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小雪ちゃんは、あきらめない  作者: 平原みどり
第二章 長い一週間
19/33

六花立夏 VS. 五十立春

 袖口を引っ張られながら、六花立夏は応接室へと連行されている。

 立夏を引き連れ、怒るようにずんずんと大股で歩を進める五十立春を前にしても、彼女は「あー袖口が伸びちゃう」自分の立場を理解していなかった。


 お気に入りのニットなのになぁ。まぁでも、びよんびよん伸びる袖口も可愛いかなぁ。


 伸びたニットの袖口をびよんびよんさせている自分の姿を想像して、ぐふふ、と気持ちの悪い笑い声を出す。


「……あん? なんだ、お前、喧嘩売ってんのか」

「め、滅相もございません」


 春はドアをバンッと乱暴に開け「座れ」一番手前にあった椅子を指差す。

 「はぁーい」緊張感のない声でぽすんと腰を落とすと、隣りにいたよく見知った顔に向かって微笑みかけた。


(より)ちゃん。なんでここにいるの?」


 立夏が所属している芸能事務所の専属マネージャー、千賀(せんが)(より)

 穀の顔が強張っている。ぎちぎちと錆びたブリキのおもちゃのように、立夏にその顔を向けた。


「なんで、じゃないでしょう? 立夏」

「だって、穀ちゃん、ここの生徒じゃないじゃん。もう三十路の行き遅れたおば、ひっ」


 がっしりと肩を組まれ、下から覗き込む角度でメンチを切られる。怖かった。立夏はとても怖かった。

 しばらく「あん?」とか「いまなんつった」など、重低音の恫喝を一身に受け、立夏が身を震わせていると、


「そのへんで。さて、千賀さんでしたか」


 春が立ち上がり、懐の名刺入れから名刺を一枚取り出し、差し出す。


「はじめまして。四立(しりゅう)大学附属高等学校教諭、五十立春と申します。六花立夏さんのクラスを受け持っています」


 すっと、慣れた仕草で穀もまた両手で名刺を差し出す。


「ご丁寧に。ルナ・プロダクション、千賀穀でございます。立夏さんの専属マネージャーをさせて頂いております」


 両者揃って、綺麗に名刺をやりとりしている様を見て、


 へぇ、春ちゃんセンセ別人みたい。それに教師って名刺持ってるもんなんだぁ。


 へぇ、へぇ、と自分の顔を交互に何往復もさせる。

 やがて二人ともに、お互いの名刺を名刺入れの上に置き机にのせ、着席する。場の空気が張り詰めた。

 ただ一人、立夏だけは足を交互にぶらぶらさせ、穀に差し出されたのであろうお茶にこっそりと手を伸ばす。

 ぺしり、とその手が穀にはたかれた。


「お時間をとらせてしまい、大変申し訳ありません。こうして、授業があるにもかかわらず、」


 春が右手を前に出し、穀の言を遮った。


「前口上は、結構です。時間もないので。単刀直入に伺います。六花さんの保護者でもないあなたが、事前連絡もなしに突然こちらに来られた理由をお聞かせ下さい。学期末の欠課についての補習計画は彼女の両親、事務所にも既に送付したはずですが」

「事前連絡なしで伺ったことは、大変申し訳なく思っています。私共にとって、それほどの大事なのです。私も簡明直截(かんめいちょくせつ)に申し上げますが、六花立夏を返してもらいに参りました」

