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小雪ちゃんは、あきらめない  作者: 平原みどり
第一章 長い一日
17/33

エピローグ 二重子規

 コンコン。

 子規は病室のドアをノックする。


 子規は啓から逃げるように学校を出た後、そのまま病院へと赴いた。高校の最寄りにある、子規たちの通う附属系列の大学病院だ。

 学校で怪我をおった生徒の搬送先がこの病院であることはわかっていた。

 先ほど看護師に、三枝雨水の病室を聞いた。もう既に治療も終わったようで、今は個室で静養しているという。

 そこまでの大怪我でないにも関わらず個室をあてがうとは、なんとも豪気な話だと子規は思う。失笑するが、まあ、三枝雨水の家はそれなりの資産家なのだろうということは大方予想がついている。

 そもそも、世間ではお坊っちゃん校、お嬢様校として認知されている今の附属校に入学するには、それなりの学費が必要となるのだ。子規や小雪のように特待生制度を用いても学費の全額免除とはいかず、その上、通学費、食費、積立費、交際費、諸経費まで鑑みても、家庭の負担は大きい。さらには寄付金も必要だ。任意と銘打ってはいるが、大学進学に際しての学部推薦にはその影響があることは周知の事実だった。

 だが、それ故に世間の評判は悪くない。一定水準を遥かに超える資産を持つ家庭の、学力的にも優秀で躾の行き届いた毛並みのいい子息たち。そんな生徒たちで溢れている。

 少なくとも、


 母子家庭であり、資産があるわけでもない。実家が裕福なわけでもない。そんな家庭の子が通うような高校では決してない。


「はい」


 部屋の中から返答が聞こえた。

 ドアノブに手をかけ、それをゆっくりと回す。ドアを開け中を覗くと、ベッドで上半身を起こしていた雨水が、こちらに目を向けた。

 向けられたその顔の左半分は大きなガーゼで覆われ、痛々しく腫れているのが見て取れる。

 その顔には奇妙な笑みが貼り付いていた。先ほどまでずっと笑っていたのだろうか。その瞼が塞がった瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。


 醜悪だな。


 子規にはそれが――雨水の笑みがとても卑しいものに感じられた。

 それでも子規は柔和な笑みを顔に貼り付け、


「こんにちは、三枝さん」


 少しはにかんだふうに笑った。



「ふ、ふ、ふた、二重、くん!?」


 子規の姿を認めた雨水は、直ぐ様その笑みを引っ込め、ひどく慌てた様子で身体を毛布で覆う。

 子規はその様を見て、同じ様にわざとらしく慌てて後ろを向く。


「ごめん、三枝さん。女の子の病室なのに、事前に連絡もせずに来てしまって」

「ちょ、ちょっと待ってください! そ、そのまま、後ろ向いたままで」


 子規の背後で衣擦れの音が聞こえる。薄い病院着の上にカーディガンでも羽織っているのだろう。

 子規の背後で髪に櫛を通す音が聞こえる。ほつれた髪を梳かしているのだろう。

 子規の背後から微かにパフ・スポンジを叩く音が聞こえる。痣になった箇所を少しでも隠そうとしているのだろう。

 雨水に背を向けたままだったが、子規は彼女の様子が手に取るようにわかった。


「も、もういいですよ。お待たせしました」


 視線を床に向けたまま、子規は雨水の元へと近づいていった。雨水がベッド脇の椅子をそっと手前に動かしたのがわかった。


「座って、ください。あの、その、二重くんが来てくれるなんて、思ってなくて」


 視点を彼女の顔に合わせ、子規はそこに着座した。


「いや、こちらこそ突然で悪かった。三枝さんが大怪我をしたって聞いてね、びっくりしたよ」

「あ、あの。いま、わたし、ひどい顔していますから、あまり見ないでくださいね」

「随分、腫れたみたいだね」

「恥ずかしいです」


 顔を真っ赤にした雨水が、毛布を盾のように持ち上げ仕切を作る。毛布で顔の左半分だけ隠して、チラチラと子規を窺う。


「あはは、なんだか警戒している小動物みたいだね。そんなの気にしないから、安心して出ておいで」

「も、もう。本当に恥ずかしいんですから」

「ほら」

「二重、くん?」


 そう言って差し出した子規の手を、雨水は驚いたようにじっと見つめる。子規の顔とその手に交互に視線を送る。やがてオドオドと恥ずかしそうに、震える自分の手をそっと重ね合わせた。

