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6.そうですか? 私は人間は増えすぎたと思いますよ

 額の中央には堅牢な角。見るからに立派でいて、しかしかなりの角度で上へと反り返っていた。薄桃色の端正な毛並みから覗く青銅のような瞳の向く先はまるで見当がつかず、そこには生気も感じられない。そもそもの話、このように現実を超越したものをここぞとばかりに見せつけられたところで、僕のような人間は言葉を飲み込むほかに何もできないのである。


「あの、聞こえてますか?」


 さながら美術館か博物館で、不意に背後から声がかかるといったような、これまた早々にないような場面を思い描いた僕も僕である。声の主に対面しようと後ろを振り返る。いつも通りの黒い人影である。

 普段なら僕の方から挨拶をしてチャットを開始するのだが、今日ばかりは仕方がない。自分に言い訳をしながら、僕はすぐさま応答に入る。


「すみません、この……一角獣があまりにも見慣れないので、つい」

「見えざるピンクのユニコーンです」

「は?」

「見えないけどピンク色、見えないけどユニコーンなのです!」


 喜々として相手が言いきったのち、すぐさま聞き慣れない鳴き声が耳を劈く。この意識空間においてはほとんど意味がないとわかっていても、条件反射で耳を押さえる動作をしてしまった。恐らくあまりまともに聞いてはいけない類の音である。


「すっごい音ですよね! 聞いたら不幸になるみたいですよ。断末魔の叫びってあるでしょ、あれを合わせた音みたいなんですよ!」

「は、はぁ……。聞こえないけど聞こえる声、ですか」

「あっ、言われてみれば確かに! いや、さっきの音声は私が最近見た動画の音声なんですけどね!」

「てっきりユニコーンの鳴き声かと思いましたよ」

「このユニコーン、実在しませんよ?」


 やだ、もしかして信じちゃったんですか?と尚も挑発を続けてくる相手に、温厚で知られる僕も何とも言えない複雑な心境を抱いた。話しぶりは少女のような可愛らしさのあるそれだが、案外男がなりきっているだけなのかもしれない……そう僕は思った。破天荒な幼馴染の女友達を持つ僕としては大抵の女性には太刀打ちできるものと自負していたが、もし相手が女性であってもそれはそれで問題である。


「それで結局ピンクのユニコーンというのは何なんですか?」

「見えざる、が重要なんですよ。信仰対象です。私は信じています」

「え? でもさっき実在しないって」

「ふふ、あなたって冗談の通じない人ですね」

「……」


 相手の想像力が豊かなのか、僕の思考の許容範囲が緩すぎるのか、ユニコーンは気が付くと二頭、三頭と数が増えていた。大仰な翼のはためく音がする。果たして翼なんてあっただろうかと疑問に思ったが、考えれば考えるほど相手の思う壺のような気がしたがためにそのことは口に出さないでおいた。

 白塗りの壁が延々と続き、天井は遥か彼方、遠近感覚がまるでわからなくなりそうだ。植物の緑が妙に雰囲気を作っているのが嘆かわしい。近頃観葉植物を買ったと自慢してきた友人がおり、僕はその印象が色濃く残っていたのだった。まさかこのように違和感なく収まってしまうとは思いもよらなかった。追い打ちをかけるように相手が畳み掛けてくる。


「植物が綺麗ですね。留まるところをしらない、まるで人間みたい!」

「人間にしては増えすぎじゃないですか?」

「そうですか? 私は人間は増えすぎたと思いますよ。増えすぎて、考えなくても良い人間が増えてるんです」

「創造主がいるとすれば、案外あなたみたいな人なのかもしれないな」

「私? 私が創造主なら、こんなに野放しにはしません! なーんてね」


 僕たちが話している間に、側面には扉が現れた。実を言うと僕の家にある扉と同じものなのだが、相手にはわざわざ知らせてやる義理もないだろうとちょっとした遊び心が現れる。黙っている僕に、案の定相手の方が切り出してきた。


「この扉って、あなたが持ってきたもの?」

「さぁ、どうでしょう? 開けてみれば、わかるのではないでしょうか」

「開けてはいけないと言われたら開ける主義なんですけれど……どうしましょう?」

「質問で返さないでください!」



 控えめな雨音を遠くで感じながら、僕は早速小説の執筆にとりかかる。締め切り間近の仕事が片付いたために、久方ぶりの自由な時間だ。幼馴染が用もないのに僕の部屋に居座っていることは変わりないのだけど。


「で? 扉を開けたら何があったの?」

「開けたのは僕じゃなくて相手だ。相手が何を見たのかなんて僕は知らないさ」

「どういうこと?」

「扉を想起したのは確かに僕の方だ。でも、扉が何と何の間を取り持つかまでは想像していないからね。もしかすると何もなかったのかもしれないし、何かあったのかもしれない。そのときだけ存在するのかもしれないし、永久に存在し続けるのかもしれない。そういうものさ」

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