死神付きの少女
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一年前。ぼくは絶体絶命の危機に陥っていた。すべては自分の考えの甘さが引き起こしたことだった。その結果、大切な友達をひとりを永遠に失ってしまった。そんなことがあって以来、すっかり自信を無くして下ばかり見ていたぼくの前に、女の子が現れた。彼女を見た瞬間、とてつもなく奇妙な感覚に襲われた。
初めて会う子なのに、どこか懐かしい。大きな目、日焼けした肌、黒々とした髪は長く後ろに束ねていて、先へいくほど細くなっている。背は小さいが、態度はでかい。小さな体に似つかわしくないほどの生命力が漲っていた。でも、彼女の家庭内で起きた不幸で不可解な事件の話を聞くにつれて、次第に鮮やかだったオーラが色褪せ、しぼんでいくのをありありと眺めることになった。背後にいたはずの黒い影は見えなくなったけど、時々冷たい気配が細い針のように飛んできて、ぼくを刺してくる。それは彼女が悪い者に狙われていることを暗示していた。
甲賀つばめは、悪霊憑き。
彼女を救えば、ぼくの犯した罪は軽くなるだろうか?
「岳彦、起きなさい。目を開けて、俺を見るんだ」
自分が岳彦という名だと自覚した時には既に両親がいない孤児を、たった人目見ただけで養子にすると決めた、不思議な男。それが、ぼくの父親、敦賀 湊みなと。
湊は陰陽道を学び、呪詛や悪霊祓いを専門とする探偵業を営んでいる。
「ほら、ちゃんと両目を見ろ。しっかり意識しなさい。お前はいまここにいる。どこにも飛んでいくな。ここにいろ」
湊に見込まれてから五年、厳しい修行によってぼくの潜在能力は年齢と共に成長していた。だけど、この一年間は停滞、いやそんな生ぬるいものじゃない。後退したと言っても過言ではない。
「ちゃんと自分の体に乗りなさい。これはお前の大事な肉体なんだ。鍵もかけずに留守にしたらどうなるのか、散々嫌な思いしてきただろ? さぁ、へそに意識を集中しろ。ほら、もっと丹田に力を込めて」
節くれだった指が、ぼくのへその下を突く。許可もなく体に触れられて、ぞくりと身震いした。でもそんなことは関係ないとでも言いたげに、湊は目を細めてぼくを睨む。
「自分の面倒を見ろ! あの子を救いたいのなら、しっかりしなさい!」
気が付けば、自宅に戻っていた。ぼんやりと思い出す。一番最後に見た光景は、校長先生の机の奥で泣いているつばめの顔。おもむろに両手を見下ろした。力を使ったのは久しぶりのことだった。うまくやれたのか、まったくわからない。
「……お父さんがぼくを背負って、ここまで?」
「そうだよ。教頭先生が電話をくれたからね。厄介なことになったな」
笑顔と言葉のギャップに、ぼくは首を傾げた。湊は肩をゆすって笑う。
「とうとう自分の意思で岩戸を開けて出てきてくれた。いや、これはめでたい」
華やかな男の屈託のない好奇心が鼻につく。
「そんな、良いもんじゃないよ」
「俺は純粋に嬉しいよ。岳彦、おかえり」
嬉しさを隠せない子供のように、良く笑う。
「そんなことより、つばめは? あの子に会ったんだよね?」
「もちろん。あの大人びた少女は倒れたお前のかたわらで心配そうにしていたぞ。顔色がとても悪かったが、まぁ体力と気力はかなりありそうだった」
「どう? 彼女は助かると思う?」
「俺は預言者じゃないぞ?」
とぼけているのだろうか。ぼくにこの世の生命についてあらゆる知識とそれをどう扱えば良いのか事細かく伝授する師匠のくせに、もったいぶったことを。
「つばめに憑いている、あの黒い大きな……」
「俺に見えなかった。隠れていたのかもしれないが、あの場面では他人の子より我が子のほうが大事でそれどころじゃなかったしね。一度に力を使って、お前の防御が完全に崩れていたから、そっちがの方が一大事だった」
そう言いながら、湊は上半身裸のぼくの身体を摩ったり、手のひらをぴたりと当てながら修復してくれている。
「加減を覚えるまでは、こんな失敗の繰り返しだろうけど。まぁ、良いさ。その分、俺が手を焼いてやる」
にんまりと笑顔を向けられて、ぼくは直視できずまた目を反らせてしまった。露骨な優しさは嬉しいけれど気恥ずかしい。長いこと親不在だったこともあって、どう接すれば良いのか正解がわからず戸惑ってばかりいる。くしゃりと髪を撫でまわされた。
「さぁ、修復作業は終わった。ご飯でも食べながら、これからどうしたいか話してくれ。俺も手伝ってやるから」
湊が手伝ってくれるなら、百人力だ。思わず顔を上げ、目と目が合う。デレデレとした奇妙な笑い方に、ぼくはまたうんざりした。




