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小雪ちゃんは、あきらめない  作者: 平原みどり
第一章 長い一日
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インターバル 九曜清明

「北七さんのあの髪、どういった風の吹き回し? イメチェンでも狙ったの?」


 小雪と入れ替わるように子規の眼前に現れたのは、男子にしては小柄で――ビスクドールのような造形めいた顔を持つ生徒、九曜(くよう)清明(せいめい)

 子規の数少ない友人の一人であり、彼が高校に入学してからは最も仲良くしている男子生徒だ。


「学食、混んでた?」

「相変わらずパンと麺コーナーは人気だね。席は座れないほどじゃないけれど」

「俺も一回は学食の昼飯食べたいんだよな。入学してこの方、機会がない」

「子規には愛妻弁当があるからね。それも今は二つなんだろう? まったく、このハーレム男には呆れるしかない」


 頬に手を当て、清明は苦笑した。

 その柔らかく笑む彼を遠目に見ていた女子生徒たちが「はーぁ」と頬を染め、恍惚とする。

 そう優しく微笑む彼を遠目に見ていた男子生徒たちが「はーぁ」と頬を染め、陶然とする。

 中性的でどこか浮世離れした彼のルックス――そのアルカイックスマイルを見た者は、大抵息を止め、その後うっとりと吐息を漏らすのだ。


「それで?」

「あれな、ユキの()だよ。今までの黒髪ロングが作り物」

「あれ、天然モノなんだ。僕と若干かぶってるのかな」


 そう言って目元まで伸びている柔らかな前髪を指先でつまむ。明るい赤栗毛を指にくるくると絡ませる。


「清明のサラサラストレートと違ってクセは強いけどな。ま、あいつには良く似合ってる」

「で、なんでまた戻したのさ」

「悲しいすれ違いの結果、とだけ」

「ふぅん?」


 その二人のやり取りを聞きながら、自身のお下げをニギニギとしていた啓が口を挟む。


「子規くんは、あーいう髪型が好きなのかな?」

「いや、その人にあっていればどんな髪型でもいいと思うよ」

「啓、いつもお下げだったり、お団子作ったりして……子供っぽすぎる?」

「よく似合ってるよ。すげぇ可愛い」

「……ぐふっ」


 顔面を完熟トマトのように真っ赤にさせ、慌てて鼻頭を手で抑える。

 清明がその痴態を呆れたように見つめる。


「君のストレートな物言いは好感が持てるんだけどね。他の人に言うのは極力控えた方がいい。北七さんにも悪いだろう」


 その清明の言葉で、啓の真っ赤だったその顔色がすっと冷めた。


「せ、せーめーくん?」

「うん、なにかな、四条さん」

「なんで、小雪ちゃんに悪いの? 他の人って啓のこと? 子規くんの彼女は啓だよ?」


 清明がすっと目を細めた。


「ああ、四条さん、子規の彼女(笑)(かっこわらい)だったね。ごめんごめん、すっかり忘れてたよ、その設定」

「は、はぁ? 設定ってなに」

「あれ、違うのかな。だって、君みたいな子が」清明は嗤っていた「子規の彼女だなんて……ね?」でも笑っていなかった。


「四条さんも大概だよね。子規の隣にはずっと北七さんがいたっていうのに、恥ずかしげもなく割り込んできてさ。そんな恥知らずが、どの面下げて子規の側に居座っているんだろうって、僕興味があったんだ」


 彼の薄い碧眼(ドールアイ)が、無機質に啓を見つめる。


「まあ、実際、さっきのメスぶ……四条さんを見れば一目瞭然だったけど」

「せーめーくん、いま、」

「もうさ、いっそのことやめなよ、その設定。ただのクラスメイトに戻ったほうがいい。うん、そうだ。それがいい。さぁ、四条さん、今ここで子規に言いなよ。『子規から手を引きます。別れます』って」


