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縁があるかどうかだ

 ◇


 朝日が眩しい。湊が電話で話しをする声で目が覚めた。


 もう服に着替えた湊が右手に受話器を、左手は腰をつかむようにして立っている。頭の位置が高すぎて、天井がひどく低く見える。ぼくはトイレに行き、出すものをだして水に流した。その水音の中でつばめに呼ばれたような気がした。


「え?」


 急にトイレのドアが開けられ、血相を変えた湊が「早く着替えろ! すぐ行くぞ!」と言った。


 慌ただしく身支度をして、塩むすびをひとつだけ食べてから家を出た。すでに盛り塩が新しいものに変えられていて、この一番奥の部屋だけが他のどの部屋よりも清められているのを肌で感じる。


 洗濯機を動かす音や、開けっ放しの室内から聞こえるワイドショーの音、朝ご飯の味噌汁の香りなどが狭い通路に流れていた。


 足の長い湊がつかつかと革靴の底を鳴らして歩いていく。ぼくはほとんど走っていた。つばめの祖母の家は、学校を境に逆方向にある。北に広がる森林を仕切るフェンスの前にあった。


 自然界と人間界の境界線に住む人。それがつばめの祖母、門脇織江という女性。


「門脇家は俺の遠い親戚筋だ。お前とつばめちゃんは親戚ということになる」


 来る途中、突然告げられた親戚という言葉に疑問が湧いた。


「どうしてぼくが親戚になるのか意味がわからない」


「お前は俺の息子だからさ」


「血は」


「関係ない。血に拘るな。血が混じっているかどうかじゃない。縁があるかどうかだ」


 まくしたてるように説教された。


 土塀に囲われた旧家の体を成す門脇家に着くと、湊は急に二本指を立て唇に触れながら聞こえない音量と速さで呪いを唱え始めた。ゾワゾワと肌が逆立つ感覚。


 ぼくは湊の背中に回る。見たくない。聞きたくない。触れたくない。


 ここからすぐに逃げ出したいぐらいの怖さに支配され、ぎゅっと肩に力が入る。


「そこにいて。追い払ってくる」


 湊はズカズカと突っ込んでいく。ぼくは道端に落ちている小石の陰に隠れたいぐらい心細くなった。でも、一分もしないうちに「岳彦!」と呼ばれ、目を開ける。


「もう大丈夫。こっちへおいで」


 玄関の引き戸が開いて、中から背中が丸まったおばあさんとつばめが立っているのが見えた。髪を下したつばめはやつれていて、急に大人になってしまったようにも見える。浅黒い肌がうっすらと青みがさしていて、病的になっている。


 湊が恭しく頭を下げて自己紹介を始めると、つばめらも畏まって頭を下げた。


 つばめがポカンと口を開けて湊を見上げているのを見て、ぼくは感じたことのない変な気持ちになった。


「大変でしたね」


「ありがとうございます。来て下さって助かりました」


 ふたりは頭を下げていた。


「当たり前のことをしただけですから、顔を上げて下さい。ところで門脇さん、つばめちゃんのお祓いを先にされたんですね。でも、まだ不完全なので取り敢えず身代わりのお守りを作って差し上げます。岳彦、あれを出して」


 師匠の顔になった湊に指示され、持ってきた鞄から道具を取り出す。玄関の表に置いたのは、湊の商売道具の文鎮だ。これを敷居の前にぴたりと寄せて置く。先程の鬼がまたここに来ないために、門に鍵をかけたような効果がある。鬼からは入り口がわからなくなるのだという。


「悪霊とお母さんの生霊が、がっちり重なっていました。急いでお祓いしてあげないと命に関わるので、大変だけど皆強制参加して貰います。お父さんを呼んで頂けますか」


「今から、ですか?」


「今日やらないと、お母さんが連れて行かれてしまいます。一刻を争います」


「はい! すぐに!」


 つばめのおばあさんは血相を変えて家の奥へと消えていった。


 たった一夜超えただけなのに、やせ細ったように見えるつばめの目だけは、昨日より少しだけ輝きを増して、ちょっとだけ別人に見える。


「はい、これを肌身離さず持っていなさい」


 それは人型の紙に墨で書いた名前は神様のものだ。それをまだ乾き切らないうちに折り畳み、持ってきた札と塩を包んで朱色の袋に入れ即席お守りをこしらえ、湊はつばめに握りしめさせた。つばめの頬が薄く桃色に染まる。


「あ、ありがとうございます」


 ぼくの視線に気付いたように、ハッとした顔でぼくを見たつばめは急に泣きそうな目をした。


「岳彦。昨日はごめんね。大丈夫だった? なんかよくわかんないけど、無茶したんじゃない?」


 こんな時なのに自分の心配よりぼくの心配をするつばめに、ホッとした。


「ぼくのは寝れば元通りになる。お前の身体のほうが今は重症なんだよ。湊は、ぼくのお父さんはタクシー運転手じゃなくて、実は拝み屋なんだ。この道のプロだから安心して」


 気付けば勝手にそんな説明をしている自分がいた。湊がニタニタと笑ってこっちを見ている気配がする。つばめは湊をチラッと見上げて、また頬を赤らめた。


 湊は老若男女問わずモテる。今更驚かないけど、つばめのこの反応はなぜかぼくの心をひりつかせた。


「宜しくお願い致します」


「うん、君は良いものを持っているね。岳彦に頼ったことは偶然じゃない」


 湊に話しかけられて、つばめは俯きながら照れ臭そうに笑っている。益々面白くない。


「目が違いました。誰にもない力強い目をしていた、気がして……」


 ぼくに話しかけてきた時と、明らかに違う遠慮がちな受け答え。恥じらう乙女といった態度だ。


 ぼくは猛烈にガッカリした。


 つばめのおばあちゃんが戻ってくる。目を開けているのかわからないほど細い目で、背の高い湊の顔を見るために首を真上に傾けながら、報告している。話を聞きながら、湊はゆっくりとしゃがんでいった。おばあちゃんとほぼ同じ目線になって、お祓いの手順や準備について説明していく。


 聞けばつばめのおばあちゃんも神職に就いていた経験があるそうで、必要な道具は特別説明しなくてもすぐに通じたので段取りは速やかに進んだ。


「今、調査員に急いで調べさせているので、とにかく大祓いをしてしまいましょう」


 ぼくは湊にお遣いを頼まれ、つばめ親子が着るための白装束を呉服店に取りに行くことになった。電話で注文してあるので、引き取るだけの簡単なお遣いだ。


「私も行っても良い?」


 ぼくが靴を履いている時、つばめが追いかけてきた。お守りがあるなら大丈夫ということで、湊に許可をもらいふたりで取りにいくことになった。この時、時刻は午前九時を過ぎたばかりだった。

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