「返して、もらう?」

「はい。この子、立夏が昨晩、突然、弊社プロダクションを辞めると、そう言いました」

「……は?」


 春が目を真円にさせ、立夏に振り向く。

 立夏は片目をつむって舌をペロッと出した。えへへ、とはにかむ。春のこめかみが引き攣ったのがわかった。大分いらついたようだった。


「それで、その、この子が辞めると言いだしたその理由が……」


 先ほどまで流暢だった穀のその口調が、まごつき始める。


「なんでも、同じクラスの……」

「ねぇ! 春ちゃんセンセ!」


 机に手を付き、身体を前のめりにさせ、立夏は春に挑むように声をかける。その瞳は爛々と輝いている。


「な、なんだ」

「小雪ちゃん、いないんでしょ? 一週間、停学になったんでしょ?」

「あ、ああ、停学じゃなくて自宅謹慎だけどな」

「どっちでもいいよ。一週間、学校来れないんだよね?」

「まぁ、そうだけど」


 うふ、うふふ、と両手で口を覆い、艶やかに笑う。頬も若干紅潮していた。


「……こんな感じで、意味が、わからないんです。訳が、わからないんですよ。その北七小雪さんという生徒が、一週間の自宅謹慎になったから、何故、うちの立夏が事務所を辞めなければならないのか、皆目検討がつかないんです」

「こいつに……いえ、六花さんに聞けばいいだけのことでは」

「それが、いくら問いただしても、その、この一週間が自分にとって人生で一番大事な一週間だからと繰り返すばかりで」

「……なるほど」


 春は、何かが腑に落ちた、そんな諦めにも似た表情を浮かべた。片手を額に当て、天を仰ぐ。


「なにか、ご存知なのですか」

「なんとなく、ですが」

「でしたらっ」


 穀が身を乗り出す。


「教えていただけませんか。その北七小雪さんという生徒を含めて、お話し合いの場を設けていただけませんか。今、私共は彼女を、六花立夏という存在を失うわけにはいかないんです。今まで彼女にどれだけ投資してきたか、それにこれからの契約だってどれだけ損害が大きいか……」


 そこで言葉を区切る。


「いえ、違うわね」


 椅子の背にもたれかかりながら、自分の隣ででれりとしているその当人を横目で見やった。


「この子を失うということ、それは、芸能界にとって、ううん、日本という国にとって計上できないくらいの損失。彼女はただのアイドルじゃない、女優じゃないんです。その容姿で、演技で、言動で、そして彼女自身の華で、真に人の心を動かすことの出来る、そんな存在なんです」

「だからわたしなんてそんな大層なもんじゃないって、何回言ったらわかってくれるのさ」


 眉間に皺を寄せ、ぶすっとした顔で立夏は穀を睨む。その立夏の膨れた頬を見て、穀は苦笑いする。


「残念ですが、学校側としては生徒間同士の揉め事には必要以上に干渉しません。当然、大手芸能事務所がその生徒間に負の形で関わってくるのであれば、それを止めるでしょうし、今後学校側としても問題提起せざるを得なくなります」

「ですが」

「ですが、」


 同じ言葉を被せ、


「今回の件。もうしばらくお待ちいただけませんか。そう、彼女の言う、一週間。六花さんは、まだ事務所を正式にはお辞めになられてはいないのでしょう? 仕事の兼ね合いも、なんとかできませんか。一週間くらいでしたら、体調不良等の理由付けで引き伸ばすことはできませんか」

「それくらい、でしたら、でも、」

「はい、その後のことですよね。これは私の希望的観測に過ぎないのかもしれませんが、」


 あ、春ちゃんセンセ、俺じゃなくて私だって。あは、似合わないなぁ。


 軽く吹き出した立夏を、春がじろりと睨む。


「おそらく戻りますよ、六花さんは」


 じろり、と睨んでいた春の口の端が嫌らしく釣り上がった。

 カチン、と笑っていた立夏の口角が苦々しく釣り上がった。


「戻ることはないと思うよ、わたし」

「なるほどね、自信満々なわけだ、六花さんは」

「その呼び方やめて、気持ち悪いから」


 立夏は、春の「おそらく戻る」という言葉に苛つく。それはすなわち、立夏の敗北を示唆しているのだから。


「うん、そうだな。お前の前で猫かぶるのも気持ち悪かったな、悪ぃ悪ぃ。でだ、六花」


 相好を崩した春を見て、穀が目を見張る。


「お前、なんでこのタイミングなんだよ」


 ふんぞり返った春が、椅子の肘置きで頬杖をつきながら顎をしゃくる。


「だって小雪ちゃんが一週間も完全にいなくなるなんて、こんな機会なんて二度と訪れないもん」


 立夏は確信していた。


「そんなこたぁねぇだろう。風邪引いて寝込むこともあるだろうし、怪我して入院することだってある。家族で海外旅行に行くときもあるだろうし、実習や研修で長期間離れることだって、これからいっぱいあるだろうよ」


