート寸前だ。気を失っている友を置いて、逃げるわけにもいかない。どうすれば―――。


その時、視界の隅に白い光が動いた。一瞬だけ、重い空気が気にならなくなった。


 圧倒的な力の前で絶望しかけていたが、目だけでも左右に動かせることに気付いて、激しく動かすと金縛りが解けた。あぐらの上にひよしの頭をのせて、両手で印を結ぶ。


必死に悪霊退散を念じていると、視界の上から黒くて長い髪の毛の先が降りてきた。


 心臓が、胃が、上半身ぜんぶが在り得ないほど痙攣して、ぼくは気絶した。


 ◇


「二年前。ぼくは過ちをおかした」


 つばめはぼくの隣で、静かに耳を傾けてくれている。


「湊に認められたばかりでさ。今思ったら、天狗になってたんだ。そんなとき、怪奇現象に悩んでいたクラスメイトから相談を受けて、ぼくは自分だけの力で助けられるって勘違いした。怪異の正体だってわからないのに、忙しい湊に相談もせずひとりで立ち向かった。そしたら、その子が突然、ぼくが見ている前で倒れて足の骨を折った。危うく死なせるところだよ。ぼくも危なかった」


 ぼくの脳裏には、あの瞬間目にした映像が今も悪夢となって蘇ってくる。慌てて頭を振って追い払う。思い出せば、あいつに見つかってしまうから。湊がせっかくぼくを隠してくれた術が、台無しになる。


「ちょっと、だいじょうぶ?」


 つばめの声に、ハッとして顔を上げた。


「顔、青いよ?」


 つばめの手が頬に触れた。確かな体温が伝わってくる。


「……ごめんね。なにも知らずに、岳彦を頼ったりして……」


 つばめが申し訳なさそうに、謝った。


「あ、謝るなよ! 確かにぼくは面倒事を避けてたけど、つばめの強引さに救われたって言うか……。助けられたのは、むしろぼくの方だって思ってるんだ」


「え?」


 つばめの暗い瞳がほんの少し明るくなる。


「とにかく、謝らないで。そうだな……、せめて”ありがとう”にしてくれよ。そっちのほうが気分良いし」


 そう言いながら、つい顔を背けていた。しおらしいつばめをこれ以上見てられない。沈黙が気まずくて、ぼくは続きを話すことに決めた。


「さっきの続きだけど、結果的に助かった。でもかなりギリギリだった。


あー、なにが言いたいかって言うと、 ぼくはつばめが思うほど強くはないんだ。ほんと言うと、かなり弱い。将棋の駒で言うところの、歩兵だよ」


 ぼくとつばめの間に隙間風が吹いた。田んぼの稲特有の甘い香りがする。


「じゃあ、どうして助かったの? 私と出会ったのは、岳彦が生きているからでしょ?」


 聞かれて始めて、ぼくは我に返った。


 確かに、ぼくはひよしを背負って校門の外で倒れていたのだった。通りかかった人が通報してくれて、救急車が迎えに来たときにやっと目が醒めた。どうやって校門まで逃げられたのか、閉じてある門扉を乗り越えられたのか、なんにも覚えていない。火事場の馬鹿力が出たんじゃないかって湊は分析したけど、不確かな推測に過ぎないと思っている。


「運が良かったとしか……。どうにかして逃げたんだと思う。気付いたら、助かってた」


「……ふうん」


 つばめは柔らかく頷いた。

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