プロローグ 北七小雪
「好きです。大好きです。付き合って下さい」
間もなく夕日が落ちる頃合い、近所の公園に呼び出された彼――二重子規は告白されていた。
そして彼は間髪入れず、
「ごめんなさい」
それをにべなく断った。
告白した眼の前の彼女――北七小雪は、後ろ手を組み鉄棒に寄りかかりながら、コテンと可愛らしく小首を傾げる。
「はぁ」と軽くため息をつき、組んでいた手を離し、少し茶色がかった癖っ毛にその手をあてた。
「だめだった」
小雪はやや不機嫌そうな面持ちで、わざとらしく頬をぷくっと膨らます。
告白を断られたにも関わらず、さして落胆した様子もない。
「で、どう?」
そう言って、触っていた髪の毛を強調させるように、びろんと孔雀のように広げる。
「ずっと髪伸ばしてたから結構勇気がいったけどね。ばっさりやってみたよ」
小雪の髪は、昨日までは肩下で綺麗に切り揃えられた黒髪のストレートヘアだった。
しかし子規の眼の前にいる彼女は、その美髪をばっさりと断っている。
エアリーなゆるふわショートヘアは、彼女の小顔をすっぽりと包んでおり、その顔の中でくりくりと動く大きな猫目とあいまって、より可愛らしく彼女を引き立てている。
「うん、よく似合ってるな。ユキはこっちの方が自然って感じがする」
「ま、ね。もともと茶っこい癖っ毛だったのを、無理に染めてストレートにしてたから。パーマかけてないこっちのほうが素なのに、なんかゆるふわヘアっぽくなっちゃった」
「明日、春先生に絶対文句言われるな」
「あー……まあ、こればっかりは仕方ないねぇ」
小雪は手櫛で軽く髪の毛を整えると「んべっ」桜色の薄い口唇から舌を覗かせる。
「で、どう?」
「うん?」
「シキの好みになったあたしと付き合ってみない?」
「うん、お友達として」
「はぁ」と再び軽くため息をつく。
「てかさ、俺の好みって? 俺、ショートが好きって言ったっけ?」
「えー、言ってたよ。この前一緒に映画行ったじゃん。その映画に出てた、あの主演の子。六花立夏の髪型いいなーって言ってた」
「そういえば――言ったな。うん。ただ、あれはさ、別にショートが好きってわけじゃなくて、六花立夏にはショートが似合うな、って意味。俺は別にその人に合うならどんな髪型でもいいと思うし、特にこれといった嗜好はないぞ」
「……え?」
その子規の言葉で、小雪はかつてない衝撃を受けたように目を見開いた。
「……ちょっと待って。じゃあ、中学の時、シキが黒髪ロングのお嬢様っぽい髪が好きだって言ってたのも」
「ああ、同じクラスに八十八白露って子いたよな? あの細面の美人お嬢様には黒髪ロングがばっちり似合ってた」
「……あ、そう」
「ひょっとして、ユキ。中学からずっと黒髪ロングにしてたのって」
「まあ、うん。シキがその髪型好きだって思ってたから」
「……そうか……なんか、ごめん」
しばらくお互いに言葉をなくしていたが、子規がその気まずい空気を払拭するように小雪の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「前の黒髪ロングもよかったけどさ、この髪型がユキには一番似合ってる。小さい頃、たしかこんな感じだったろ?」
しばらく撫でていたその手が離れ「……あ」名残惜しそうに小雪が漏らし、
「じゃ、じゃあ、完璧な髪型になったあたしとお付き合いを……」
「ごめん、友達でいよう」
子規はその告白をにべもなく断った。