 子規はその手を握った。強く、握った。



「でも、本当に驚きました。こうしてお話するのは、中学生の時以来、ですよね」

「そうだね。三年のときには、俺はあまり学校に顔を出さなかったから。三枝さんとも連絡とらなくて、悪かったと思ってる。それに高校に入学してからも、なんだかんだ接点がなかったからね。でも、たまに見掛けていたし、本当は三枝さんに声をかけたかったんだけど」

「わた、わたしだって逢いたかったです。わたしこそ、お声をかけられず、すいませんでした」


 子規と雨水の手は繋がれたまま。


「ごめんね、三枝さん」

「い、いえ。こうして、あの、お見舞いに来てくれましたし、あの、その、すごく……嬉しい」


 雨水は、繋いでいた子規の右手の上に、さらに自分の左手も重ねようとし、


「あ、そうだ」


 子規はその手をそっと優しく外す。「……あ」名残惜しそうに、雨水の手が宙を掴んだ。


「お見舞い、持ってきたんだ」


 ゴソゴソと、持ってきた紙袋から小箱を取り出す。


「これ、ケーキなんだけど。三枝さんの好きだったモンブラン。茜屋のショコラモンブランなんだ」

「あっ! あそこのモンブラン、わたし大好きなんです。嬉しい。わたしの好み、覚えててくれたんですか」

「当たり前じゃないか。中学生の頃、よく一緒にケーキ食べにいったよな。俺とユキと三枝さんでさ」

「……はい。行きました、ね」

「いまはまだ、食べ物は口にしないほうがいいのかな。落ち着いたらさ、あとでゆっくりと食べてよ」

「はい、そうします。二重くん、本当にありがとうございます。あ、あの、それと」


 雨水がもじもじと手を擦り合わせていた。


「も、もう一度、手を握ってくれませんか」


 子規は黙って、彼女の手を優しく包んだ。



「それで三枝さん、聞いてもいいかな」

「この怪我のこと、ですよね。やっぱり小雪ちゃんのことですよね」

「いや、ユキがどうこうってことじゃないんだ。どうして三枝さんが怪我をしなければならなかったのか、それが知りたくてね」


 どうして小雪が暴力を振るわなければならなかったのか。単純に言い回しを変えただけの錯誤のテクニック。


「ど、どうでも、よくありませんか。ちょっとしたすれ違い、です」

「どうでも、いい?」


 子規は繋いでいる手に、微かに力を込めた。


「あ、いえ。大した話じゃないんです。小雪ちゃんが」

「ユキが?」

「小雪ちゃんが、わたしのこと、覚えてなくて」


 子規は繋いでいる手に、微かに力を込めた。


「ふぅん」

「二重くん、小雪ちゃんが記憶喪失って、本当に」

「それで?」

「あ、ええと、それでですね。あの、二重くん、ちょっと手が、痛いです」


 子規は繋いでいる手に、微かに力を込めた。


「それで?」

「あ、あ、そ、それで、わたしそんなの嘘だと思って、だから、中学の時のこと、根に持っているんだと、思って」

「それで?」

「い、痛い、よ。で、ですから、わたしが小雪ちゃんのことを、騙したんだって勘違いして、痛っ。は、離してっ」


 子規は繋いでいた手を、ようやく離した。

 繋いでいた右手を胸の前まで引き、雨水が身体を仰け反らせる。先ほどまで握られていた、温かな幸せに包まれていた右手がずきずきと痛むのか、雨水は表情を歪ませる。


「三枝さん」

「……な、なんですか」

「ごめんな。ちょっと、手に力が入っちゃって」

「あ、いえ」

「もう一度、手を繋ごうか」

「あ、も、もういいです」

「そうか。じゃ、最後に一つだけ聞かせてくれないかな」


 椅子から立ち上がった。そして、ベッドへ腰掛けた。雨水に密着する形で、隣に腰掛けた。

