北七小雪 VS. 三枝雨水
朝早い通学路。人影はまだまばらで、登校してくる生徒も殆ど居ない。
秋から冬へと移ろう季節。最近では天気に恵まれず雨模様の日が多かったが、今日は雲一つない快晴だった。
それでも気候は肌寒く、北七小雪は首にシンプルに何重にも巻いたマフラーで口元を隠し「うー、寒い」身体を震わせる。
彼女が着ている制服――ワンピースタイプのセーラーの上半身は白色のコートとマフラーでしっかり防寒しているのだが、ワンピースの裾は膝下15センチとはいえ、御御足は見事なまでの素肌だ。
「足元から……冷えが来る」ぶつぶつと呟き、ぷるぷると震える小動物のような彼女が校門を潜ろうとしたその時、
「おい、北七!」
背後から叫声が響いた。
彼女は頭半分で背後を見やり――その声の主を認めると、すぐに目を切りスタスタと歩を進める。
「やっぱり北七じゃねぇか! 無視すんな!」
朝から怒声を張り上げるその女子生徒――小雪はたしか彼女を同学年別クラス1年A組の三枝雨水だと認識していた。
身長は高めで、健康的な色黒の肌で引き締まった肢体をしている。
ショートボブに収まる小顔には、少し釣り上がった切れ長の大きな瞳とすっと鼻筋の通った鼻、そして厚めの色香ある口唇が配置されている。
イケメン女子だ。
小雪は、校内では美少女として知られる彼女をそれなりに識ってはいたが、特に話したこともないし、別段親しいわけでもない。
こうして怒鳴られる謂れなど、何も思い浮かばなかった。
ただ彼女の後ろ――雨水の背後に隠れるようにして俯き、おどおどとしている女子生徒のことはよく知っていた。
小雪はその彼女が同クラスの四条啓だと再認し「……ちッ」足を速めながら誰にも聞こえないように小さく舌打ちする。
しかし、早くこの場から去ろうとする小雪を、雨水が許さなかった。
小雪が肩からかけているスクールバッグの紐を強引に引っ張り、無理やり振り向かせる。
小柄な小雪が、くるり、と廻った。
小雪より頭一つ背の高い雨水が彼女を見下ろす。眉間を寄せ半眼になった小雪と視線がぶつかった。
雨水がふんっと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「へぇ、髪切ったんだ。しかも色抜いてパーマかけるとか校則違反だろ。停学おめでとう」
「はぁ。てゆーか、お前、誰?」
雨水は渋面を作り――口の端を引き攣らせる。
「……三枝。1年A組の三枝雨水。北七、お前とは中学の時からずっと一緒だったと思うんだけどな?」
「はぁ。てゆーか、お前なんて知らねーし。ホント誰だよ。気安く話しかけんな」
唾棄するように吐き捨てると、バッグの紐を掴んでいた雨水の手を叩き落とす。
ばちんっ、と乾いた音が校門前に響き渡った。
「……痛っ! こ、こゆ……お、お前っ」
「じゃあな、もう二度と話しかけんじゃねぇぞ、糞が」
侮蔑の視線を投げかけ、小雪は今度こそその場から去ろうと踵を返し、
「こ、小雪ちゃんっ! 待って!!」
雨水の影に隠れていた四条啓が、いつの間にか彼女の前に回り込み立ち塞がるのを見て――「はあぁ」と深く嘆息した。
◆
雨水は腕を組みながら、目の前の二人を見ている。
啓が小雪を追いかける形で、じゃれつく子犬のように必死に話しかけている。
四条啓は友人だ。
高校に入学してから知り合った彼女とは、同じ部活の仲間でもある。
雨水は快活そうなスポーツ少女のような外見をしてはいたが、実はバリバリの文化系。それも漫画部だ。
今も、雨水の背負っているリュックの中には漫画を描くための道具がこれでもかと詰め込まれている。
そんな彼女が啓にお願いされたのはつい先日。
「雨水ちゃん。北七小雪ちゃんとお友達なんだよね? 啓、小雪ちゃんとお話がしたいから協力して」申し出があった。
故に、朝から校門前で小雪を待ち伏せし、こうして邂逅を演出した。
雨水からしてみれば、啓と小雪は同じクラスなんだから気軽に声をかければいいだけだと思うのだが、なんでもそれを許さない――小雪には誰も話しかけられない、触れられない、そういった空気があるのだという。
雨水には、それがどうしても腑に落ちない。
「……小雪、ちゃん」
雨水は口内でボソリと呟く。
雨水と小雪は友達だった。高校に入学する前は仲の良かった知己だった。
――親友だと、思っていた。