婚約破棄? 構いませんが、二言はございませんわね?
いわゆる婚約破棄ものですが、悪役令嬢・ざまぁ・転生・乙女ゲーム要素はありません。
初投稿なので、あたたかい目で読んで頂けると嬉しいです。
「アンジェリーナ・アディントン公爵令嬢! お前との婚約は破棄する!」
ここはグローステス学園。
我が国、レイフィールド国の貴族は皆この学園に通わなければならないと定められていますので、生徒はすべて貴族の子息や令嬢です。
全ての貴族が一同に会すというのは、当然身分の格差が存在するということ。
ある種の閉鎖空間といえる学園の中であっても、将来のことを考えれば身分を考慮せずに行動する生徒はおりません。
もちろん、貴族の常識を持っているならば、という条件が付きますけれど。
ああ、申し遅れました。わたくしはアンジェリーナ・アディントンと申します。
アディントン公爵家の令嬢にして、この国の第一王子、クリフォード・レイフィールド様とは幼い頃より婚約しておりました。
そして先ほど高らかに婚約破棄宣言をなさった方が、そのクリフォード様でございます。
そのお言葉を耳にして、わたくしはしばし呆然と立ち尽くしてしまいました。
わたくしがショックを受けたとお思いになったのか、クリフォード様は得意気にニヤッと口の端を上げられました。
そしてクリフォード様のお側に寄り添う、不安そうな表情をした女性。
彼女はリリー・リンドバーグ男爵令嬢。
ボブカットのふわふわした髪にくりっとした瞳が印象的な、同性のわたくしから見ても庇護欲を誘うような容姿をしていらっしゃいます。
「公爵令嬢という身分を笠に着てリリーにした数々の暴言や嫌がらせ、到底許されるものではないね」
「リリーは何もしていないのに、嫉妬で狂った女め!」
「貴女は殿下の婚約相手どころか、貴族の令嬢としても相応しくありませんね」
クリフォード様のお言葉に続けて発言されたのは、侯爵子息、騎士団長の子息、この国唯一の宗教であるヘイデン教の大司教の子息。
皆、将来高い地位に付くことが予想される方ばかり。殿下の側近を務められている方々でもあります。
彼らは一様に、リリー男爵令嬢を守るように後ろに庇われています。
リリー男爵令嬢は少し前からクリフォード様やその側近の方々と親しくされているようで、当然彼女のことを良く思わない方々はたくさんいらっしゃいました。
わたくしも、身分を考えた行動をするように、と何度かお話しさせて頂いたことがございます。
クリフォード様の婚約者であるわたくしが自らお話しすることで、他の方々が直接彼女に何かなさろうとするのを防ぐ意味合いもございました。
その行為が暴言や嫌がらせと思われていたことはショックですが、彼女から見れば仕方のないことなのかもしれません。
しかし、婚約が破棄されるというならば、わたくしももうこれ以上クリフォード様や彼女のことで頭を悩ます必要もないのです。
わたくしはむしろ清々しい気持ちで、真っ直ぐにクリフォード様と視線を交わしました。
「王子殿下。そのお言葉、二言はございませんわね?」
「あ、あるわけないだろうが」
「それはようございました。正式な書類はお手数ですが後日お送りくださいませ。では、わたくしはこれにて御前を失礼いたします」
「……はあ!?」
「皆様も、ごきげんよう」
わたくしは優雅に殿下に一礼し、この場を去るためくるりと皆様に背を向けました。
「お、おい! ちょっと待て、アンジェ!」
……ア・ン・ジ・ェ?
自ら婚約を破棄しておきながら、まだわたくしを愛称でお呼びになるクリフォード様に苛立ちつつ、わたくしは仕方なく立ち止まり体を反転させました。
「……ご無礼を承知で申し上げますが、王子殿下。今この時よりわたくしを愛称で呼ばないで頂けますか?」
「お前こそ、何で王子殿下って呼ぶんだ。いつもはクリフォード様と呼ぶじゃないか」
「わたくしはもう王子殿下の婚約者ではないのですから、御名をお呼びするなど恐れ多いですわ」
「そっ……そんな簡単に認めていいのか!?」
「王子殿下が仰ったことですもの。臣下としてご命令には従います」
「婚約者としての誇りはないのか!」
「生憎と綺麗さっぱりございません。他でもない王子殿下が先ほどお奪いになられましたので。……お話は以上ですか?」
王子殿下、をこれでもかと強調して繰り返せば、返す言葉がなくなられたのか、クリフォード様は困り果てた顔で沈黙なさいました。
「でーんーかー、だから言ったじゃないですか。こんなの無理だって」
「リリー……。いや、しかしだな」
そこで一歩前に歩み出られたのは、リリー男爵令嬢。
先ほどまでの不安げな表情はどこへやら、今は心底呆れたというように眉根を寄せていらっしゃいます。
「大体、『アンジェリーナ様を嫉妬させて振り向かせよう大作戦☆』なんて、そもそも前提から無理だったんですよ。婚約破棄されてはいどうぞ、じゃどう見ても脈なしじゃないですか!」
はて。リリー男爵令嬢のお言葉に何やら不穏な単語が混じっていた気がいたしますが……。
わたくしの困惑をよそに、リリー男爵令嬢は視線をクリフォード様からわたくしに移され、バッと音がしそうな勢いで頭を下げられました。
「本当にすみません、アンジェリーナ様! 私は殿下のご依頼で、金銭的な援助と引換に殿下へ言い寄る女を演じてただけなんです、どうか信じてくださいっ!」
「あーあ、リリーの言う通りだよ。こんな茶番に協力して損した。……アンジェリーナ嬢。先ほどはすまない。全部嘘なので、どうか真に受けないで頂きたい」
「あっ、ずるいぞ! アンジェリーナ嬢、殿下のためとはいえ騎士として恥ずべき発言をした、申し訳ない!」