 雨水の目を覗き込む。しばらく――十秒ほど視線を結んでいただろうか。怯えを含んでいた雨水の目が、やがてとろんと溶ける。


「三枝さん、君は」

「はい」

「これからユキを、どうするつもりなんだ?」


 雨水が瞠目する。しばし逡巡した後、


「わたしはとても怖い思いをしました。うん、とっても、怖かった。それにとても痛い思いもしました。うん、とっても、痛かった」


 今でも身体中が痛いんです、雨水は自分の身体を抱きしめる。身体を震わせる。


「だから、少し。少しだけ責任をとってもらうつもりです」

「責任?」


 雨水が子規のシャツの袖を掴んだ。上目遣いで下から覗き込む。


「少し、二重くんから距離をとってもらいます」

「俺から距離を」

「はい。少なくとも今回の件で小雪ちゃんは停学になります。でも、停学中だって二重くんが会おうと思えば、小雪ちゃんに会えるでしょう? 電話だって出来ますよね」

「だから、俺にユキとは接触するな、と」

「停学中の間だけです、よ」


 見上げる雨水の瞳の中に挑発するような色が窺える。


 醜悪だな。


 子規にはそれが――雨水の瞳がとても下卑たものに感じられた。

 それでも子規は柔和な笑みを顔に貼り付け、


「俺と駆け引きするつもりなのか」

「そんなつもりは」

「その提案を断ったら、今回の件を傷害事件として告発する、そう聞こえるよ」

「そんなつもりは」


 はぁ、と一つ嘆息。


「三枝さん。君は、俺のこと、好きなのか?」


 雨水が子規の胸元に顔を埋め、


「……はい」


 ポツリと呟いた。


「ずっと、好きでした。中学生の時、わたしが転入してきた日、二重くんにあった日。その日からずっと好きでした」

「そうか」

「でも、二重くんの側にはいつも小雪ちゃんがいて……同じ高校に通えることになってからも、小雪ちゃんがいて」

「俺はいま啓ちゃんと付き合ってるんだよ。君の友人の四条啓と」


 雨水は無言で首を振る。


「たとえそうだとしても、二重くんには、やっぱり小雪ちゃんなんです。だって、啓のこと、本当は好きではないんでしょう?」

「そんなはずないじゃないか。俺は、啓ちゃんのこと好きだから付き合ってるんだよ」

「そういうことにしておきます」


 だったらこのくらいの提案受けてくれますよね、雨水は言外にそう言っている。


「小雪ちゃんが停学中の間、わたしを側に置いてもらえませんか?」

「俺の側にいたいのか」

「いたいんです。好きなんです、二重くんのことが。わたしが小雪ちゃんの代わりになりますから」

「ユキの代わり、ね」

「わたしじゃ、代わりになりませんか」

「君は君、ユキはユキだろう。ユキの代わりなんて誰も出来ないよ」


 雨水が顔を上げた。


「わたし、今はこんなに顔腫らしてますけど、変わったと思いませんか?」

「そうだね、中学の頃と比べると雲泥の差だ」

「ふふ、雲泥の差って。でも、そうですよね。わたし、頑張ったんですよ、二重くんのために」

「俺のために?」

「そうです。暗くて陰気な何の取り柄もない冴えない女の子。そんな子が二重くんの隣にいるために、小雪ちゃんと張り合うためには生まれ変わるしかなかったんです。そしてようやく向き合えるまで自信が持てた」


 今ではこうして子規の隣にいることができる。手だって繋いでくれる。胸に顔を寄せても拒絶されない。

 高校デビューしてから半年。容姿と言動を一新し、それが奏功した結果、三枝雨水は周囲から羨望の眼差しを向けられた。中学時代とは百八十度異なる、まるでお姫様のような扱いを受けた。

