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小雪ちゃんは、あきらめない  作者: 平原みどり
第一章 長い一日
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北七小雪 VS. 四条啓 2

「はい、シキ。あーん」

「あーん」


 子規はぱくりと差し出された厚焼き玉子を口にする。

 もぐもぐとしっかり咀嚼し嚥下する。うん、と一つ首肯し笑みを浮かべた。


「ユキの玉子焼きはやっぱり美味いな。上品な甘さと、この口溶けのよさは市販のやつでもなかなか出せない」

「甘味づけに和三盆と蜂蜜を使ってるからね。甘いもの好きのシキに合うように作ってあるんだ。はい、今度はこっちの伽羅蕗(きゃらぶき)。あーん」

「もぐもぐ……うん、この絶妙な甘辛さ、アク抜きも丁寧だし文句なく美味い」

「ふふ、いいお嫁さんになれるかな、あたし」

「おう。ユキと結婚するやつは幸せだと思うぞ」

「じゃあ、あたしと結婚を前提に付き合って下さい」

「ごめんなさい。お友達で」


 学校の昼休み、子規に寄り添うように隣席する小雪は、お手製のお弁当で餌付けをしていた。

 そんな二人を――キャッキャウフフとまるで恋人同士のようにイチャつく彼らを、教室内に残っている生徒たちは微笑ましいものを見るように――否、何か恐ろしいものを見るように遠巻きに伺っていた。

 そう――彼らの傍らにはもう一人、顔を引き攣らせ無理に笑顔を作っている四条啓がいる。


「ね、ねえ、子規くん。小雪ちゃんのだけじゃなくて……啓のお弁当も食べて」

「あ、ごめんね、啓ちゃん。つい」

「う、ううん、いいんだよ。今日は中華なんだ。はい、あ、あーんして」


 啓は緊張で震える手でシュウマイを箸にとり、子規に差し出す。

 子規は一口でそれを頬張ると、嬉しそうに彼女に微笑みかける。


「美味しい」

「えへ、えへへ、よかったぁ」


 子規に差し出した箸をそのまま自身の口に咥え「ふへ、ふへへ」とモジモジする。

 小雪はその啓の奇態を見て眉を潜め、ふん、と軽く鼻で笑う「冷凍食品の手抜きのくせに」

 啓はピキッと一瞬頬を引き攣らせるが、直ぐ表情を笑顔に戻す「おかずがババ臭いんだよ」


 いつもとは違い、今日は子規を挟んで火花を散らす少女二人。

 子規は「二人の間で何かあったのかな」とのんきに考えていたのだが、普段はおどおどとおとなしく小雪の後塵を拝していた啓の変化に、周囲は緊張を走らせていた。


「ユキと啓ちゃん、なんか仲良くなった?」

「「なってない」」



『1年B組の北七小雪さん。職員室の担任のところに来てください』


 三人がお弁当を食べ終え人心地ついていると、教室内に呼び出し放送が鳴り響いた。

 「あー」顔を顰めながら「仕方ない、行ってくる」後ろ髪を引かれるように、小雪は子規の元を離れる。

 「……ざまぁ」啓がボソッと呟いた。



 ざまぁ。

 啓は満足気に小雪の背中を見送り、子規にもたれ掛かった。幸せ。


 先程の校内連絡――呼び出しはおそらく、彼女の髪の件だろう。

 あんなにも見事に校則違反を犯す小雪に、啓はある種の畏怖を抱いていたが、違反は違反だ。きっちりとその罰を享受してくれと思う。停学になったら彼女の居ない分、子規にべったりと甘えられる。二人だけの時間がもっと増える。

 「えへ、えへへ」ピンク色の妄想が啓を侵食し始める――が、その幸せな脳内世界に、どうしても小雪が割り込んでくる。そう、わかっている。啓は、どうしたって小雪という存在を無視できない。


 北七小雪は、可愛い。

 今日の朝、校門前で彼女の姿を見た時は衝撃が走った。

 前の黒髪ロングも物凄く可愛いと思っていたが、それとは次元が違った。

 ストン、と何かがピッタリと嵌った。ただでさえ可憐だった彼女が、その髪型になったことでより完璧な存在に昇華した、いや、擬態していたものが解かれ真実が(あらわ)になった――そんな感じだった。


 啓は下唇を軽く噛む。

 彼女は自分がこの高校でも、屈指の美少女だという自覚があった。

 自分のあざとさに寄ったこの可愛さが、男子生徒の琴線に触れまくることも分かっていた。校内では『愛玩動物(マスコット)』という二つ名さえ戴いているのだ。

 勿論、啓の他にも、美少女、美人だと持て囃され、二つ名がつくような存在は何人かいる。

 有名な所では、


男装少女(イケメン)』三枝雨水。

愛玩動物(マスコット)』四条啓。

魔女教師(ウィッチ)五十立(いがだて)(はる)

偶像虚像(アイドル)』六花立夏。

性別超越(ジェンダーレス)九曜(くよう)清明(せいめい)


 啓自身、自分がこのグループの中に入っているのは当然だと思っているし、この中に並んでいても決して引けは取らないと自負もしている。


 だが――『偏執狂女(ストーカー)』北七小雪、彼女は別格だった。


 啓は下唇を強く喰む。

 外見(そとみ)の華美だけなら、芸能人でもある六花立夏が頭一つ抜けてはいる。

 ロリ枠なら啓だし、イケ女ン枠なら三枝雨水など、二つ名つきグループの中での住み分けは出来ている。

 その中にあって、北七小雪は何かが違った。

 啓には何が違うのかは(わか)らなかったが、結論だけは(わか)った。


『彼女は一人の少女として完成されている』


 啓はあんなにも可憐で(さん)たる存在を知らない。あんなにも透明で装飾されていない存在を、彼女以外知らない。


 ――でも、啓の勝ちだ。

 子規くんの恋人になることができた。子規くんを、あの小雪ちゃんから奪うことができた。


 仄暗い笑みを浮かべる啓の脳裏に、朝方の小雪の声が響いた。


『あたしはシキから絶対に離れない』


 あきらめてよ、小雪ちゃん。

 啓は、子規くんを絶対に離さないんだから。

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