「アンジェリーナ嬢。神に誓って、殿下の婚約相手として貴女ほど相応しいご令嬢はいません。どうか自信をお持ちください」
掌を返すようにがらりと態度を激変させた皆様を前に、わたくしは混乱していました。
「あのう、これは一体……?」
「ほら、殿下。今こそ男を見せる時ですよ!」
リリー男爵令嬢にドンッと背中を押されたクリフォード様は、実に言いづらそうに、しかしわたくしから目を逸らすことはせずに、その重い口を開かれました。
「あー、その。つまりだな」
「はい」
「子供の頃から婚約者だっていうのに、お前はいつまでも他人行儀で……何とか距離を縮めたくて」
「はい」
「別の女が現れたら、少しは嫉妬してくれるかと思って……。でも全然駄目だった」
「はい」
「……そこは肯定するなよ」
「事実ですので」
王子殿下に偽りなど申せませんので、わたくしは胸の内を率直に申し上げました。
クリフォード様はわたくしの言葉を聞くやいなや、目に見えて落ち込まれているご様子。
もしクリフォード様に犬の耳が生えていらっしゃるとしたら、きゅーんと垂れてしまわれていることでしょう。
「うぅ……俺の婚約者が厳しい」
「いけませんわ、王子殿下。きちんと元、をお付けくださいませ」
「もうわかっていると思うが、それ全部嘘だから! ただの作戦だから!」
「王子殿下ともあろうお方が、前言を翻されるおつもりですの? わざわざ二言はないかと確認までいたしましたのに」
「そ、それは言葉の綾で……!」
「殿下、しっかりー!」
「うるさい、わかっている!」
心情を反映させていらっしゃるのか、心なしか小さくなられたクリフォード様の背中に、リリー男爵令嬢からの声援が届きます。
そのお姿を拝見していますと……こう、胸が締め付けられるような、不思議な気持ちが湧いてくるのを感じました。
この気持ちは、ひょっとして……。
「撤回する前提とはいえ、婚約を破棄するなどと言ってすまなかった。たとえお前が俺を愛していなくても、俺はお前を手放す気はない。婚約の初顔合わせのときから、ずっとアンジェのことが好きなんだ」
「クリフォード様……」
「──だから、正直に聞かせてほしい。俺のことをどう思っているのか」
それまでのへたれたお姿からは想像も付かないほどに、真剣な眼差しでわたくしを見据えられるクリフォード様。
きっと、わたくしがどんなことを申そうとも、受け止めてくださる。そんな包容力すら感じられます。
わたくしの、正直な想いは……。
「わたくしは……」
「うん」
「クリフォード様のことは、政略結婚で定められたお相手、としか思っておりませんでした」
「……そうだろうな」
「ですが、今回のことで気付いたことがございます」
「それは?」
「──落ち込まれているクリフォード様は大変可愛らしくいらっしゃるので、つい意地悪なことを申したくなってしまうのです」
「…………」
ああ、沈黙が恐ろしい。
この気持ちはひょっとして、男の子が好きな女の子をいじめたくなるという、あの衝動と似ているのでしょうか?
もしそうであるならば、わたくし、自分で思っていたよりも子どもっぽいのかもしれませんわね。
「不敬をお詫びいたします。しかし、これがわたくしの正直な想いなのです」
「……いや、構わない。どんな形でもアンジェに好意を持ってもらえるなら」
「では、これからも、お許し頂けるのですか?」
「ああ。アンジェがそれで喜んでくれるなら、俺も嬉しい」
「ありがとうございます、クリフォード様! 実はわたくし、先ほどの会話も胸が高鳴っておりましたの。これが恋かどうかは分かりませんが、クリフォード様とは上手くやっていけそうな気がいたしますわ」
「……それは、何より」
何だかクリフォード様が溜め息を吐かれた気がいたしますが、きっと気のせいですわね。
「ええっと……これはつまり、結果オーライってことでいいんですよ、ね?」
「いいんじゃないの。アンジェリーナ嬢も殿下に好意……のようなものを抱いているようだし」
「俺達も協力した甲斐があったってことだな!」
「お二人が幸福な結婚を果たされるように、皆さんも共に神に祈りませんか?」
「賛成でーす。っていうかこれ以上ここにいるとお邪魔虫だし、さっさと行きましょっ」
わたくしがクリフォード様とお話させて頂いている間に、皆様はどこかへ行ってしまわれたようです。
この気持ちに気が付くことが出来たのは皆様のおかげでもございますので、お礼を申し上げたかったのですが……まあ、またの機会にさせて頂きましょう。
「改めまして、クリフォード様。不束者ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたしますわ」
「俺の方こそ。……いつか必ずちゃんと振り向かせてやるからな」
「あら、何か仰いまして?」
「……何でもない」
わたくしとクリフォード様との間にずっとこのような関係が続いていくのかは──さて、神のみぞ知る、ですわね。
婚約破棄ものが書きたくなって、どうせなら誰も不幸にならない、ちょっとだけ意外なお話で、とほぼ勢いで書きました。
アンジェリーナは隠れドSを開花させてしまいましたが……王子の運命やいかに?
男爵令嬢のリリーは個人的にお気に入りです。もしかしたらリリー視点の話も書くかもしれません。
※6/6追記:リリー視点の前日譚書きました。よろしければこちらもご覧ください!
「婚約破棄? 言っておきますが、私は忠告しましたからね?」
http://ncode.syosetu.com/n6334di/
なお前日譚の設定に合わせて、今作のセリフの一部を修正しました。
ブックマーク、評価等頂けましたら泣いて喜びます!
それでは最後まで読んで頂き、ありがとうございました!