 だから彼女は浮かれていた。変わった自分は絶対なのだと、そう思い込んでいるようだった。


「だって、二重くん。こうしてわたしのお見舞いに来てくれたのは、少しはわたしのこと認めてくれたからでしょう。キレイだと、思ってくれたからでしょう」


 小雪ちゃんのことだけじゃないですよね、綺麗になったわたしのこと気になるんでしょう、雨水は言外にそう言っている。


 醜悪だな。


 子規にはそれが――雨水の媚びた態度がとても下衆なものに感じられた。

 それでも子規は柔和な笑みを顔に貼り付け、


「違うよ。純粋に()()()()()()()だったからだよ」

「嬉しい。心配してくれたんですね」

「ああ、()()()()()()()()。来てよかった、と思う」


 雨水が子規の胴に手を回した。


「いやでしたら、押し退けていいんですよ」

「別に。三枝さんがそうしたいのなら」

「……夢みたい」


 子規の胸元で雨水は笑っていた。爛々と瞳を輝かせ、笑っていた。


「ふふ、わたしが小雪ちゃんの代わりになる、なんて烏滸(おこ)がましかったですね。わたしが、そう、わたしが小雪ちゃんに、なります」


 子規も笑った。


「いいです、よ」


 子規の眼の前で、雨水が瞳を閉じた。おとがいを軽く反らす。

 左頬が腫れているとはいえ、端正に整った顔が子規の眼の前にあった。瞳を閉じ、子規の次の行動を待っている。肩が微かに震えていた。

 そっと、手を伸ばした。腫れている側ではない方の頬を、優しく手で支える。ビクッと雨水が反射した。


「……()()、くん」

「……三枝、さん」


 やがて二人の顔が近づき、唇が触れ合う一歩手前、


「ここまで、だな」


 耳元で聞こえた子規の声に、雨水が驚いて瞳を開ける。


「子規、くん?」

「三回だ」

「……え?」

「俺が君を醜悪だと思った回数だよ。今回のことは大体理解できた。だから、」


 子規は腫れている方も含めて、両頬を包み込む。


「こんな茶番はもう終わりだ」




「い、痛いっ」

「あははは、そんな大袈裟な声を出すなよ? ちょっと診断してるだけだ」


 頬を覆っていたガーゼを強引に剥ぎ取り、痣ができ痛々しく腫れているその箇所を乱暴に弄る。


「はぁん、頬骨弓部骨折手前ってとこか。惜しかった。罅入っただけじゃ、大して障害は残らないか」

「や、やめてっ」

「だから……黙れって。あんまり暴れると、ここ折っちゃうよ?」

「ひぃっ」

「ここを折るとさ。側頭部が変形してな、開口障害が生じるんだよ。頬骨弓が側頭筋に喰い込むんだ」

「お、お願い、子規、くん、やめ、て」

「あのさぁ、子規、とか気軽に俺の名前呼ばないでくれるかな。俺とおまえ、そんな仲良かったっけ?」

「ごめん、なさいっ。ふ、二重くん、もう気安く名前、呼びませんからっ」


 ほらっ、子規は剥がしたガーゼをベチンと貼り付ける。頬を張られた形になった雨水が悲鳴を上げる。だが、子規がもう片方の手でその口を押さえているため、くぐもった声しか漏れない。