 春の立てたパターンを頭に思い浮かべ、一つずつ頷いていく。そして、


「無理だよ。風邪引いたって、怪我をしてたって、小雪ちゃんはあきらめない。あの子が家族旅行、学習指導や研修なんかの優先順位をあげるはずがない。だから強制性が必要だったんだよ。わたしはね、」


 立夏はその想像に、心の裡の仄暗い愉悦を感じた。


「誰かが小雪ちゃんを殺さない限り、あの子は絶対に離れないと思うんだ」


 その立夏の本気の表情を見て、穀の背筋を怖気が襲う。


「それか、強制的に引き離すか、か」

「うん、それが今回の自宅謹慎。わたしだって拉致監禁したり、大怪我おわせたり、ましてや殺したりなんて、そんな物騒なことしないよ」

「そういうところは狂ってないんだな」

「うん? よくわかんないけど、この一週間が勝負なんだ。この一週間でなんとかできなければ、一生かないっこないって、わたしの直感がそう言ってるの。そして、この勝負は必ずわたしが勝つんだ。だから、芸能界にもう戻ることは絶対にありえないんだ。だって、そうなったらわたしの未来には、」


 立夏は頬を染め、身をぶるりと震わせた。

 恍惚の表情を浮かべ、甘く、熱く吐息する。その上気した立夏の表情はとても艶めかしかった。

 その表情を見た春と穀は、心臓を鷲掴まれたような錯覚を起こす。同性なのにまるで劣情を催されたように心音が高まる。


「もう二重子規くんしかいらない」


 両手を頬にあて、うっとりと、夢見る少女のように瞳を潤ませる。


「り、立夏。だ、誰よ、ふたえしきって」


 立夏はその言葉を無視する。


「ねぇ、春ちゃんセンセ。わたしはやく教室行きたいんですけど。時間もったいないんですけど」

「……そうか。わかったよ。それじゃ、お前はもういい。行っていいぞ」

「わぁ、やった。それじゃ、ごめんね、穀ちゃん? 社長にも謝っておいてね。落ち着いたら、また謝りに行くから、ね?」


 勢いよく立ち上がり、両手を合わせ、片目を瞑る。ちょっとした仕草、わずかな言動、その一つ一つが絵になる。華がある。


「おい、六花」

「ん? なぁに」

「お前イカれてるな」

「えーなにそれー」


 イカれてる? よくわかんないけどさ。だって、人生で一番大事な「一週間」なんだよ。時間無駄にできないじゃん。

 確かにわたしは正面切って小雪ちゃんとは戦えなかった。敵前逃亡した臆病者。だけどね、正々堂々と勝負することだけで勝敗が決まるんじゃないんだよ。泥棒猫? 間女? 結構です。最後は絶対叫んでやる。六花立夏、大勝利! ってね。



 廊下から何やら叫び声が聞こえた。「大勝利っ」とよく分からない叫声だった。まったく、傍迷惑なやつだった。

 春は、自分の生徒たちに、何度も何度も何度も何度も何度も、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、言っていたはずだった。


 俺に迷惑をかけるな、と。


 それがどうだ。昨日の北七小雪の暴行事件に引き続き、三枝雨水の突然の転校発言。そして今朝それらの処理で憂鬱な状態だった所に、この六花立夏の一件が持ち込まれる始末。椅子にもたれて両手で顔を覆いながら、はあぁ、深く深く嘆息する。