 細めていた目の、その瞳の奥に嘲笑と侮蔑と悪意を感じ取り――啓は顔面を蒼白にさせた。


「さぁ、早く、早く、早く――はやく言えよ」

「……え、あ?」


 啓の身体が彼の毒心に反応し、無意識に、小刻みに震え始める。


「清明」


 清明は口元を三日月型に形作り、無機質な笑みを子規に向けた。

 子規は身体を硬直させている啓の肩を自分に引き寄せ、胸元にその小さな頭を押し付ける。


「啓ちゃんは俺の大切な彼女なんだ。彼女が告白してくれて、俺がそれに応えた。正真正銘の恋人だよ。あんまり虐めないでくれないかな」

「……へぇ?」


 子規の突然の抱擁に、先程の恐怖より幸福感が勝ったのか、啓の硬直(スタン)はいつの間にか解かれていた。

 恍惚の表情で「すーはー」と子規のシャツの匂いを嗅ぎ、勝ち誇った顔で清明に目を向ける。


「そ、そういうことなんだから、せーめーくんにどうこう言われる筋合いはないんだよ」

「あそう……ま、いいや」


 子規の肩に手を置き、耳元に口を寄せ「それじゃ、子規、また放課後」爽やかな柑橘系の香りを残して立ち去った。

 啓は、彼の後ろ姿が見えなくなるまで「うーうー」と警戒する番犬のように唸り声を上げていた。


「啓、せーめーくんに何かしたかなぁ」

「いや、さっきのは一方的なあいつが悪い。にしても、突然どうしたんだろうな? あんなこと言うやつじゃないんだけど」

「せーめーくん、怖かった」


 すりすりと子規の胸元に頭を擦り付ける。


「啓ちゃんと仲良くしてたのが羨ましかったのかな。あいつ、彼女欲しかったのか」

「うーん。せーめーくんなら作ろうと思えばすぐ作れるよね。怖いぐらいに綺麗な顔してるから、みんなちょっと引いちゃうけど」

「まあ、なあ」

「でも、いつも優しいせーめーくんにも怖い顔があるんだねぇ。裏表がある人って、啓、ちょっと怖いかなあ」


 その台詞に、その言葉を聴いていた生徒が一斉に彼女に振り返った。



「くそっ、あの雌豚っ!」


 なんであんなあざといビッチがっ、あんな淫売がっ、あんな売女がっ、子規の彼女なんだ!

 顔に笑顔を貼り付けたまま教室を後にした清明は、普段人のこないトイレの個室でぶつぶつと呪詛を呟き続けていた。

 美麗な顔を酷薄に歪めながら、怨嗟の声を吐き続けていた。


 北七小雪が彼の側にいるのはまだ許せた。

 というのも、彼女の存在は清明にとって非常に都合が良かったから。

 普通の感性があれば、小雪のあのストーカーのごとく執拗につきまとう姿を見れば、子規に近寄ろうとはしない。

 誰も好んで修羅場――泥沼に足を突っ込もうなどとは考えない。

 いわゆる小雪は子規に対する絶対的な防波堤のはずだった。

 だからこそ清明は小雪の存在を許容していたし、積極的に排除しようとは考えていなかった。安心していた。


 だが、つい先日――一週間ほど前に、子規に告白したという雌豚(ビッチ)が現れた。

 あまりに無謀な馬鹿の登場に、清明は呆れよりも憐憫の情すら抱いていたのだが、その結果は天地鳴動するかの如く彼に衝撃を与えるものだった。


『二重子規が四条啓の告白を受け入れた』


 その劇的なニュースは、瞬く間に学校中を駆け巡る。そしてその関係が公認となり、側にいつもと変わらぬ小雪の姿の他に、彼女――啓がいることで、今の歪な関係が出来上がっていた。

 清明は子規の胸元に引き寄せられ、幸せそうに彼の胸で鼻を鳴らしていた啓を思い出す。


「くそっ、あの雌豚っ! なんて羨ましいんだっ!」

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