 押さえていた口元から、嗚咽だけが漏れる。ひっ、ひっ、と雨水が吐息を漏らしている。子規が雨水のおとがいを親指と人差し指で掴み、持ち上げる。


「そんなに泣いたら、お腹空くでしょ?」


 雨水は必死に首を左右に振る。


「遠慮すんなって。ほら、俺がさっき買ってきたケーキ、食べさせてやるよ。好きなんだろ?」


 雨水は必死に首を左右に振る。

 雨水を片手で抑えたまま、ケーキの小箱を開ける。そこにある、綺麗に成形されたショコラモンブランの上部を指で掬い取る。


「ほら、口開けろよ」

「や、いやぁ」


 顎を押さえていた手で強引に口蓋を開けさせる。掬ったケーキをその隙間に強引に詰め込む。


「ほら、よく噛んで。覚えてるだろう? 茜屋でさぁ、俺と()()とお前でさぁ、仲良く食べたじゃないか。楽しかったなぁ」

「う、うぐぅ、も、もうい、やぁ」

「はい、次。その時にさぁ、お前が書いた漫画見せてもらってさぁ、いや、いい出来だったよ」

「む、むぅ。や、やめ、てぇ」

「はい、次。でもさ、俺と小雪のこと書いてたんだろう、あれ。すぐ分かったよ。ふたりとも凄い照れたんだからな」


 雨水の顔が決して離れないように、痣ができるくらいに、その顎を押さえつける。咀嚼することさえ許さないように、次々と口内へケーキを押し込んでいく。

 やがて、ケーキが、お洒落に形作られたモンブランが、無残に散る。


「はい、ご馳走様」


 ようやく離された子規の手。ゴホゴホとむせながら、ベッドに口内のものをえずいている。


「醜悪、だなぁ」

「うぇ、うえぇぇぇ」

「お前は本当に醜悪だ。中学の頃に比しても、雲泥の差がある。どうしてそんなに醜くなったんだ。どうしてそんなに賤しくなったんだ」


 子規はえずいていた雨水の顔を無理矢理上げさせ、鼻がつく距離でじっとその顔を見る。


 醜悪だ。


 そのアイブロウできれいに整えられた眉。ナチュラルを装うベージュタイプのアイシャドウ。マスカラで不自然に盛られたその睫毛。鼻につくパウダーファンデに、リップクリームで気持ち悪く震えるその口唇。


 なんて、醜悪なんだ。


「中学の頃のお前は、まだ許容できた。だが、今のお前はなんだ。俺のために変わった? こんな偽物に、何故俺が惹かれると思った?」


 雨水は顔面を蒼白にさせる。

 醜く、なった? 醜悪になった? 先ほどからズキズキと頬の痛み、肋骨の痛みが加速度的に増してきていた。だがそれ以上に、今の子規の言葉に頭の奥から疼痛が湧いてきていた。


「ああ、醜い。ああ、賤しく穢れている。お前が小雪になるだって? あは、あははは。冗談を言うにしても限度があるだろう」

「そ、んな、ひど、い」

「ひどいねぇ。俺にはお前のほうが、よほどひどいと思うんだ。俺はな、」


 雨水の髪を鷲掴む。


「小雪を害するものは絶対に、ユルサナイ」


 子規は嘲笑う。

 そして、雨水の着ていた病院着を無理やりはだけさせる。たわわに実った彼女の胸が外気に晒された。


「お前は卑しい雌豚だ。(ケーキ)も食べたことだし、ご褒美をやるよ」


 嘔吐したばかりの雨水のその口唇に、子規は自分のそれを重ね合わせた。片手で雨水の胸を乱暴に揉みしだきながら、舌を強引に口蓋に押しこみ、彼女の口内も蹂躙していく。

 子規の口内に、胃液の酸味が広がる。だが、それでも子規は雨水の()()()()を奪っていく。最高の記憶になるはずだった逢瀬を、最低の記憶で上書きしていく。

 やがて二人の唇が離れた。二人の間を繋げる銀糸を、ハイライトの失せた瞳で雨水は呆然と見つめる。


「わ、わたし、は、はじめて……なの、に」

「もっと喜べよ」


 子規が浮かべたその笑みを見て、雨水の視界が暗転した。

 今から自分が何をされるのか想像し、彼女はその瞳を絶望に染めていた。



「また、お見舞いに来るよ」

「……い、いやあっ」

()()()()()()()()()()()()、俺は毎日お前の側にいてやるよ。お大事にな?」

「い、いやあぁあぁぁぁぁ」



 三枝雨水、ドロップ・アウト。

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