「あ、あの」


 そうだった。まだ、千賀なんとかさんがいたんだっけな。


「……はい、なんでしょう」

「先ほどまでのお話なんですが」

「あー、そうでしたね。説明、必要ですよね?」

「当たり前じゃないですかっ」


 キリッと鋭い視線を送ってくる。なるほど、大手芸能事務所で海千山千の相手と対峙してきた女傑といった雰囲気だ。

 その眼鏡の奥の細長い瞳からは、決して誤魔化されないといった強い意志が窺える。彼女の眼鏡の銀フレームがキラリと反射した。


「要は、単純な話なんです」

「単純、ですって?」

「ええ、単純。とても単純な色恋話です」

「色、恋」


 本当に下らなすぎて、説明する気も起きない下世話な話。

 ただ、そのストーリーに登場する人物が軒並みやっかいな、一癖二癖もある――いやそんな程度で済めばいい。軒並みやばい()()()だというのが問題だった。


「とても仲の良い二人の男女がいます。幼馴染なんですよ、彼ら。そのうちの女の子の方がですね、先日自宅謹慎になりました。しばらく学校でも生活の上でも離れ離れです」

「はぁ」

「そこで、その女の子がいない間にその男の子のことを略奪してしまおうというのが、今回の六花のお話です」

「はぁ――はぁ!?」


 ね、下らなすぎるでしょう。下賤なお話でしょう。


「あの立夏が略奪ってどういうことなんですか? そ、そんな泥棒猫みたいな真似」

「みたい、じゃなくて、まんま泥棒猫ですね。間女、とでもいうんですか。あるのかね、そんな言葉」

「そんな、ことの、ために」


 彼女の輝いていた眼鏡フレームがくすんだように見えた。


「そんなことのために、あの馬鹿、失礼、彼女はみんなの期待を裏切って、芸能界を袖にしようとしているんですよ」

「そんなの、誰が、予想できるっていうの」

「まぁ、そうでしょうね。今最も輝いている女子高生アイドル、あぁ、女優と言ったほうがいいのかな。これからの芸能生活、光り輝くカーペットが延々と伸びていたはず。あぁ、観ましたよ『夏の日』。いや、ストーリーは陳腐で、失礼、朴訥で雰囲気あるものでしたけど、」


 その時の衝撃を思い出す。口に絶え間なく放り込んでいたポップコーンを、何度か吐き出した。

 六花立夏はすごかった。すごいとしか言いようがなかった。いや、演技自体は稚拙だったといっても差し支えない。台詞だって、彼女のまわりで演じていた同年の出演者と比べてもたどたどしかった。

 ただ、その稚拙でたどたどしい彼女の初々しさすら、演技の中の演技であることを春は見抜いていた。

 彼女は輝いて見えた。彼女が動く度、口を開く度、彼女が風を受けるときでさえも、キラキラと輝いて見えた。


「六花。あいつはすごかった。よくぞまぁ、あそこまでの化け物を育て上げたものですね。感服しますよ」


 穀はくすりと笑った。


「皮肉を言われますのね、先生も。私達が用意したのは舞台だけですよ。あの子を輝かせるためだけの舞台。あれを人の手で作れるわけないじゃありませんか」

「はは、同感ですよ。まぁ、ああいった子はなかなかいないものなんですがね」

「あの水準の子が他に何人もいてたまるものですか」


 春は思わず憐れみの視線を穀に向けてしまった。


 いるんだよ、それが。すぐ近くにあいつ以上の化け物が、二人、もな。


 その視線に気づいたのか、穀は訝しげに眉根を寄せる。


「まぁ、そんな規格外のやつが、そのまま埒外の行動を取り始めたってのが、今回の件ですね」

「それで先生は、立夏はこれからどうなると思ってらっしゃるのですか」

「別に、どうにもならないと思いますよ」

「どうにも、ならない?」

「ええ、一週間何も出来ずに戻ってきますよ、彼女」

「そんなわけ、」


 うん? 春は小首を傾げる。腰まで伸びた長い髪が揺れる。


「そんなわけないでしょう……! あの六花立夏ですよ? あの子に迫られて篭絡されない男子なんていませんっ。ましてや高校生の男なんて生殖器が服を着て歩いているようなものじゃないですか! け、汚されます。私達の大事な立夏が、汚されてしまうっ」

「ちょ、ちょっと千賀さん」


 男にどんなコンプレックスがあるんだこいつは、と春は慌てて彼女を宥めるが、目の前で目を充血させ鼻息を荒くしている彼女はかなり恐い。


「大丈夫なんですよ。二重はそんな男じゃないんです。あぁ、相手の男の子、二重子規っていうんですがね」

「そんなのわからないじゃないですか」

「わかるんですよ。論より証拠を出せなんて言われると、ただの勘――まぁ、経験則としか言えませんがね」


 じとっと、かなり湿度の高い陰湿な瞳で見つめられる。


「その、二重子規くんって子と、北七小雪さんって子は相思相愛の仲、恋人なのかしら」

「いや、二人は付き合ってるとかそういうのはないですよ。ま、前は付き合ってたみたいですが」

「……は?」


 今日、何度も「……は?」ってやつを聞いたな。そんな突拍子もないことばかり言っていただろうか。


「彼には他に恋人がいますしね」

「は、はあぁぁ!? 先生、何言ってるんですか? だって、立夏はその二重子規くんに恋をしてるんでしょう? さっきだって、あんな顔して……」


 先ほどの立夏の「女」の顔を思い出したのか、穀が頬を赤く染める。


「それで、なんで、その北七小雪さんが自宅謹慎になったからって」

「その話に戻ってきますよね。二重には恋人がいます。でもそれは北七じゃないんです。まぁ、一言で言えば北七は、」


 うーん。あいつを表す言葉がこれしか思い浮かばない。


「『偏執狂女(ストーカー)』ですね」

「す、ストーカー?」

「まぁ、でも側にいることを許されているストーカーとでもいいますか」

「なんですか、それ。私には、理解、できません。なんなんですか、あなたの生徒たち」


 ホント、なんなんだろうな。


「でも、立夏は勘違いしていたわ。北七小雪さんが居ない間に、彼を、二重くんを手に入れるって」

「二重に彼女ができたのはつい一週間前ですからね、最近学校に来てなかった六花は知らなかったんでしょう」

「……先生は生徒の恋愛事情に詳しいんですのね」

「まぁ、たとえ知っていたとしても、六花は北七を変わらず敵対(ライバル)視したでしょうがね」

「それは、どういう」


 春は腕を組んで瞳を閉じた。しばし沈思する。

 こうなった以上、二重と北七のことが、目の前の千賀に知られるのは時間の問題だ。学校外で確実に介入してくるはず。

 彼らに対峙したとき千賀がどんな顔をするのか見てみたい気もするが、今は彼らに余計な刺激を与えたくない。むしろ、与えてはまずい。

 六花のことはなんとかなる、と春は踏んでいる。なぜなら彼女は()()()()()()()()

 しかし、千賀が小雪に接触し、それが負の方向へとベクトルを向けたら、また何かしらの、誰かしらの犠牲が出てしまうのではないか。


「取り敢えず一週間見守っていて下さい。それ以降、なにか問題が発生するようでしたら必ず連絡致しますから。決して、御社にご迷惑をおかけしないと約束します」

「わかり、ました。今はその言葉を、あなたを信じます」


 春は手を差し出した。穀がそれに応え、差し出された手を握る。

 春が握られた手に必要以上の握力を感じた。片眉を上げ、視線を向ける。


「ところで」


 穀が口元に笑みを浮かべていた。


「北七小雪さんって、どんなお顔なさってるのかしら?」


 立夏に聞いただけですが、とても興味があって。そう結んだ彼女を見て、春は気分が一気に憂鬱になった。


 こりゃ、だめだ。

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